05


カフェオレの入ったグラスを手に、俺もカウンター席から降り、夏休みの計画を立てている仲間達の輪に加わる。

「それからさ、夏祭りにも行こうぜ。こっから少し行った先に神社があるんだけどよ、毎年そこで規模は小さいけど夜店とか出てるんだよ」

「それ良いな!あっ、皆浴衣着用ってのはど?」

「何でだよ。野郎の浴衣姿見たって面白く…いや、総長のなら見て見たいかも」

サッと話し合う仲間の視線が俺に集まる。それにただ一人、俺はきょとんとした表情を浮かべ、返す。

「俺なんか見てもしょうがないだろ。皆の方が身長もあるし、俺より絶対似合うって」

「じゃ、じゃぁさ!俺等も浴衣着るから、廉さんも浴衣着てくれるか?」

はいっと何故か挙手して言った仲間に俺は別に良いけど、と小首を傾げた。すると、これまた何故か皆から小さくパチパチと拍手が起こる。

「お前、浴衣なんか持ってんのか?」

「無い、けど何とかする」

「俺も」

「俺は兄貴に借りる」

「てめっ、一人だけずりぃぞ」

騒ぐ仲間達の輪の中で俺はグラスに口を付け、こくこくとカフェオレを味わう。
隼人は俺達から少し離れた二人席のテーブルに着き、相談があると言った仲間の話に耳を傾けていた。

「総長、アイツ等はほっといて先に時間決めちゃおうぜ」

騒ぎからいち抜けした仲間が悪戯っぽい笑みを閃かせて言い、俺はそれに乗るように頷く。

「祭りは夕方からだから四時ぐらいに此処に集まれば良いんじゃない?」

「いや、コイツ等の場合余裕を持って三時半の方が…」

祭りの日の集合時間を決めて、話は次へと転がる。

「八月の最後の方に隣町ででかい花火大会があるの皆知ってるよな?夏休みの締めにあれも行かね?」

「おぉ、アレか。知ってる、知ってる」

「有名だしな。アレだろ?その花火大会で告白して、OKが貰えれば幸せになれるって。クラスの女共が騒いでた」

「………え!?」

カタンと空になったグラスが驚きの声と共に手から滑り、テーブルに着地して止まる。

「え、っていきなりどうしたンすか廉さん」

「総長?」

「あっ、な、何でもない。…ところでその話ってそんなに有名、なのか?」

恐る恐る聞いた俺に、仲間達は不思議そうに顔を見合わせ、それから皆は揃って頷いた。
工藤はそのジンクスを知っているんだろうか?
仲間は皆知っているようだけど…。

「総長?どうかしたのか?」

横から声をかけられてはっと我に返る。
何を考えてるんだ俺は!
浮かんだ考えを頭を横に振って追い出した。

「…何でもない」

その様子にとても何でもない様には見えないと、仲間達は視線で会話を交わす。

「それならいンすけど。廉さんも八月最後の花火大会行きますよね?」

「あ…、悪い。その日はちょっと予定が…」

「「……………」」

ふと、再び仲間達の視線が交わる。それに気付かず俺は話題の転換を図ろうと別の話を口にする。

「それより最近変わったこととかないか?ほら、死神が動き出したって…」

報告のあった日から数日。これといって街に変わりはない。それは良いことなのだろうけど、どこか不気味で。
あからさまに反らされた話に、仲間達はこれは何かあると確信する。かといって、推測はしても無理に聞き出さないのが彼等の優しさであった。

「変わったことかぁ…。お前なんかある?」

「あっ、俺、彼女出来た!」

「へぇ〜って、そういうお前の事じゃねぇよ!ちょっと羨ましいとか思っちまったじゃねぇか!」

バシッと仲間が仲間の後頭部を叩く。そんな軽口も、やりとりも俺は好きで、仲間達と一緒に俺も笑った。

「おっ、何か楽しそうだな」

「…ッス」

カラン、カラ〜ンと来客を知らせる鐘の音が鳴り、矢野と陸谷が話に混ざる。

「お前等、騒ぎすぎ。こっちまで話聞こえてんぞ」

相談も終わったのか隼人も席を立ち、その輪の中に加わった。







Side other

紅い髪の間から更に深い色合いの、深紅のカフスが覗く。

「…生温い」

少しばかり傷付いた拳を解き、ポツリと溢した言葉は薄暗い室内に溶けた。その傍ら、赤いスプレー缶をカシャカシャと振っていた漆黒の髪の男が口を開く。

「何が?Dollのやり方か?」

「………」

数年前から空き店舗として放置され、当に気にかける者などいなくなった、落書きされたシャッターで閉ざされた室内。そこに、各々好きな格好で集まる二十人弱の少年、青年達。
一脚だけある椅子に座った聖は、返ってきた台詞に視線を向けた。

「でも、頭を確実に潰す為に力を温存し無駄な争いを避ける、それは正当なことだろう」

Dollを評価する漆黒の男に聖が静かな声で返す。

「双方がだ。死神にしては動きが大人しすぎる。Dollは…やるなら徹底的に。頭だけなんて生温いことしてねぇでその末端から、全てを潰すべきだ。守りたいものがあるなら非情に徹しろ。…じゃなきゃ本当に守りたい者も守れやしねぇぜ」

(俺みたいにな…)

暗く影を落とした冷ややかな眼差しが言う。この場にいる者達はそれを身を持って体験していた。

「っ、…総長。今、将さんは?」

その中で、沈黙を嫌う様にまた別の男が恐る恐るといった呈で口を開く。
その一言に、各自好きにしていた男達の視線が聖に集まった。しかし、当の聖は表情一つ動かさずその問いに淡々と応えた。

「今はこの街にはいねぇ」

「っ、そう…ですか」

だから、と…ほっと安堵の息を吐いた男達を見渡し、聖は言葉を続ける。

「三年前みたいに失うものは何もねぇ。あの時とは違う」

大切なものは自ら切り捨ててきた。三年前の二の舞にはならねぇ。

「宣戦布告はした。…始めるぞ、リターンマッチだ。末端に至るまで、死神を残らず潰す」

プシューと赤いスプレーで描かれたアルファベット-R-。そこに込められた意味は…。


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