04


Side 工藤

携帯電話をガラステーブルの上に置き、自分を落ち着けるよう深く息を吐く。

「修平の野郎…余計な話持って来やがって」

「貴方が報告するよう指示を出したんでしょうが」

テーブルを挟んで向かい側に座る悟が、組んだ足を組みかえ冷静に口を挟んだ。
ここはDollのアジト、Dollが拠点としている店、midnight sun。その店の奥にある特別ルーム。

「そうは言ったがこと細かに報告しろとは言ってない。万が一、廉に死神が接触したりしたら報告しろって言ったんだ」

俺は廉を監視してるわけじゃない。
それを修平が…、白桜高校の校門で廉が朱明高校の制服を着た男に、それも詳しく聞いたところに寄ると諏訪 聖にキスをされていたと。つい先程報告してきたのだ。

「ただでさえ会えないっていうのに」

「でも、花火大会の約束はしたんだろう?」

「あぁ。行きたいって、楽しみにしてるって返ってきた」

そのことを思い出せば現金な心は浮上する。
楽しみにしてくれているのかと。

「それなら早く廉さんを安心させられるよう、死神を徹底的に潰しましょうか」

ガサリとこの周辺の地図を広げ、悟は柔らかな笑みを浮かべたまま物騒な事を口にする。
俺も意識を切り換え、テーブルの上に置かれた地図に視線を落とした。

「死神のアジトと思わしき建物は全部で五。うち三つはダミーと確認しました」

赤いマーカーで付けられた×印を見て頷く。

「残りは二つか。今度の頭は嫌に用意周到だな。で、見張りは今誰が付いてる?」

「健一と誠、純ペアで見張らせています」

ココとココ、悟が指差した先を視線で追えば、ちょうどDollを中心に北と南、対角線上にその建物はあった。

「北のホクジョウというこの建物は元ボーリング場で今は柄の悪い奴等の溜まり場です。南はカナン、カジノバー。どちらもこの上なく怪しい、…どうする?」

すっと鋭く冷えた眼差しが、俺に問い掛ける。

「そうだな…、無駄な争いは避けたいところだが。死神に面の割れてない奴でも潜り込ませるか。それとも…」

「それとも二手に分けて両方潰すか。こちらはあまりお勧めは出来ませんが、短期決戦を望むなら…貴宏の思うままに」

俺達は動く。と、悟は強い光を宿した副総長の顔で告げた。
そこへ舞い込む新たな問題。
話し合いをしていた部屋のドアがドンドンと乱暴にノックされる。

「この叩き方は…」

ひそりと眉を寄せた悟に代わり、俺は煩い音を止める為に入れと音源に向かって声を投げた。
するとピタリと音は止み、勢い良く店と部屋を繋ぐ扉が開く。

「大変です!工藤さん!」

「…今度は何だ修平」

慌てた様子で飛び込んできた修平に、俺が口を開くより先に悟がやや低めの声で言葉を発す。

「ひっ、…悟さん」

Dollいちトラブルメーカーな修平はその数だけ悟に締められる…怒られる回数も多い。もう条件反射の様に恐れ戦いた修平に、話が進まないと俺は悟を制す。

「悟。その辺で止めとけ。それで何が大変なんだ修平?」

「はっ、そうだ!大変なんです、工藤さん!俺達が調べてダミーだって分かった死神のアジトの一つが何者かの手によって壊滅してるんですよ!俺の下に付いてる仲間を念の為見に行かせたら…」

「何だと?」

ダミーだと判明したから俺達はそのアジトに手を出してはいない。死神とやりあう前に無駄な喧嘩をしてわざわざ戦力を落とすことを嫌ったからだ。
俺は悟と顔を見合わせ、頷き合う。

「修平、もう少し詳しく。当然お前の目で現場を確認してきたんだろうな?」

「も、もちろん。ただ、室内は何があったのか悲惨なありさまで」

窓ガラスは割れてるわ、テーブルも椅子も散乱してるわで、床の所々に赤い染みは落ちてるわで。多分どちらかに怪我人が出てるはず。

「残党は?」

「いない。死神は撤退した後みたいだったし、やりあった相手の姿もなかった」

悟の静かな問い掛けに落ち着きのなかった修平も徐々に落ち着きを取り戻し、報告すべき事を自ら口に上らせた。

「あと、現場を見て気になった点が一つ。壁に赤いスプレーで大きくアルファベットのR-アール-が描かれてた。俺達が調べた時には無かったはずだから…」

「そうか、…アール、な。悟」

修平の言葉を反復し、チラリと悟に視線を投げる。すると悟は心得た様にすぐ調べさせますと頷いた。








新たな事態が起きているとは知らず、俺と隼人は朱明高校を後にする。

「俺って二人のこと何にも知らないんだな。向日葵に来ない時、何してるのかとか。学校のこととか…」

「それは俺も一緒だ」

分かったことといえば、聖が一週間も学校を休んでいることと、学校では聖と大輔に交友がないこと。大輔が夏休み入ってすぐバイトで忙しいということぐらいか。
朱明高校から引き上げ、向日葵へと向かう途中で軽く昼食をとり、見慣れた街に帰ってくる。
いつもと変わらない景色に街行く人々。その中に制服姿の中高生が混じる。

「隼人は…何で俺についてきてくれるんだ?」

ぽつりと小さな声で漏らされた疑問。今回のことで漠然とした不安が胸に広がり、口をついて出た言葉。
ポンと頭に手が乗せられ、隼人は笑うでも無く真剣な声で応えてくれた。

「理由なんてあってないようなもんだ。初めてお前に会った時はそれこそ何か放っておけねぇって感じだった。けど、今はお前だからだ」

「………?」

「ついてくも何もねぇ。仲間だろ俺達?」

その台詞に顔を上げて見れば、いつもと変わらない力強い瞳で笑いかける隼人がいた。

「…うん」

「今は一気に色んな事が起こって不安になってるだけだ」

頭に乗っていた手がポンポンと元気だせという様に動く。

「いつもの様に笑ってろってのは難しいかもしれねぇけどな」

「ううん、ありがと。何か少しすっきりした気がする」

Larkの本拠地、向日葵の前に立ち、俺は店に入る前に自分で自分の両頬をパシンと軽く叩く。

「大丈夫、俺は一人じゃないから。頼りになる仲間がいる」

「そうだ。忘れんなよ」

「ん…」

扉が開く直前、俺は振り返り、真っ直ぐ隼人を見つめ、

「頼りにしてる、隼人」

そう言葉を残して、店の扉をくぐった。
夏休みに入ったからか、店内はいつもより賑わいをみせ、皆何だか楽しそうに笑い合っている。
それもそうか。学生にとっては待ちに待った長期休暇。一大イベントでもある夏休みだ。

「あ、廉ちゃんと隼人さんだ。おひさ〜!」

「久し振りに見る総長も相変わらず可愛いっすねぇ!」

「隼人さん、後でちょっと相談したいことが…」

代わる代わる掛けられる声が嬉しくて頬が緩む。この際可愛いと言われたのはスルーだ。
俺に続いて店に入った隼人は仲間の言葉に軽く右手を上げて後でなと返し、俺と一緒にカウンター席に付く。

「良いの隼人?行ってあげればいいのに」

「用件は分かってるからな」

「ふぅん。…マスター、アイスカフェオレ一つ」

「俺も同じものお願いします」

カウンターの向こう側で柔らかく笑ったマスターもどことなく楽しそうで。その雰囲気にあてられたのもあるけど、度々声を掛けてくれる仲間達に気付けば俺も表情を緩めていた。

「だから、夏と言えば海だよ、海!総長も一緒に行きましょうよ!」

「え?俺も?」

カウンター席から後ろを振り返り、一つのテーブルに集まった仲間達が夏休みの計画を立てている。

「それから隼人さんと陸谷、安芸と大輔、聖さんも…Larkの皆で海に行きましょうよ!きっと楽しいっすよ」

「お前、たまには良いこというなぁ」

「たまには、って何だ。このっ!」

「わっ、馬鹿やめろ!」

本気じゃない、戯れる様なやりとりに周りは止めること無く囃し立てる。

「良いんじゃねぇか、海」

「隼人」

仲間達の方を見ていた俺の隣で、椅子から立ち上がった隼人が言う。

「行こうぜ、また皆で」

迷いの無いその言葉に、俺も力強くうんと頷き返した。



[ 44 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -