03


翌日終業式の為に学校へ登校すれば、昨日の出来事を見ていた人達に心配され、俺は本当の事を言えず曖昧に笑って誤魔化した。

「坂下。言いたくなければ言わなくても良いが、昨日は…」

「あぁ、大丈夫です。彼は俺の友人で、昨日はちょっとからかわれただけって言うか…」

「そうか。それならいいが」

また、終業式後はクラスメイト達に遊びに行こうと誘われたけど、用事があると言って断った。
チラリと携帯電話で時刻を確認し、足早に正門を抜ける。
家に帰って着替える時間を惜しみ、俺は学ランのまま、同じく今日終業式をしている青楠高校へ向かった。

「俺一人でも平気だって言ったのに隼人の馬鹿」

肩から斜めに掛けたバッグの紐をぎゅっと握り、きっちりと閉じられた校門の柱に背を預け隼人が出てくるのを待つ。
思ったより早く着いてしまったのか、青楠はまだ終業式が終わっていないようだった。

「どうしよ。早くしないと…」

だが、それほど待つことなくぞろぞろとブレザーの集団が校舎から出てくるのが見えた。

「ん〜、隼人は…」

柱から顔を覗かせ隼人の姿を探す。その時、ズボンのポケットに入れていた携帯がいきなり振動した。

「わっ!?っ、ビックリした…」

このタイミングは隼人か?とポケットから携帯を取り出し、フラップを開けばメールが一件。

「近くにいるなら電話にすればいいのに」

不思議に思いメールを開こうとボタンに指を掛けた所で、横からポンと肩を叩かれた。

「…やっぱりお前か、廉。逸る気持ちは分かるけど待ち合わせはここじゃないだろ?」

「え?あれ?隼人?」

「ったく、ただでさえ体育祭の時に騒がれてたってのに。もう少し自分が有名人だって自覚を持ってくれ」

移動するぞと隼人に腕を捕まれ、いつの間にかできていた人の輪を抜ける。
あれ?隼人じゃないとするとメールは誰からだ?腕を引かれつつ気になってメールを開いた。
するとそこには、夜電話する。と一言だけ打たれた文章が。
何とも素っ気ないメールに差出人を確認すれば相手は…工藤 貴宏。

「工藤?何かあったのか?」

「どうした?」

俺の視線が携帯の画面に固定されてる事に気付いたのか、隼人は掴んでいた俺の腕を離し、歩きながら聞いてくる。

「今、工藤からメールが来たんだけど…」

これ、と画面を見せれば隼人は僅かに目を見開いた後、クッと笑いを漏らし、表情を崩した。

「もう耳に入ってるのか。さすがでかいチームは違うな」

「え、何があったか隼人は知ってるのか?」

「まぁな。けど、真実を知ってる俺にしてみればたいしたことじゃない。工藤サンにとっちゃ大事件だろうけどな。きっと今頃会えなくてやきもきしてるだろうぜ」

クツクツと人の悪い笑みを浮かべる隼人は続けてこうも言った。

「廉。夜かかってくるその電話、必ず出てやった方がいいぜ」

「そりゃ出るつもりでいるけど、…こんなメール来たら気になるじゃん」

何だか分かった顔をする隼人を俺は恨めしげに見上げる。
何か意味があるなら教えてくれてもいいのに。

「そう不貞腐れんな。っと、ここからバスで行くぞ」

ぞろぞろと帰途や遊びに行く青楠高校の生徒達に混じり、俺達はちょうどバス停に停車したバスに乗り込んだ。
流れる景色をぼんやり眺めながら、ポケットにしまった携帯にズボンの上から触れる。
電話といえば昨日から聖と連絡がとれなくなってしまっていた。
メールを送ってもエラーで返って来てしまい、電話をかけても現在この電話は使用されておりませんと、冷たいアナウスが流れるだけ。

「…隼人」

「ん?」

吊り輪に掴まり横に立つ隼人に、俺は手摺を握り、今まで聞かずにいたことを聞くことにした。

「俺が聖を仲間にするって言った時、隼人はもしかしてこうなることが分かってたから反対したのか?」

下から窺うような眼差しに、隼人は流れていく景色を見ながら返す。

「いや…、半々だ。聖を連れてきたのがお前だったからアイツも少しはマシになるかと思ったが。そう上手くは行かないもんだな」

「………」

次の停留所のアナウスが車内に流れ、椅子に座っていた老婦人がチャイムを押す。
ピンポーンと音が鳴り、徐々にスピードを落とし始めたバスのエンジン音に混じって隼人が再び口を開いた。

「廉。聖はな、死神の手で解散に追い込まれた紅の総長だ」

プシュゥと空気の抜けたような音と共にバスの前部のドアが開く。
耳に届いた隼人の真剣な声に、俺は小さく応えた。

「それは…知ってた。聖が紅の総長だったって」

「知ってたのか!?」

驚き、見下ろしてくる隼人に俺は確りと頷き返す。

「うん、ずっと前に。聖のことを知ってる人がいて、その人がそう言ってた。…でも、俺は聖の口からちゃんと聞きたかったから…聖から言ってくれるのを待ってた」

結局、俺には何も言ってくれなかったけど。
俺は聖に信用はされても信頼はされなかったのかな?

「廉…」

静かに停車したバスは老婦人と主婦らしき女性を降ろして再び走り出した。
自分はきっと今、情けない顔をしてる。
全ての事をどうにかしたいとは言わないし、出来るとも思わない。けれど手の届く範囲、仲間のことぐらいは何とかしたいと俺は思っていた…。
落ち込む気持ちと一緒に俯く頭にポンッと大きな掌が置かれる。

「大丈夫だ。大丈夫」

その手がくしゃりと優しく頭を撫で、何の根拠も無いけれど、掛けられた言葉が俺を安心させた。

「聖が何も言わなかったのも何か理由があるからだろう。お前はすぐ顔を突っ込もうとするからな。危なっかしくて聖も話すに話せなかったんじゃねぇか?」

ふっと表情を和らげて続けられた台詞に、浮上してきた気持ちはむっとした気持ちに変わる。

「そんなこと…」

「あるだろ?」

自信満々に言い切られグッと言葉に詰まった。
隼人に勝てないのは今に始まったことじゃないけど、これは中々に悔しい。多分隼人は俺の事を俺以上に良く分かってるんだと思う。なにせ隼人とはLarkを結成する前からの付き合いだ。

「お、次で降りるぞ廉」

黙り込んだ俺の頭から離れた手が手摺に設置されたチャイムを押し、車内アナウスが次は朱明高校前〜と告げる。
俺は本来の目的を思い出し、気を引き締めた。
朱明高校、…聖と大輔が通っている学校だ。
バスの窓から見える歩道には朱明高校の制服を来た生徒がちらほらと見える。
俺と隼人は連絡の取れなくなった聖に会う為、ここまで来たのだった。
バスを下り、帰宅する生徒達の間を縫ってとりあえず朱明高校の正門まで歩く。

「適当に捕まえて聞くか」

「うん」

下校する男子生徒を何人か捕まえ、女子生徒に尋ねても良かったが隼人に止められ、…聖のことを聞く。初めの四人は外れで、五人目でやっと情報を掴むことが出来た。

「二年の諏訪 聖って知ってるか?」

「諏訪?…さぁ?お前、知ってるか?」

「あぁ…えっと。たしか期末が終わった辺りから…もう一週間ぐらいか?学校に来てないけど諏訪に何か用なのか?」

一週間も学校に来ていないと聞いた俺と隼人は驚く。

「えっ?でも昨日…」

俺の学校に現れた聖は朱明高校の制服を身に着けていた。
先に平静を取り戻した隼人が重ねて問う。

「もしかして今日も来てないのか?」

「あぁ、休みだけど」

ならばと、隼人は別のことを尋ねてみた。

「杉本 大輔は来てるか?」

「大輔?大輔の奴なら終業式が終わってさっさと帰ってっちまったけど、何、アンタ等大輔の友達?」

その質問に応えたのは聖を知らないと言った男子生徒の方だった。口調からして大輔とは友人関係か何かなのだろう。
ただ、大輔を知っていて聖を知らないというのが俺達は不思議だった。

「まぁ。大輔の奴に貸したままの本があってさ。コイツが読みたいっていうから直接返してもらいに来たんだけど…帰っちまったなら仕方ねぇか」

話を合わせるようにするりと口から出任せを述べる隼人に俺も頷く。

「あー、そりゃ残念。大輔は夏休み入ったら即バイトするって言ってたし、捕まり難いかも」

「そうか。分かった。悪かったな、引き留めて」

「いや。…それじゃ。行こうぜ」

聖のことは上手く騙せたのか、疑問に思われる事もなく二人組の男子生徒は去って行った。



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