02


プルルルと数コール呼び出し音が続いた後、隼人は電話に出た。

「もしもし隼人。今、何処にいる?ちょっと話したいことがあるんだけど」

『廉か。…ちょうど俺もお前に話があったんだ。向日葵にいるから気をつけて来い。それと、約束のモンブランも買ってあるぞ』

「え!?ありがとう」

手短に話を畳んで、俺は急いで向日葵へと向かった。
カラン、カラ〜ンと耳に心地好い音色を奏でて店の扉が開く。扉を引いて店に入ればカウンター席に座っていた隼人が振り返った。

「そのまま来たのか?」

隼人は俺が半袖のワイシャツに学校指定の黒のズボン、肩から鞄を掛けている姿を目に留めて言う。

「うん。マスター、アイスカフェオレ一つ」

俺は隼人の隣のカウンター席に腰を下ろし、右の椅子の上に鞄を置いた。
そして、カフェオレが出てくるのを待って、聖のことを口にした。

「今日学校の正門のとこに聖がいてさ…」

時おり、よく冷えたカフェオレに口を付けながら俺は話を続け、隼人は俺の話が終わるまで口を挟まずに聞いてくれた。

「…廉。聖のことはお前のせいじゃない。いつこうなってもおかしくはなかったんだ」

話を終えると隼人の手が慰める様に、俺の頭をくしゃりと撫でる。

「でも、俺があの時ちゃんと引き留められてれば」

「残念だけどそりゃ無理だ。聖は最初から分かっててやったんだ。どうすればお前が動けなくなるか、な」

カラリと、グラスに入ってる氷が音を立てる。
そして隼人は聖の触れた俺の左耳に指を滑らせた。

「…隼人。俺、どうしたらいいんだろ」

そこにはあるはずの物がない。
以前、工藤から貰ったクリムゾンのカフスが…。
今はどこにも無かった。
気付いた時には聖に持ってかれてしまった後だった。

「それにしても…お前に紅は似合わねぇ、か。俺はそうは思わねぇけどな」

すっと離れた隼人の手を追って俺は顔を上げる。

「隼人?」

どこか鋭かった眼差しが、俺と目が合うとふっと和らいだ。

「皆好き勝手やってるんだ、お前一人が我慢する必要はない。だから、お前のやりたいこと言ってみな」

「ん…。俺は……聖が本当にLarkを抜けたいなら止めない。けど、こんな一方的な縁の切り方、…俺のわがままかもしれないけど納得したくない」

「ならどうする?」

導くように隼人は優しく問いかける。

「もう一度聖に会って話がしたい」

「そうだな。俺もアイツには言ってやりたいことがあるし」

躊躇う背中を押すように隼人は迷うことなく真っ直ぐ前を見据えて応えた。だが不意に、続いたその声は、俺の勘違いかも知れないが硬くなった気がした。

「廉。お前は、聖のこと…」

「ん…?」

「…いや、やっぱいい。何でもない」

途中で言葉を止めた隼人に俺は首を傾げる。
隼人が何を言いたかったのかは分からないが、俺はソッとグラスに口を付け、初めて聖に会った時の事を思い出す。
薄暗い路地に佇む紅色。それとは対照的に澄み渡る青空。
足元に転がる複数の青年。一人立つその紅は、傷ついた拳をだらりと下げ、空を眩しそうに仰いでいた。

(…俺にはそれが泣いてる様に見えたんだ)

その頬に伝う涙は見えなかったけれど。







Side other

ジリジリとアスファルトを照りつける陽の光から逃れる様に、その男は薄暗いビルの影に入り込む。

「全部で二十人弱か…」

「むしろ集まった事に俺は驚きだよ。まぁまだお前の影響力は残ってるってことだ」

影の中にあっても失われることの無い紅。後ろ髪がビル風に吹かれて揺れる。

「馬鹿な奴等だ」

すっと細められた瞳に、弧を描いた唇は自嘲気味に言葉を吐き出す。

「そんなの元から分かってたことだろ」

それを側に立つ男が苦笑を浮かべて返した。

「それでどうするんだ?」

ビルの間から見える大通りに視線を移し、街行く人々をその目に写しながら男は紅髪の男に尋ねる。

「今度こそ奴等を潰す」

しかし、耳に届いた真剣な声音に、男はやや戸惑った様な表情を見せ、視線を大通りから紅髪の男に戻した。

「それは…手を出さない約束だろ?Dollが始末して…」

直後、揺るがぬ鋭い眼差しに射抜かれる。

「もう関係ねぇ。俺はLarkを抜けてきた」

「はっ!?…勝手に何やってんだよお前!総長が許したのか?」

「…あぁ。だからお前は廉についてろ。俺のことを聞かれても何も言うんじゃねぇ」

その決意が変わらぬと知りつつ男は口を開く。

「本当にそれで良いのか聖?」

「良いも何もねぇよ。俺が居なくてもLarkは変わらねぇ。隼人が廉を支えるだろうし、慎二と安芸もいる。もちろんお前もだ、大輔」

それは、聖が一方的にだが、大輔共々Larkと決別することを告げた瞬間だった。



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