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引き留めることも出来ず、何とも言えない感情を胸に抱き、聖の去った方を見つめて立ち尽くしていた俺の視界に、赤い髪の代わりに金の髪が写り込む。

「廉!」

常の余裕な表情とは違う、初めて見るどこか焦ったような顔。

「工藤…?」

「廉、俺達は先に戻る。聖の件はまた後でな」

隼人は走ってきた工藤にチラリと視線を投げると、俺の肩をポンと叩き、矢野と仲間を連れて行ってしまう。

「あっ…隼人、まっ…」

「廉。さっきは一方的なこと言って悪かった。ちゃんと話がしたい」

息を弾ませ俺の前に立った工藤は、真剣な顔と声音で俺を見て言った。

「えっと…」

戸惑う俺から視線を外さぬまま工藤は続ける。

「お前を傷付けたかったわけじゃねぇ。話を、聞いてくれ」

「………うん」

頷けば工藤はどこかホッとしたように表情を緩めた。

「直ぐ近くに喫茶店がある。移動しよう」

右手をとられて、俺は聖の事を気にしつつも工藤の背を追う。
通りを少し歩いた先にその喫茶店はあり、ドアをくぐった途端、仄かにコーヒーの香りが鼻腔を擽った。

「いらっしゃいませ」

チリンと鳴った可愛らしい鈴の音。個人経営の喫茶店なのかそこはこじんまりとしていて、暖かそうなお店だった。
カフェオレを二つ注文し、窓側の席についた俺は工藤と向き合う。
真っ直ぐ前を向き、視線が重なると工藤が口を開いた。

「廉。今回の件だけは関わらないでくれ」

「何で?」

さっきは聞けなかったことを聞く。

「…聞いたことはあるだろ?死神の噂。奴等は卑怯な手を平気で使ってくる。それこそ自分達の仲間を仲間とも思わない」

「そんなの、危ないのは工藤だって一緒だろ」

お待たせしました、とテーブルの上にカップが二つ置かれる。ごゆっくりと丁寧なお辞儀をしてさがって行った店員を横目に、工藤は迷いを振り切るように告げた。

「一緒じゃない。だから廉には死神と関わって欲しくない」

一緒じゃない?
それは、どういう…
意味かと聞く前に工藤は真剣な眼差しで続けた。

「例えばどんな手段でも良い、目の前で死神に仲間がやられたとする。その時、お前は冷静に対処できるか?仲間思いだというその点を死神は逆手にとってとことんついてくる」

「それは…」

カップにゆらりと揺れた瞳が写る。

「俺にはそれが出来る。仲間が目の前でやられても。俺は冷静に対処出来る。出来なきゃならねぇ」

それがDollを纏める者。
カップに手を伸ばし、工藤は一口カフェオレを飲む。

「俺は…お前が傷付くと分かってて、手を貸してくれとは言えねぇ」

「っ、どうして。それなら俺だって…。俺は…工藤の心配もしちゃいけないのか?」

好きなカフェオレには手もつけず、俺はキッと工藤を睨み付けた。
それに工藤は首を横に振って困った様に笑う。

「そうじゃねぇ。お前がそういう奴だから、俺は守りたいんだ。お前を遠ざけるのは俺の我儘だ」

ゆるりと和らいだ眼差しが、工藤の想いを雄弁に語る。

「――っ、工藤は狡い。そんな風に言われたら俺は…」

「悪ぃな、廉」

俺は…もう何も言えないじゃないか。ついさっき、気持ちを決めたのに。
グッと膝の上で拳を握り、俯いた俺の頭にぽんっと工藤の掌が乗せられる。

「責めるなら俺を責めろ」

「何で…」

「お前の気持ちを無視して、酷いこと言ってるのは分かってる」

くしゃりと頭を撫でる手は優しい。優しすぎて俺は…。

「この際、お前に嫌われてもお前を守れればそれで…」

「っ、何だよそれ!」

変わらない声音で続けられた台詞に、俺は髪に触れる工藤の手を振り払って顔を上げた。

「良いとさっきまで思ってた。けど、お前の顔を見て間違いだって気付いた」

「………」

振り払われた手を工藤は引かずに、もう一度伸ばす。

「それは廉にも失礼だし、…俺はやっぱり廉が好きだから。嫌われるのは正直辛い」

ふっと瞳を細めた工藤の手は、再び俺の頭の上に乗せられた。
じわりじわりと胸に広がる言葉にならぬ想いと泣きたい様な気持ちに、俺は瞳を揺らし、テーブルの上に視線を落とす。

「嫌いになったか?」

ゆっくりと髪をひと撫でして、工藤の手が離れていく。それを寂しいと感じることはあっても、嫌いになんて。
俺は思ったまま、感じるままに、首を横に振って否定した。

「そうか」

何も言えないでいる俺を、工藤は急かせるでもなく、どこまでも優しく。
そんな工藤を嫌いになんて……なれるわけない。
だって俺は…。
俺は……?
ふとそこで思考が停止した。まるで答えを出すのが怖くて、躊躇うように。
俺は…、

「廉」

「な、なに?」

ぼぅっと思考の海に飛び込みそうになっていた俺は、急に現実に引き戻され狼狽える。

「ありがとな」

「え?」

しかし、次に掛けられた言葉の意味が分からず、俺は顔を上げた。すると、ふと優しく笑った工藤の眼差しと視線がぶつかる。そのあまりにも真っ直ぐな瞳に、俺はカァッと顔に熱が集まっていくのが分かった。

「俺のこと心配して怒ってくれたんだろ?だからありがと」

「…っ、別に俺は」

狂わされっぱなしの調子に、どきどきとまた騒ぎ出した鼓動。俺は熱を誤魔化すように、ふいと顔を背けた。
そしてポツリと小さく、本当に小さく溢した。

「…怪我、するなよ」

「それで廉が安心するなら約束する」

「…っ、俺、工藤のそういうとこ嫌いだ」

「それはしょうがない」

俺を安全な場所に置いて、自分は危ない場所に行こうとする。

「工藤の馬鹿…」

「そうかもな」

まったく堪えてない工藤の柔らかな笑みを視界の端に写しながら、俺はこの胸に掬うどうしようもない気持ちが何なのか考え始めていた。


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