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「廉ちゃーん!助けて!」

カバリと勢い良く横から抱きつかれて、ビクリと肩が跳ねる。

「っ、修平さん?」

「聞いてよ諏訪が…!」

聖がどうした?と聞き返そうとした矢先、修平さんは襟を掴まれぐぅと呻き声を上げた。

「この馬鹿!廉さんに抱きつくんじゃねぇ!」

問答無用で矢野に引き剥がされ、修平は離れていく。
それを何が何だが解らず、呆気にとられたまま見送れば、隣に座ってきた隼人が俺の頭をポンポンと叩いた。

「気にするな。廉は勉強続けてろ。それとも分からない所があるなら俺が分かる範囲で教えてやるぞ」

「ちがくて…大丈夫なのかアレ?」

修平が引き摺られていった先には、足を組み、ソファに偉そうに座る聖がいる。

「…大丈夫だろ、多分」

その手前にはテーブルがあって、筆記用具と教科書、ノートに単語帳が散乱していた。

「うわぁー、俺は常々思ってたんだよ!英語なんて日本人には必要ないって!」

「チッ、往生際が悪ぃな。そもそも何で俺がコイツの面倒見なきゃならねぇんだ」

ジロリと聖が睨んだ先には、健ちゃんと工藤がいる。

「お前…、それさっき説明しただろ」

「えっ!?あ!ワリィ、…お、怒るなよタカ」

「怒ってねぇ、呆れてんだ」

はぁ、とどこか疲れた様なため息を吐いた工藤。勉強を教えてもらっている健一の立場は弱く、いつになく大人しく勉強をしていた。

「それにしても、まさかここでテスト勉強する日が来るとはな」

同じ様に室内に視線を巡らせていた隼人が苦笑して言う。
そう、ここはDollが拠点とする店midnight sun。
その店の奥にある一室。
そこに俺と隼人、聖と矢野。工藤に健ちゃん、修平さんがいた。
ちなみに永原さんは後から来るそうだ。
工藤の家でテスト勉強を始めてから五日。あっという間にテスト期間に突入し、工藤達の通う緑高も隼人達の通う青楠(セイナン)高、聖達が通う朱明(シュメイ)高校もそれぞれ一学期最後のテストが始まっていた。
そして約束通り俺がmidnight sunへと向かっている途中、聖と隼人に遭遇したのだ。
そこで工藤達とテスト勉強するという話をしたところで聖がおもむろに携帯電話を取り出し、向日葵にいた矢野と仲間達数名を呼び出した。
この部屋にはいないが、店の中には仲間が混じっている。

「廉?ぼうっとしてどうした?疲れたなら休憩しろよ」

「んー。…工藤の言う通りだなって思って」

ころりと、右手に持っていたシャーペンをノートの上に転がす。
何がだ?と視線で促してきた隼人に俺は言葉を続けた。

「LarkとDoll、敵とか味方とかチームなんてこの先関係なくなるって。青楠の体育祭の時工藤に言われたんだ」

この光景が当たり前になるんだって。
それが現実として目の前にある。
そう思うと心が温かくなって、俺は自然と笑みを溢していた。








Side 隼人

相手を信頼しきった瞳で、嬉しそうに笑う廉。
その視線が工藤に向いていることに果たして廉は気付いているのか。

「…気付いてねぇんだろな」

無意識だからこそ、余計伝わってくる信頼の強さ。

「ん?何か言った?」

そんな、同じ信頼を寄せる瞳が俺を見上げてきた。

「何でもねぇよ。良かったな廉」

何の屈託もなく自然に笑う廉を見れば大切にされているのが分かる。
きちんと約束は守られている。
ぽんと癖のように右手を廉の頭に乗せ、ぐしゃぐしゃとその黒髪を掻き混ぜてやった。

「わっ!何すんだよ!」

慌てて俺の手を掴もうとする廉に、俺もまた表情を緩めた。
そして、廉の髪に触れた辺りから感じる視線が二つ。
聖はともかく、工藤には良い試練だろう。これぐらいでヤキモチ妬いてたらこの先やってけねぇぞとは先に言ってあることだし。
俺はあえて二人の視線に気付かない振りをして、隼人の馬鹿と、膨れながら髪を手櫛で直す廉の髪に指を絡めた。

「つい、な。悪かった」

そうして自分でぐしゃぐしゃにした廉の髪を直してやる。

「………」

すると、チラリと見上げてきた廉とちょうど目が合った。のち、廉は唐突に言った。

「…駅前のモンブラン」

「あぁ、明日学校帰りに買って来てやるよ」

いきなり切り出された話に首を傾げる事なく、俺は頷き返す。
ここにいる奴等の中で廉と一番付き合いが長いのは俺で、廉に些細なお願いをされるのも今のところまだ俺だけだった。







Side 工藤

同じ室内にいれば、その光景は嫌でも視界に入ってくるわけで。
相沢の奴、わざとか…?
廉に構って穏やかに笑う相沢。廉も本気で嫌がってるわけでもなく、それは友達同士のじゃれあいに近い。

「はぁ……」

そこまで心が狭いつもりは無い。が、やはり見ていて面白いものでもない。
自然と寄ってしまう眉に、どうしたものかと息を吐き出せば、隣でテスト勉強に励んでいた健一が何故かビクリと肩を揺らして恐る恐る俺を見てきた。

「あ?どうした?」

「本当は怒ってんだろ。俺があまりにも出来ないから…」

「いきなり何の話だ?」

健一は敵を睨むように俺を見て言う。

「五回…、五回もため息吐かれりゃ分かる。もう諦めろってんだろタカ」

「…何でそうなる。修平と違ってお前が出来ないのは数学と物理だけだろ」

どうやら無意識にため息を吐いていたらしい。
それを俺が怒ってると勘違いしたのか。いくらなんでもネガティブになりすぎだ。

「ったく、休憩入れるか」

このままやっても成果は期待できない。
健一は休憩と言う言葉にパッと瞳を輝かせ、手にしていたシャーペンをテーブルの上に放り投げる。

「シュウ、姫〜!タカが休憩にするってよ。俺、恭二さんに何か貰ってくるけど何がい〜?」

健一は嬉々として皆のオーダーをとり、部屋を出て行った。
それと入れ替わる様に悟が純を連れて部屋へと入ってくる。

「遅くなりました」

「ちょうど休憩しようと思った所だ。…それより、その様子だと何かあったな」

どこか緊張を孕んだ空気を纏ってやってきた悟に俺は鋭く聞き返した。



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