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お邪魔しますと、工藤に続いて玄関を上がる。
ここに来るのは二度目だった。

「俺は飲み物淹れてくるからソファーにでも座って待っててくれ」

「うん」

初めて来た時と変わらない空間。バッグを足元に置いて、ソファーに座った俺は何だか妙に落ち着かなくなって、きょろきょろと室内を見回す。
その時ふと、テレビの置かれた台の上に赤い、本屋で良く見掛ける本とキャンパスノートを見つけた。

「あれって…赤本?」

大学入試の過去問や情報が載っているやつだ。

「工藤、大学行くのか…」

「まだ何処ってはっきり決めてねぇけどな」

ポツリと呟いた独り言に返事が返ってくる。
目の前のテーブルにアイスカフェオレが置かれ、工藤は俺の向かい側にアイスコーヒーを置いた。
そして、教科書とノートを取ってくると言ってリビングを出て行く。

「大学か…、工藤も三年だしやっぱ進路とか考えてるんだな」

俺はバッグから、持ってきた教科書とノートを取り出し、テーブルの上に置いた。
その横に消ゴムと赤のマーカー、シャーペンを出して、バッグを横へと避ける。
まずは数学からかな。
ノートを開き、シャーペンを右手に持つ。パラリと教科書を捲り、教科書に書かれた練習問題を解いていく事にした。
テスト範囲だと言われて折った教科書の角。
そのページに辿り着くまでは何事もなく進んだのだが。
う〜んと眉を寄せ、シャーペンを持つ右手が完全に止まってしまった。

「何だっけこれ?」

首を傾げた俺に、英語の教科書に目を走らせていた工藤が顔を上げる。
そして、サッと俺の教科書とノートを見ただけでヒントを出してくれた。

「その問題ならこの公式だな」

右手に持ったシャーペンで、俺の手元に書かれた式を指す。

「あ。そうだった!たしかこの式に当てはめる前に…」

すらすらと再び動き出したシャーペンに工藤はふと表情を緩めて、自分の勉強に戻った。
数学の次は地理と、勉強を進め俺はふぅと息を吐く。
工藤に淹れてもらったカフェオレに口を付けながらチラリと、向かいで勉強する工藤を見た。
カリカリとノートの上を走るペン。
ちょっと癖のある字だけど綺麗な字だな。
学校も違うし、学年も違う。こうして工藤が勉強してる姿を見るのは貴重なのかも知れない。
俺は知らずの内にジッと工藤を見つめていた。

「………」

「………廉」

「…ん?」

暫くして工藤の手がピタリと止まり、名前を呼ばれて、俺はぼんやりと生返事で返す。
するとペンを持っている手とは逆の手で工藤はくしゃりと自分の前髪に触れると、ふぃと俺から横へと視線を流した。

「…休憩にするか」

つられてその先を見れば、置時計が三時を少し回った所を差していた。
今の間は何だったんだろ?
さっさと立ち上がった工藤を目で追いかけ、俺は首を傾げた。
教科書とノートをテーブルの端に避け、新たに淹れられたカフェオレが置かれる。

「ありがと」

そして、俺が選んだシュガーシロップでコーティングされたドーナツとサクサクした食感を持つ定番のドーナツ。それから半分に切られた可愛い形をしたドーナツが一つ乗った皿が目の前に置かれた。

「あれ?工藤、これ…」

半分に切られたドーナツは俺のじゃ…。
同じ様に皿を置いて正面に座った工藤はコーヒーを一口飲み、口元を緩めて俺を見てきた。

「お前迷ってたろ?」

「え?」

「それにするか、シュガーシロップの方にするか」

工藤の皿の上には甘さ控えめのドーナツ二つと、俺の皿に乗せられたドーナツの片割れが乗っている。

「う、見てたんだ…」

「廉のことだからな。半分なら食べれるだろ?」

「…うん」

さらりと告げられた台詞に俺は恥ずかしくなって、けどその中に込められた気遣いに気付いて嬉しくもなった。
半分になったドーナツに視線を落としたまま、俺は小さくお礼の言葉を口にする。

「ありがと」

それに、恥ずかしくて俺は視線を上げれなかったけど、工藤はふっととても柔らかな笑みを浮かべて俺を見ていた。
間に休憩を挟み、勉強を再開する。
パラリと教科書を捲り、真剣な眼差しで文字を追い始めた工藤を俺はついまたジッと見てしまう。

「………」

滅多に見れない姿だからか、自分でもよく分からないがつい見てしまうのだ。

「………」

ペンを握った右手は役を成しておらず、止まったまま。

「……廉。そんなに見られると流石にやりにくいんだけどな」

「え?」

教科書を捲っていた手が俺の両目を覆う。
工藤の苦笑混じりの声が耳に届いて、俺はハッとした。

「勉強にならなくなっちまうだろ」

「え…」

両目を覆われたまま、その手とは別の手でペンを握っていた右手をとられる。
そして、ふわりと柔らかくて温かい何かが手の甲に触れた。

「っ、工藤…?」

ピクリと震えた指先に吐息がかかり、それが何なのか俺は理解する。と、同時にぶわりと顔が熱くなった。

「ちょっ…!?」

慌てて手を引けば、右手はするりと簡単に解放される。

「嬉しいけど、今はあまり見つめるなよ」

視界を塞がれているせいか余計工藤の声に意識が集中してしまい、恥ずかしさが増す。
工藤に抱き締められてからずっと心臓がバクバクと煩かった。
それは工藤に家に送ってもらうまで続いた。



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