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悠に店側を歩かせ、俺は道路側を歩く。

「工藤?何か用事があったんじゃないのか?」

その俺の右隣を一緒に店を出た工藤が歩いていた。

「あぁ、お前らを送って行こうと思って出てきたんだ」

「………」

こういう場合なんて言ったらいいんだろう?これまでの経験から送ってくれなくても平気だと言っても工藤は聞かないだろうし。
なにより最近、それが嬉しいと思う様になった自分がそこにはいて、俺はふわふわと纏まらない感情を持て余していた。
そのまま会話も無く足を進め、公園に差し掛かったところで悠が俺の服を引っ張り口を開いた。

「廉兄ぃ。私、朋ちゃん家に遊びに行ってくるね」

「ん?気を付けてけよ。それから、朋ちゃん家の人に迷惑かけないようにな」

「うん!」

元気良く返事をして悠は公園の角を曲がる。俺は立ち止まり、悠の姿を見送った。
朋ちゃんと言うのは悠の親友の女の子で、同じ町内のご近所さんだ。
一緒に足を止めた工藤は優しげな瞳でそんな坂下兄妹の様子を見ていた。

「さ、行こっか」

歩みを再開した俺は何故かきゅうに隣から伸びてきた手に頭を撫でられる。

「なに?」

「偉いな。廉もちゃんと兄貴なんだな」

「そうかな?俺は普通だと思うけど。工藤は一人っ子だっけ?」

「あぁ」

離れていった手は下ろされ、軽く俺の手に触れたと思ったら繋がれた。
繋がれた手から伝わってきた体温に頬を薄く染め、狼狽えた俺に構わず工藤は自然に会話を続ける。

「でもたまに兄弟が欲しいって思ったりもしたな」

「…そ、そうなんだ」

どきどきしながら俺は話を聞いていた。
公園の横を通りすぎ、真っ直ぐ行けば左手に見慣れた赤い屋根が見えてくる。

「テスト勉強っていつも家で一人でしてるのか?」

「うん、そうだけど。工藤は違うの?」

頬の熱が落ち着いた頃また話しかけられ、今度は普通に答えられた。

「そうだな、…良く考えるとあの部屋でやってることが多いな。学校が違うのに修平や健一の勉強みせられたり…」

何だか簡単にイメージが浮かび、俺はつい笑ってしまった。

「いいなそれ。楽しそう」

「そうか?教えるこっちはいつも大変で…そうだ、廉。お前も一緒に勉強するか?」

「え?」

誘われると思わなかった俺は驚き、工藤を見返す。

「同じ一年の純もいるし、分からない所があったら教えてやれる。お前が良ければだけどな」

「俺、邪魔にならない?」

揺れている心を察し、工藤は柔らかく笑って繋いだ手をぎゅっと握った。

「なるわけねぇだろ。むしろ大歓迎だ」

「じゃぁ…」

俺はおずおずと控えめに頷き、工藤の方のテスト期間を聞く。

「来週の頭からだな。廉は…」

「俺の所は今週の末から入る」

「少しずれてるんだな。それなら今日は俺の家に来るか?」

「え、でも工藤はまだ勉強しなくても平気なんだろ?」

話している間に家の前に着き、俺は足を止めた。そして、首を傾げて工藤を見る。
すると、工藤は繋いでいた手を離し、

「そうだけど…一緒に勉強すれば同じだけ一緒に居られるだろ?…廉は嫌か?」

気付けば俺はやんわりと工藤の腕の中に抱き締められていて、優しい声が鼓膜を震わせた。
カァッと身体中の体温が一気に上がり、俺は身動ぎすら出来ずに固まった。

「ぅ……」

パクパクと口を開くも、言葉にならない。

「顔、赤いな。嫌じゃないって事か」

スッと直ぐに離れていった工藤はどこかほっとしたように笑い、固まった俺の頭をいつものようにくしゃりと撫でた。

「廉。俺はここで待ってるから勉強道具用意して来いよ」

その声に、俺は自分でも分かるぐらいギクシャクとした動作で頷き、鍵を外して家の中へと入る。
ガチャンと意外と大きな音を立てて閉まった玄関扉に背を預け、俺はずるずるとその場にしゃがみこんだ。

「〜〜っ!?」

火が出るんじゃないかと思うぐらい、熱い顔を両手で覆って唇を震わせる。
なに、今のっ!?
頭の中はパニック状態で、心臓はドキドキと煩く鳴り止まない。
一瞬だったけど、確かに感じた工藤の温もり。
それは、ここ最近感じていた胸のもやもやを吹き飛ばしてしまうぐらい衝撃的で、恥ずかしくて…

「だ、抱き締められた?…〜〜っ!!」

小さく、小さく自分で落とした呟きに狼狽えた。

「どうしよ、…どうしよう」

抱き締められるなんて。
すくっと立ち上がり、うろうろとする。
こういう時どうすれば良いんだ!?

「…そうだ!用意してこなきゃ」

俺は混乱したまま、とりあえず勉強道具を用意しに二階にある自室へと向かった。








Side 工藤
今ごろ家の中で狼狽えているかも知れない廉を想って苦笑が浮かぶ。

「少しやり過ぎたか…」

腕の中に抱き締めた廉の体は見た目より華奢で。優しい温もりを伝えてきた両手を俺は軽く握り、門扉に背を預けて廉が出て来るのを待った。
廉といると待つ時間さえも楽しいと思えるからしょうがない。

「俺も変わったな…」

ふと以前なら持ち合わせなかった感情に、翻弄されている自分に口元が緩む。
そんなことをつらつら考えていると、ガチャと控え目に開いた扉から廉がおずおずと出てきた。
ショルダーバッグを斜めがけし、俺に背を向け玄関の鍵をかける。

「もう良いのか」

「うん」

振り返った廉は俺から少し視線を反らして頷いた。

「じゃぁ行くか」

すっと門扉から背を離してゆっくり歩き出すと、その隣にそわそわしながらも廉が並び、俺はまたも口元に苦笑を浮かべた。
思った通り狼狽えながらも、逃げずに俺と向き合おうとしてくれる廉。そんな一生懸命な所が可愛いくてますます惹かれていく。

「廉」

「………」

黙々と歩く廉の意識は散漫で、呼び掛けに気付かない廉の肩をトンと軽く叩いて意識を俺の方に向けさせる。

「廉」

「―っえ!?なに?」

びくりと大袈裟なぐらい反応をみせ、俺の方を見てきた廉に俺は前方を指差した。

「あの角の店でおやつでも買ってくか?休憩時に食べればいいだろ」

廉の好きそうな店だと、以前その店の前を通った時に思ったのだ。
どうしよう、と揺れる瞳を優しく見つめ、廉を店の前に連れていく。
擦れ違う様に、中に居た客がちょうど出て行き、開いた自動ドアから良い匂いが流れてくる。

「飲み物は俺の家で淹れるから良いとして、どうする廉?」

「うっ…」

ふっと目元を和らげ廉を見やれば案の定、廉は瞳を輝かせ、それでも誘惑に負けまいと頑張っていた。

「さっきデザート食べなかったろ?たまには俺も食べたいし、かといって一人で買って食べようとは思わないんだよな」

チラッと何か言いたそうに見上げてきた廉。それを俺は了承ととって、自動ドアへと歩を進めた。
店内へと入れば、昼を過ぎたこの時間でもまだ少し混んでいた。

「好きなもの選べよ」

ショーケースの前に立ち、綺麗に並べられた種類も豊富なドーナツに視線を移す。
ここまで来れば隣に立つ廉も観念したように、ショーケースの中に並ぶドーナツへとあちこち選ぶように視線を彷徨かせた。
その様子にふと笑みが溢れる。

「…これとあれで良いんだな?俺が買ってくるから廉はここで待っててくれ」

くしゃりと、落ち着きを取り戻した廉の髪を撫で、俺はカウンターに向かう。

「あ、工藤…」

そして、持ち帰りでドーナツを五個注文し、箱に詰めてもらう。支払いを済ませて、待たせている廉の元へと戻った。
すると何やら廉は眉を寄せてこちらを見ている。

「どうした?」

自動ドアをくぐり、店の外へと出ながら聞けば廉は強い口調で言った。

「ドーナツは割り勘だからな。自分の分は自分で払う」

奢られてばかりというのが嫌なのだろう。廉は女じゃないし、思うところがあるのかもしれない。

「分かってる。後でな」

俺は別に構わなかったが、廉が気にするならと俺は頷き返した。



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