09


体育祭と顔合わせの両方が無事に終われば、学生として次は期末テストが待ち受けていた。
俺は毎回テスト週間に突入すると、Larkの方に顔を出すことが少なくなる。
遊んでるから成績を落としたんだ、とは言われたくないからだ。
そんな俺が今いるのは何故かDollの溜まり場。悠付きで。

「廉兄ぃ、ぼぅっとしてるけどどうしたの?大丈夫?」

「風邪か?」

右隣から悠に心配され、正面から工藤に顔を覗き込まれる。
麦茶を配り終えた悟は苦笑して、工藤の隣にある一人がけのソファーに腰を下ろした。

「ち、近い!…そうじゃなくて、何で俺達ここにいるんだろうって思ってさ」

「それは俺が連れてきたからだろ。大学生らしき男にナンパされてるのを見て動かない程俺の心は広くない」

工藤は当たり前の様に答えて、テーブルの上に置かれた麦茶を手にとる。
つまり、見てられなかったと。

「あんなのに俺が負けると思ったのか」

むっとして言い返せば、工藤は俺の目を見て言った。

「違う。俺は自分の好きな奴が、俺以外の男に言い寄られてるのに我慢できなかっただけだ」

それはつまり…

「なっ…!」

そこまで言われて気付かないほど俺は鈍感じゃなかった。
顔を赤くして視線を反らす俺に、工藤は分かったか?と優しく笑う。
俺は小さく頷き返すのが精一杯だった。

「貴宏、その辺にしておきなさい。廉さんが困るでしょう」

「廉兄ぃ、顔真っ赤だよ?」

「…何でもない」

俺は顔に集まる熱を誤魔化すかの様に、冷たい麦茶を口へと運ぶ。
悟に何やら注意されている工藤をちらっと視界に入れて俺は、ざわざわと騒ぐ胸元をそっと左手で押さえた。
何だか俺は最近おかしい。
自分でも良く分からないが、工藤の言うように風邪でも引いたかな?
そんな事を思って首を傾げたその時、部屋の扉が勢いよく開いた。

「あーっ、廉ちゃんが来てる!」

「修平先輩うるさい」

入ってきたのはDoll幹部の二人。修平と誠だった。
俺からしてみれば、物静かな誠さんと、活動的な修平さんの組み合わせが何だか不思議だった。

「修平。お前は何度言ったら静かにドアを開けられるんだ」

「わっ、悟さんもいたのか!?」

「始めからいたし。修平先輩お仕舞いかも」

スタスタとマイペースに室内に入ってきた誠は工藤と俺、悠に挨拶すると少し離れた一人がけのソファーに座る。

「ちょ、見捨てんなよ誠!」

「自業自得」

ふいと修平から視線を外した誠と俺の視線がちょうど重なった。
いきなり視線を反らすのも失礼な気がして、俺はジッと見返す。

「………」

すると、誠は何か言いたげに口を開き、結局何も言わずふいと視線を横に流してしまった。
ん?もしかして…嫌われてる?
良く考えれば誠と話したことはあまりない気がする。
それに俺が少なからずショックを受けていると、工藤の座るソファーに遠慮無く座った修平が先程の情けない表情が嘘のように、なにやら楽し気ににやにや笑いながら口を開いた。

「廉ちゃん。気にすることないよ。誠は照れてるだけだから」

「え?」

そう言われて一度外した視線で誠をみ、次に確かめるように工藤と悟を見た。

「大丈夫だ。安心しろ」

「慣れないうちは分かりにくいかもしれませんが、気にしないで下さい」

確認した先でそう言われ俺はそっか、と安堵の息を吐く。

「ちょ、酷くねそれ!廉ちゃん、俺の言葉が信じられないの!」

そこへすかさず修平が口を挟む。が、

「うるさい。修平先輩その口閉じて」

誠の一言であえなく撃沈した。
そして、誠は修平に向けた視線を移動させ、しっかりと俺の目を見て言う。

「俺、別に坂下のこと嫌いじゃないから」

「う…あ、ありがと」

逆にこっちが照れてしまいそうなくらいストレートに届いた言葉に俺は声をつまらせながら応えた。
ソファーに項垂れる修平を無視して悟が話を切り出す。

「ところで廉さん、お昼は?」

「まだ食べてない。今日は久し振りに外で食べようかって悠と話してて、入る店探してたら男達に絡まれたんだ。俺は別に作っても良かったんだけど…」

「ダメ!廉兄ぃだって休みの日は休まないと疲れちゃう!」

横から怒ったように見上げてくる悠に苦笑し、俺は宥めるように悠の頭を撫でた。

「それだったらここで食べてけよ。俺達も今からだし。な、悟」

「そうですね。今から店を探すよりここで食べた方がゆっくりできますし」

そう言って勧めてくれたのは工藤で、悟も歓迎してくれた。

「おい修平。拗ねてないで恭二さんからメニュー借りてきてくれ」

「……はい」

工藤の声にふらりと修平は立ち上がり、のろのろと歩き出す。
パタリと静かに閉まった扉に俺は心配になって工藤に聞いた。

「いいのか?なんか修平さん可哀想じゃ」

「いつもの事だ。構うと喜んで飛び付いてくるから廉は近付くなよ」

そんな犬みたいな…。

「それにご飯の時になればケロリとしてますよ」

視界の端で小さく頷いた誠にそれが日常だと教えられる。
そして三人の言う通り、それは間違っていなかった。
ガラスのテーブルの上にはそれぞれが注文した料理と飲み物。
修平はカレーライスを前に瞳を輝かせていた。
そして、いただきますの言葉を合図にもくもくと食べ始めた。
オムライスを頼んだ悠はにこにこと嬉しそうにオムライスを口に運ぶ。
俺はそれを見てから自分のエビピラフに手をつけ始めた。

「ん、美味し」

ふにゃりと頬が緩む。
食事中は自然と会話も少なくなったが、そこに流れる空気はずっと穏やかなものだった。

「…ふぅ、食った食った。ごちそうさん」

「ごちそうさま」

カシャンと修平が手にしたスプーンを離して言えば、誠が氷の入ったグラスを傾け、一呼吸あけて言う。
それからすぐ、他の人も食べ終わり、俺もナプキンで口を拭いた。

「デザートはいいのか?」

ふと工藤から聞かれ、俺は考える。

「ん〜、今日はいいや。悠は何か食べるか?」

ちょっと小首を傾げた悠も今日はいい、と首を横に振った。

「そうか」

「うん。デザートは次の楽しみにとっとく」

メニュー表に書かれたデザートの名前を思い浮かべ、俺は笑って言う。
それに工藤も口元に弧を描いて頷いた。

「あぁ。次、な」

お昼を食べ終え、ゆっくりした後、俺は悠と一緒に席を立つ。

「それじゃ、俺達はこれで」

「もう帰るのか?」

「うん。期末テストの勉強もあるし、悠は友達と遊ぶ約束があるから。お昼代はマスターに渡せばいいんだよな?」

聞いてきた工藤に答え、俺も工藤に聞き返す。

「昼代なら気にするな。まとめてこっちで払う。それより俺も一緒に出る」

チラと工藤から視線を投げられた悟は頷き、テーブルに置かれた伝票をサッと回収してしまう。

「あっ、…でも、そんなの悪いよ」

「気にするな。それにこっちで払った方が少し値引きされるんだ。身内の特権だな」

ソファーから立ち上がった工藤はにっと悪戯っぽく笑って、俺を見た。

「身内って…」

「言ってなかったか?ここのマスター、恭二さんはDoll創設者の一人なんだ。だから廉は気にせず安心して奢られとけ」

ほら、行くんだろ。と、背を押され俺は戸惑いながら足を踏み出す。

「また来て下さいね」

「俺も廉ちゃんならいつでも歓迎だから!悠ちゃんもまたね!」

「気を付けろよ坂下」

扉をくぐる時、後ろからかけられたその声に俺はちょっとだけ振り返り、照れたように笑った。

「ありがと。また来るな」

まだ数えるほどしか来てない場所なのにここは温かい。また来たいと俺は思った。


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