07


Side other

―Lark拠点(向日葵)
向日葵のマスター、川瀬さんから合鍵を受け取っていた大輔は本日休業と掛けられた札をそのままに、店のドアを開けた。

「おい大輔。隼人の奴は何か言ってたか?」

ドカリと店の奥にあるソファーに腰を下ろした聖は足を組み、店内の照明を付けている大輔に視線を投げた。

「何も。ただ後から来るとは言ってた。安芸と慎二も」

大輔はばらばらと後から店内に入ってきた仲間に大人しくしている様にと言い含め、入口が見えるカウンター席に座った。

「本当に一人で来ると思うか?」

店の入口を見つめたまま大輔が聞けば、聖は面白くなさそうに答えた。

「来る。…だから気に入らねぇ」

ジロリと八つ当たりするように聖は大輔を睨み付け、組んでいた足を組み替えた。
その五分後、ドアの上に付いている鐘がカラン・カラ〜ンと軽快な音をたてて開いた。

「本当に来た…」

綺麗に染められた金髪、前を見据える茶色い瞳に警戒や畏怖は見当たらない。
店に入って来た工藤はカウンター席に座る大輔に視線を向け、次にテーブル席に座っているLarkの面々を見た。
そして、奥の席に聖を見つけると工藤は足を進めた。
聖は堂々と店の中を進んで来た工藤に内心悪態を吐き、けれど表面上ではニヤリと笑って見せた。

「良く一人で来たな。まぁ、座れ」

自分の正面にあるソファーを指し、聖は言う。

「そういう約束だろ?俺は約束は守る」

工藤は聖の不遜な態度も気にせず、そう返すとゆっくりとソファーに腰を下ろした。

「フン、そうかよ。で、何で呼ばれたか当然分かってんだろうな?」

前置きもなくさっさと本題に入った聖は鋭い視線で工藤を見据える。
店内の視線が二人のいるテーブルに集まり、空気がピンと張り詰めた。
そんな真っ向から、四方八方から向けられた突き刺さるような視線を受けながらも、工藤は怯むことなく返す。

「廉のことだろ。でも、俺はお前に何を言われても、お前じゃなくてもだが…引く気はないぜ。廉本人が言うなら話は別だけどな」

強さを増した、隠そうともしない敵意とは少し違う周りの視線に工藤は気付かれぬよう小さく笑った。
廉が屈託なく笑ってられるのはコイツ等のお陰だ。自分じゃないってのは少し妬けるが、…コイツ等は嫌いじゃない。
正直に本心を告げた工藤に、聖もまた本音を漏らす。

「はっきり言って俺はてめぇが気に入らねぇ。廉の側にいるのがってのもあるが…お前はいつか廉を傷付ける、そんな気がしてならねぇ」

工藤に会って間もない聖は、この短時間の間に工藤と廉を見て一体何を感じたのか。鋭い眼差しに真剣さを乗せて言い切った。
シン、と工藤がどう答えるのか店内は静まり返る。

「先の事なんて俺にもお前にも誰にも分からねぇ。けどこれだけは言える。…俺は廉を傷付けるような真似は絶対しない」

聖はジッと工藤を見据えていたが不意にクッと唇を歪めると低く、唸るように言った。

「…そうかよ。絶対、か。…廉の側に居たきゃその言葉忘れんじゃねぇぞ。もし約束を違えたらそんときゃてめぇを潰す」

「いいぜ。ただし、俺の仲間には手ぇ出すなよ。これは俺個人の問題だからな」

ギラリと光る双眸を正面から受け止め、工藤はあっさりと聖の言葉を飲む。その際、きちんと仲間と自分の間に線を引き、関係無い事を告げておくのを忘れない。

「チッ…。おい、聞いてたなてめぇ等!」

即答されたのが気に入らなかったのか聖は一つ舌打ちするとソファーから立ち上がり、店内にいる仲間を見渡して言う。

「コイツが廉を傷付けたら遠慮無く潰す。だが、それまでは仲良くしてやろうじゃねぇか。それが廉の望みだからな…」

カウンター席で携帯電話を弄っていた大輔は聖の声に頷き、店の扉に視線を向けた。
カラン、と携帯電話を右手に扉を開けて矢野と陸谷、隼人が入って来る。

「もっとごねるかと思ったが聖は決めたみたいだな」

「ごねるって、…ソレ聖に言ったらきっと怒りますよ副総長」

奥の席に工藤と聖が居るのを認め、呟いた隼人に大輔は苦笑した。

「で、お前らはどうする?」

隼人の問いに大輔は肩を竦めて返す。

「しょうがないですよ。本当に一人で来て、ここまで言われちゃ認めないワケにはいかない。…俺はDollと手を組んでもいいです」

「正直言うと俺は反対なんだけどなぁ。でも、廉さんが喜ぶならそれも有りか…。安芸、お前は?」

矢野も渋々認めるような発言をして、黙している陸谷に話を振った。

「俺は…廉さんと隼人さんがそれで良いと言うなら構わないッス。俺は二人を信じてますから」

真面目な顔してそう口にした陸谷に、矢野はマジマジと陸谷を見つめて思わず突っ込む。

「安芸。お前よくそんなこっ恥ずかしい事さらりと言えるな。恥ずかしくて俺には出来ねぇ…」

「は?」

首を傾げる陸谷とその相手をしている矢野。隼人は三人の意見を聞くと、大輔に二人を任せ奥へと足を進める。
やっぱみんな廉には甘いな…。って、俺もか。
その口元は緩んでいた。

「副総長…」

「隼人さん…」

店内を進んで行くと聖達に集まっていた視線が隼人へと向けられていく。

「意外と早かったじゃねぇか。それとも、そんなに俺が心配だったか?」

隼人に気付いた聖が意味ありげにニヤリと笑って見せた。

「あぁ、店が心配でな。店内で暴れられたらたまったもんじゃない」

聖の言葉を軽く受け流して隼人は聖の座っていた場所、工藤の正面に腰を下ろした。
目の前の相手が変わっても工藤は特に気にした様子もなく口を開く。

「こうして話すのは二度目だな」

「そうだな。あの時とは全く逆だが」

隼人がDollの元へ一人で行った時、正確には廉もいたが。
その時のことを思い出して隼人は苦笑する。
よくよく考えれば目の前のいる工藤もそうだが、廉も一人で敵陣に乗り込んだうちの一人だ。
どうしてこう危なっかしい奴等が自分の周りにはいるのか。
隼人は自分の事を棚に上げて口を開いた。

「工藤サン、アンタの覚悟は十分見せて貰った。その上で俺達Larkは正式にDollと手を結ぶことに決めた。…けど、聖の言った事も俺達の本心だ」

廉を傷付けようものなら俺達は容赦しない。
脅しでもなく事実として、真剣な眼差しと声音で告げた隼人に工藤は一つ頷くと疑問を投げ掛けた。

「何でそこまで廉を守ろうとする?」

チームの総長だから、ではない。廉だから。過保護過ぎるぐらいに彼らは廉を大事にしている。
工藤がずっと抱いていた疑問に、隼人はふっと表情を緩めて答えた。

「逆だ。守られてるのはいつも俺達の方だ」

「どういう意味だ?」

眉を寄せ、聞き返した工藤に隼人は続けて言う。

「廉が誰かと闘ってる姿を見たことあるか?喧嘩になれば廉は必ず前に出る」

無駄な乱闘を避ける為、仲間を守る為、誰も傷付かない様。時には自ら囮になることだってある。
何度その小さな背を見たことか。小さいけれど大きな背。

「雲雀の姫…廉が弱いから守ってるわけじゃない。むしろ廉の腕は誰より強い。ただ、俺達はそんな廉だから守りたいと思って行動してるだけだ」

分かったか?と視線を投げられ工藤は口を閉ざした。
工藤は廉を初めて見た夜の事を思い出す。
月夜の下、敵とみられる男四人に囲まれていた小柄な少年。
助けに入ろうと動く寸前、少年は舞うような動きで自分より一回りも二回りも大きい男達を倒してしまった。
小柄なその体のどこにそんな力があるのか、強烈な一撃。
月の光を浴びて艶めく黒髪に、強い意思を宿した大きな瞳。凛と立つその存在に工藤は魅せられた。

「…お前等のいう事は俺にも分かる」

「そうか。だったらもう言うことはねぇ。話は終わりだ」

帰って良いぜ、と隼人は張り詰めた空気を壊すよう穏やかな声で促した。
それを受けて工藤も用は済んだと立ち上がる。そしてふと思ったことを口にした。

「相沢。もし俺が一人で来なかったらどうした?」

「もちろんそこで終わりだ。覚悟もねぇような奴に廉は任せられない。廉との約束を破ることになるがDollとも手は結ばなかった。…もっとも、アンタは一人で来ると確信してたけどな」

「なら俺は合格か?」

見下ろし、聞いてくる工藤に隼人はニヤリと笑って答えた。

「及第点ってとこだな」

「そりゃ良かった」

苦笑を溢し、敵意の消えた店内を出口に向かって工藤は歩き始める。
その背に、不機嫌さをまったく隠そうともしない声が一つ投げられた。

「フン、精々廉に嫌われねぇよう気を付けることだな」

「あぁ、心配しなくても廉が嫌がることはしねぇよ。じゃぁな」

振り返ることもせず、ひらりと片手を振って応えた工藤はそのまま店を出て行った。

「ちっ、最後まで気に入らねぇ野郎だぜ」

「聖。お前も廉に嫌われたくなけりゃ少しはその言動直せ」

悪態を吐く聖にも釘を刺して、隼人は仲間達に解散を告げた。


[ 31 ]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -