03


ちらほら灯る街灯の下を悠の歩幅に合わせてゆっくり歩く。

「それで今日学校でね、…」

「そっか。良かったな」

悠の話に相槌を打ち、頭を撫でてやる。
そうすると悠は嬉しそうな顔で笑った。
その笑顔を見ていた俺は前方の街灯の下にいる人物に気づかなかった。

「あれ?廉兄ぃ?あのお兄ちゃん…」

悠が俺を見上げて前方を指差す。
そこで初めて俺はその人物に気づいた。

「工藤?」

街灯の下にいた工藤は携帯片手に操作していて俺達には気づいていない。
ど、どうしよ?気づいてないみたいだし今なら逃げれる。
悠と繋いでいる手をきゅっ、と握り俯く。
やっぱ、恥ずかしくて顔合わせらんない。よし、逃げよう。

「廉兄ぃ?顔が赤いよ。どうしたの?」

「何でも、ない。それより今日は少し遠回りして帰ろうか?」

「え?でも…」

悠が工藤と俺を交互に見て、友達じゃないの?と不思議そうに聞いてくる。

「えっと、その。友達だけど…」

どう説明しようか困っているとタイミング悪くポケットに入れていた携帯が鳴った。
しまった、と思い慌てて取り出せばディスプレイには工藤の名前。
しかも顔を上げれば工藤は少し驚いた顔でこちらを見て、耳にあてていた携帯をパチリと閉じた。
それと同時に俺の携帯から流れるメロディーも途切れる。

「廉」

工藤は携帯をポケットにしまい、近づいてくる。
どうしよう?どんな顔すればいい?

「キラキラのお兄ちゃん、本当に廉兄ぃの友達?」

直ぐ側で立ち止まった工藤に、俺は顔を合わせないよう手に持っている携帯に視線を落とせば、その隣で悠がそう聞いた。

「廉兄ぃ、って廉の妹か?そうだな今は友達だな」

すっ、と悠から俺に視線を移した工藤はいつも通り話しかけてきた。

「どうした廉?具合でも悪ぃのか?」

その上顔を覗き込んで心配までしてきた。

「ちょっと赤いな」

「廉兄ぃ風邪?」

「………工藤のバカ」

お前のせいだ。
小さく小さく、本当に小さく溢した文句に工藤は気づいた。








side 工藤

俺のせい?
俺は頬を染めて俯く廉の顔を見つめてピンときた。
そうか、昨日のせいか。可愛いな廉は。
ぽんぽんと廉の頭に手をやれば廉はますます顔を赤くして身を引いた。

「廉兄ぃ、風邪引いたの?早く帰ろう?」

繋いだ手を引く廉の妹に俺は、風邪じゃないから大丈夫と安心させるように笑いかけてやる。

「でも、キラキラのお兄ちゃん…」

見上げてくる廉の妹は廉に似て可愛い。ぱっちりした大きな瞳にさらりと長い、肩から少し下までありそうな黒髪を頭の横で二つに結んでいる。

「廉は俺に会って照れてるだけだから」

「そうなの、廉兄ぃ?」

廉は違う、と顔を上げたけどやっぱり顔は赤いままだった。

「工藤も悠に変なこと言うな」

「その子、悠っていうのか。廉の妹?」

機嫌が悪くなってきた廉に、機嫌を直してもらうべく話の矛先を変えた。
案の定廉は急な話の転換にきょとんと目を瞬かせた。

「…そう。俺の妹で悠。悠」

「初めまして、坂下 悠です」

ぺこり、と丁寧にお辞儀をした悠はキラキラのお兄ちゃん、名前は?と聞いてきた。
さっきから出てくるキラキラのお兄ちゃん、て俺か。

「俺は工藤 貴宏。よろしくな、悠」








side 廉

ちょっと悠がいてくれて助かったかも…。
一人だったらきっと逃げてる。いや、きっとじゃなくて絶対逃げてる。
悠に笑顔を向けている工藤に、俺は気を取り直して口を開いた。

「工藤、俺に何か用があったんじゃないの?」

「ん?あぁ、今週の土曜暇か?」

土曜?土曜は隼人達の応援に行くから…。

「ごめん、土曜は予定入ってるんだ」

「廉兄ぃと悠と皆で体育祭に行くの!」

「体育祭?っていうと青楠(セイナン)のか?」

するりと出てきた答えに俺は知ってたのか?と聞き返した。

「仲間がそんなこと言ってたから、覚えてたんだ」

そっか、なら無理か。と言った工藤に悠が無邪気に恐ろしい提案をする。

「何で?工藤さんも一緒に行けばいいのに」

「いや、それは…」

マズイだろ。仮にも工藤はDollの総長だし。この間の一件、仲間達はよく思ってないみたいだし。
ないとは思うけど、他校の体育祭で乱闘は避けたい。
困った顔で工藤を見れば、工藤は涼しい顔して頷いていた。

「じゃぁ、一緒に行くか」

「え!?」

あっさり了承した工藤に驚く。と、いうかできれば断って欲しかった。

「廉は嫌なのか?俺が一緒に行くの」

「嫌とか、そうじゃなくて。だって工藤…」

俺の言いたいことが分かったのか工藤はまぁ、なんとかなるだろ。なんて気楽に笑った。

「工藤」

何故だがその笑みにムッとした俺は咎めるように強く名を呼ぶ。
それに工藤は少し驚いた顔をして、次の瞬間には嬉しそうに頬を緩めた。
なんだよ、人がせっかく…。

「いや、廉がそんなに俺の事心配してくれるとは思ってなくて…」

「べっ、別に俺は工藤の心配なんかしてないし。ただ、他校の体育祭で問題が起きたらいけないと思って」

ふい、とそっぽを向いて俺はそう答えた。
そうだよ、何で俺が工藤の心配なんかしなきゃいけないんだ。

「…何かあっても俺は知らないからな」

「はいはい。でも、心配してくれて嬉しいぜ」

「だから、心配なんかしてない」

俺達の会話を不思議そうに見ていた悠は、おずおずと口を開いた。

「えっと、…廉兄ぃ、工藤さんも一緒に行くんだよね?」

俺はちらっ、と笑顔の工藤に視線をやりまぁ、と頷いた。
途端悠はパァッ、と嬉しそうな顔になる。
わぁい、土曜日が楽しみだなぁ。ね、廉兄ぃ!と瞳をきらきらさせ俺を見上げてくる悠に俺は勝てた試しがなかった。

「そうだな」

話に区切りのついた所で工藤に、家に帰る途中だったんだろ?と、言われ、またしても何故か工藤に送ってもらうことになった。
悠の歩幅に合わせてゆっくり歩く。
そして、歩きながら土曜日の待ち合わせ場所と時間を決める。

「青楠高の正門に10時は?」

「う〜ん、いいよ。…でも、本当にどうなっても俺は知らないからな。助けてなんてやらないから」

すでに俺は半ば意地になっていた。

「分かってる。ところで、明日は暇か?」

笑顔でさらりとかわされやっぱりムッとした。

「別にこれといった用はないけど」

そのせいか、返事が少しそっけなくなった。

「拗ねんなよ。それはそれで可愛いけど」

「…やっぱ忙しい。だから無理」

「今、用はねぇって言ったよな。なら明日、白桜(ハクオウ)の門の所で待ってるからちょっと付き合ってくれ」

白桜とは俺が通っている高校だ。

「何で俺が…」

工藤の用事に付き合わなきゃいけないんだ、と不機嫌丸出しで言ってやる。

「お前に会いたいって奴がいんだよ。嫌なら会わなくてもいいけどな」

俺に会いたい?何で?

「それって工藤の知り合い?」

「あ〜、まぁ。知り合いって言えば知り合いだな」

工藤の知り合い…。ちょっと気になるかも。
好奇心がむくりと首をもたげてきた。

「とりあえず明日門のとこで待ってるから、一人で帰んなよ」

迷ってると思ったのか工藤は考える時間をくれるらしい。
その気遣いにちょっと嬉しさを感じた。
次の台詞がなければもっと良かったかもしれない。

「会わないんだったら会わないでデートできるしな」

「しないから」

家の前に着き、鍵を開けて悠を先に家に入れる。

「工藤さん、ありがとうございました。ばいば〜い!」

「おぅ」

手を振る悠に工藤もひらひらと振り返す。
悠が家の中に入ったのを見届けてから俺は口を開いた。

「随分悠に気に入られたな」

「そうか?」

「そうだよ」

少し人見知りの気がある悠が、何でだか分からないけど、初対面の工藤を誘ったんだ。

「まぁ、廉の妹なら悪い気はしねぇな」

「あっ、だからって悠に手ぇ出すなよ!」

悠は俺が大切に育ててきた宝物の一つなんだから。

「出さねぇって。俺が好きなのはお前だけだし」

「…ぅっ。馬鹿な事言ってないで早く帰れっ」

「んじゃ帰るとするか。明日、忘れんなよ」

あっさり背を向けた工藤に、ほっと安心するも胸の中がもやもやした。
う〜、なんなんだこのもやもやした感じ。
それから俺は、工藤の姿が見えなくなるまで外に突っ立っていた。



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