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はぁ〜。疲れた。
俺は店を出て大きな溜め息を溢した。

「皆ピリピリしすぎだよ。それに工藤の事だって…」

Dollの総長だってのには正直、驚いたけどそんなに悪い奴だとは思わないけどなぁ。
そりゃ人の話し聞かなかったり、強引な所はあるけど…。
俺は家に向かって歩き始めた。
賑わう街中を抜け、しだいに人がまばらになってくる。
そう言えば工藤に会ったのもこの辺だったよな。
なんて、ぼんやりと頭に浮かぶ。

「よっ、彼女?俺と遊ばない?」

「………」

人が考え事してるってのにまたナンパかよ。
俺は声を掛けてきた男を無視してすたすたと歩く。
だが、男は諦めず俺の腕を掴んできた。

「彼女ってば!!ねぇ」

「俺はっ―!!」

しつこい男に煩わしさを感じてバッと男の手を払い、俺は男だ!!と言ってやろうとしたが、それは別の声に遮られた。

「人の女に手ぇ出してんじゃねぇよ。さっさと消えろ、目障りだ」

後ろから伸びてきた腕が俺を守るように体に回される。
男はひっ、と情けない悲鳴をあげて去って行った。

「廉大丈夫か?」

上から降ってくる声は見知った人の者だった。

「工藤?何で此処に…」

「たまたま通りかかった、…ってのは嘘でお前に会いに行こうかと思って」

「あ、そうだ!俺も工藤に聞きたいことが」

……………。
………。
…。
って、いい加減離せよ。
工藤は背後から俺を抱き締めたまま腕を離そうとしない。
いくら人通りが少ないからって恥ずかしぃ。

「く、工藤、手離せよっ!」

ペシペシと体に回されている工藤の腕を叩く。
だが、逆にギュッと力を込められてしまう。

「………んな」

「え?何…」

工藤が小さな声で何か言ったが聞き取れなくて聞き返した。

「あんな奴に触らせんな」

一瞬何のことだか分からなかったが多分、腕を掴まれた事を言っているのだろう。
何で工藤がそれで怒るのかいまいち分かりかねたが、頷かないと離してもらえそうになかったから頷いてみた。

「うん、分かったから。離せよ」

工藤はそれに気付いたのか俺を抱き締めたまま一つ溜め息を吐くと離してくれた。

「意味分かんねぇくせして頷くな、馬鹿」

むっ…!!

「意味分かんないのは工藤だろっ。俺達を助けたりして…」

フィとそっぽを向いてむくれたように言えば工藤は俺の右手を掴みその前に場所変えようぜ、と言って歩き出した。
となると必然的に引っ張られるワケで、

「ちょっ、待って!!歩くの早いって!」

工藤は普通に歩いているつもりでも、身長からして違う俺には歩幅の差ってのがあって。
声を掛ければ工藤はあぁ、そっか。と気付いて歩みを緩めてくれたけど決して手は離してくれなかった。
で、連れてこられた先はアパートだった。

「なぁ、工藤。此処って…」

ポケットから鍵を出し、ガチャリと錠を外している工藤に俺は戸惑い気味に聞いた。

「ん?俺ン家。この時間だとどの店も混んでんし、周りが気になってゆっくりできねぇからな」

ほら入れ、と言われ俺は手を引かれおずおずと玄関に足を踏み入れた。

「……お邪魔します」

靴を脱ぎ工藤の後を着いていく。
へぇ、意外と綺麗に片付いてる。もっと物が散乱してるかと思ってた。
きょろきょろと周りを珍しげに見ていると、リビングに通されちょっと待ってろと言ってソファーに座らされた。
ソワソワと落ち着きなく工藤が戻ってくるのを待つ。
しばらくして工藤がカップを二つ手に持って戻ってきた。

「ほら」

「ありがと」

受け取った中身はやはりカフェオレで、俺は首を傾げた。
それに気付いたのか工藤は俺の正面に座り口を開いた。

「好きなんだろ、ソレ」

「うん、まぁ。でもどうして知ってんの?最初からそうだったし…」

ジッとカップの中で揺れる茶色い液体を見つめた。
だが、工藤はそれに答えず話を変えてしまう。

「気にすんな。それより聞きたいことって?」

さらりと流された気がするけど、本当に聞きたいことはそんな事ではないので俺は素直に頷いた。

「あ、うん。そう、何でDollの事黙ってたんだ?」

その問い掛けに工藤は一つ息を吐き出しコトリ、と手にしていたカップをテーブルに置いて、俺と視線を合わせてきた。
聞いたら不味かったのか?
吐かれた溜め息にそんなことを考えていた俺は、工藤の瞳が微かに揺れたことに気付かなかった。

「誰から聞いた?」

「えっと、隼人に。あっ、隼人ってのは…」

「知ってる。お前んとこの副総長だろ」

工藤はそこまで知ってるのか。いや、俺が知らなさすぎるのか?皆工藤のこと知ってたみたいだし…。

「で?」

「え?何?」

「廉は俺がDollの総長だって知ってどう思った?」

何かどっかで聞いたことある台詞だな。
俺は首を傾げながら、思ったことを正直に告げた。

「びっくりした。ナンパ男が最強チームの総長だったなんて、って。なぁ、もしかして俺知らない方がよかったのか?」

表情の固い工藤に俺は伺うような視線を向けた。
工藤は手を伸ばし、俺の頭に乗せ、首を横に振って言った。

「お前、俺が怖くないのか?」

俺はその言葉にきょとんと目を瞬いた。

「何で?別に工藤は工藤だろ?」

それを聞いた工藤は表情を少し和らげフッと笑った。

「そうだな、俺は俺だ」

どこかホッとしたように、嬉しそうに笑った工藤を見て俺は思い出した。
そう、その台詞は数日前俺が工藤に対して心の中で思ったこと。問いたかったこと。
でも、実際口にしたのは婉曲した言い方で。

《俺が総長だったのが意外だった―?》

似た様な事を俺が工藤に聞いたんだ。
知ってどう思ったのか、知りたくて。
あぁ、もしかして工藤も俺と同じことを思っていたのかな…?
だから俺は、何でもないことのように言ってやった。

「俺は総長の顔した工藤は知らないけど、今目の前にいる工藤が良い奴だってことを知ってる。だから怖いとか思わない」

正直に思った事を伝えれば、頭に置かれていた工藤の手が髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜてきた。

「うわっ!?やめろよっ」

慌てて工藤の手を掴み俺は何すんだ、と工藤を軽く睨みつけた。
しかし、睨みつけた先にいた工藤はあの時と同じく嬉しそうに笑っていて…。
二人で遊びに行って、家まで送ってもらった時に見せた、嬉しいという感情を全面に押し出した純粋な笑顔。
何でそんな嬉しそうな顔で俺を見るんだよ。

「………っ」

その視線に耐えられなくて、恥ずかしくて、俺はフィ、と工藤から視線を反らした。

「なぁ、廉」

「………な、に?」

そっぽを向いた俺の耳に、心なしか優しげな工藤の声が入ってきて、それがますます俺を落ちつかなくする。
何か物凄く恥ずかしぃ…。
逃げたい。
でも…。
胸の中でぐるぐる感情が渦巻き始める。
工藤の手を掴んでいた手は逆に掴み返され、反対の手に持っていたカップはそっとテーブルの上に置かれた。
そして、工藤は掴んでいた俺の手を自分の方に引いた。

「っ!?」

掴まれている手の甲に暖かな感触を感じて視線を向ければ、ちょうど視線を上げた工藤と目が合った。
俺は工藤の手を振りほどくことも忘れ、今起きたことにピシリと固まり、赤かった顔をさらに赤くさせた。
な、な、な、何してっ!?

「廉」

こういったことに免疫のない俺はどうしていいのか分からず、ピクリと肩を震わせることしかできなかった。

「………っ」

掴まれた手が熱い。
ジッと瞳を見つめられ、目が反らせない。

「好きだ」

……す、き?

「廉、お前が好きだ」

「…………おっ、俺は」

真っ白になった頭で俺は返事を返さなければ、となんとか口を開く。
が、言葉は途中で遮られた。
大きな掌を俺の口に押しあて、工藤は言う。

「まだいい。俺の欲しい返事じゃねぇだろうからな」

ただ、俺が今、お前に言いたかった、想いを伝えたくなった、だから口にしただけで…、と工藤は苦笑してみせた。
しかし、その瞳があまりにも真剣で、だからといって応えることもできず俺は真っ赤になった顔を伏せた。
俺は一体どうすればいいんだ?
どうしたいんだ?
言葉がみつからず、うつ向いていると工藤の手が俺の髪に触れ、さらりと掻き上げられる。

「ちゃんと付けてくれてんだな」

うつ向いたままちろっ、と見上げた工藤に先程の雰囲気はどこにもなく、いつもの様ににっと悪戯っぽく笑って俺を見ていた。
その事に少し安堵し、俺は顔の赤みが引くのを待ってから顔を上げた。

「付けてるけど…、コレやっぱり大事なモノだったんじゃん」

チームの証だって聞いたぞ、と言えば工藤は自分の耳に付いているカフスの片割れを指で触り、言った。

「細かいことは気にすんな。でももし、周りから何か言われたり、気になるようなら、ソレは俺から信頼の証として渡された、とでも言っとけ」

そんないい加減でいいのかよ?
俺は呆れたような眼差しを工藤に向けた。
でも、工藤はまったく気にした様子もなく俺の髪から手を離した。

「で、他に聞きたいことは?」

あ、そうだった。工藤が何時にも増して変なことするから忘れるところだった。

「俺達を助けたのはなんで?」

「そうだな、廉がSnakeとやりあって傷付く姿を見たくなかったから」

え?俺?
俺は意外な答えに目をぱちぱちと瞬いた。

「ってカッコ良く言いたい所だが簡単に言えば後始末だ」

後始末?何それ?
俺が不思議がっていると、工藤は説明してくれた。


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