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天嶺様リクエスト
九琉学園
CPは静×明で、初めて嫉妬をした明が静に自分から甘えちゃうお話。裏は出来れば入れる方向で。
※本編の都合上、裏という裏では無く、ぼかした感じで執筆させて頂きました。キスは有。







2年B組、生徒会副会長。佐久間 静と付き合い始めて数ヶ月。季節は夏から秋へと移り変わる頃。
西陽の射し込む校舎の中、明はとぼとぼと廊下を歩いていた。

「はぁ…」

その口から溜め息が零れる。

目的地である風紀室の扉の前に立つと明は礼儀的にノックをし、扉を開ける。足を踏み入れた室内には誰もいなかった。

「………」

それも今は少しばかり有り難い。
整頓された副委員長席に腰を下ろし、明は机の一番下の引出しの鍵を開けるとその中から親衛隊に関するファイルを取り出した。

机の上に置き、ファイルを開かずにその表紙を複雑な気持ちで眺める。
ラベルには生徒会関連、親衛隊一覧表。
中には京介を筆頭とした今期生徒会の親衛隊リストが詰まっていた。

「………」

明はファイルに手をかけ、離す。うろうろと視線をさ迷わせ何回かそれを繰り返した後、明は結局ファイルを開かず引き出しの中に戻した。鍵をかけ、机に突っ伏す。

「静を疑ってるわけじゃないんだけど…」

はぁっ…と明は先程静の教室で見た光景を脳裏に思い浮かべ、もやもやする胸元を右手で押さえた。

風紀の仕事も落ち着き、寮までの短い道程だが放課後一緒に帰ろうと今朝静から誘われていたのだ。迎えに行くから一人で帰るなよと念押しまでされて。
しかし、明のクラスの方が終わるのが少し遅く、待たせてしまったことを気にして明は自ら静のクラスに足を運んだ。

「………」

と言ってもその足は隣のクラスの前で止まってしまったが。

「誰だったんだろ…あれ。可愛かったよな、俺なんかより」

ちらりと覗いた教室の中で、静は見知らぬ可愛らしい生徒と楽しげに会話を交わしていた。
明の見間違いなんかでは無く、静は明といる時にだけ見せてくれる緩んだ表情をその生徒に向けていた。

思い出すとずきりと胸が痛くなって苦しくなる。

気付いた時には明は教室の前から駆け出して風紀室に向かっていた。

「はぁ…」

先程からため息ばかりが零れる。
のろのろと顔を上げ、椅子に凭れて明は少し後悔していた。

「何も言わずに置いてきちゃった…。静、心配するかな?」

かといって明は動く気にもなれなかった。何だか身体が重く感じる。

もやもやと胸を覆う倦怠感に知らず明は眉を寄せた。そんな中、ポケットに入れていた携帯が振動する。

「っ、わ!」

びくりと身体を震わせて取り出した携帯の画面には佐久間 静の文字。
振動し続ける携帯は着信を知らせていた。

「……はい。もしもし?」

僅かに躊躇った後、無視も出来なくて通話ボタンを押す。
耳に届いた声はいつもと変わらなかった。

《明?お前今何処にいるんだ?それとも今朝の約束忘れたのか?》

どうやら静はちゃんと明を迎えに教室に行ったらしい。それなのに明は自分勝手に逃げ出してきてしまったと、沈んだ声で答えた。

「…ごめん。俺…」

《ん…?どうした?具合でも悪いのかお前?》

どことなく覇気がないように感じられたのか静がそんなことを言ってくる。電話越しにも関わらず些細な違いに気付いてくれた静に心を震わせつつも先程教室で目にした光景が忘れられず明は曖昧に誤魔化す。

「ちょっと…そう、かもしれない」

《それなら仕方ねぇが、次は忘れず俺に連絡しろよ。…心配するだろ》

「…うん、ごめん」

《明日の朝迎えに行くから。今日は早く寝ろよ》

「ん、じゃぁ…」

短く話を畳んでプツ…と通話を切る。
不通音を溢し続ける携帯電話を見つめて明はそっと重い息を吐き出した。

嘘を…吐いてしまった。






一人で寮へと帰った翌朝、静は宣言通り明を迎えに部屋まで来た。

「具合はどうだ?」

登校する準備を整え部屋から出てきた明に静は朝の挨拶をすっとばして開口一番そう訊いてきた。

一晩寝てからも胸の中にあるもやもやとした気分は一向に晴れなかったが、部屋の扉を開けて一番にかけられた声に、明の胸の内に燻っていた気持ちは簡単に吹き飛んでしまう。

驚きにパチリと瞼を瞬かせ明は静を見上げる。

「明?」

どこか反応の鈍い明に静が眉を寄せれば、明は逆に小さく表情を綻ばせた。

「大丈夫…。早く学校行こう」

歩き出した明に静は腑に落ちない顔をし、それでも歩き出す。
寮内の長い廊下を歩き、エレベータで一階へ降りる。
一般生徒の登校より少し早いこの時間、出歩く生徒は疎らだった。

エレベータを降り、明は隣に並んだ静の横顔をちらりと盗み見て、昨日吐いた嘘に少しだけ罪悪感を覚えた。

俺、何で嘘なんか吐いたんだろう?

「…明。今日の放課後、俺は生徒会室に用があるから。お前はどうする?」

「俺は…帰ると思う」

「そうか。なら今夜お前の部屋に行く」

寝るなよ?と何だか意味ありげに流された眼差しにカッと頬が熱くなる。
その様子を静にくすりと笑われ明はむっとして言い返した。

「朝から何言ってんだよっ」

「うん?俺は別に何も疚しいことは言ってないぜ、明くん」

「うっ…」

にやにやと笑いながら足を止めた静に釣られて自然と明の足も止まる。
それとも…と、わざとトーンを落とした静に明はいきなり腕を掴まれ、寮のロビーの柱に身体を押し付けられた。

「何か期待したか?」

「―っ、だ、誰が!は、離せよ!ここを何処だと思って…!」

「寮のロビーだな」

顔を真っ赤にして慌てる明とは正反対に静は嘘臭いほど爽やかににっこりと笑って狼狽える明に顔を近付ける。

「なっ…」

ちょんと子供騙しのように重ねられた唇に明は顔を真っ赤にして固まる。
抵抗の止んだ明に静は瞳を細めて喉の奥で笑った。

「慣れないなぁお前は。まぁそこが可愛いんだけど。……明」

「え…っ…ぁ…」

僅かに身を屈めた静に今度はしっかりと唇を重ねられる。近すぎる距離に柔らかな熱を感じて明は羞恥と甘い目眩に襲われきゅっと瞼を閉じる。

一旦離れた熱はふっと笑み混じりの吐息を溢し、ふわりと優しく感触楽しむようにまた明の唇を啄んだ。時折悪戯するように舌先が明の唇を擽りやがて離れていく。

「自分で仕掛けておきながらこれは…危ねぇな」

「ん…?」

呟かれた声に明は恐る恐る目を開ける。
明を拘束していた手は放されていたが、静は何故か明から視線を反らしていた。

「静?」

小さく名前を呼べば明へと視線が戻される。
どことなく強さを増した眼差しに熱がちらつく。

赤く染まった顔を上げ、不思議そうに見つめてくるその奇妙なアンバランスさに静はひっそりと吐息を溢して告げた。

「やっぱり…夜は期待してもいい」

「え…っ」

ボッと耳まで赤くした明はパクパクと口を開いては閉じるを繰り返す。
静は周囲に目を走らせ明を自分の身体の影に隠すと、常にない真剣な声を落とした。

「冗談やからかいで言ってるわけじゃねぇからな」

教室の入口で静と別れた明はあまり朝には似つかわしくない会話と刺激に少しぐったりしていた。

自分の席に座って顔を赤くしたり青くしたり、時おりため息を吐いては小さく唸っていた。

「…どうしたんだ明の奴」

「さぁ?」

それをホームルームが始まるギリギリ前に仲良く登校してきた圭志と京介が不思議そうに見ていた。

「………」

お昼は幼馴染みである透と一緒に食堂で済ませ、放課後に近付くにつれ明はそわそわとしだした。

意識しないようにすればするほど逆効果で、何となく事情を察した圭志と京介から生暖かい目で見られていたことにはまったく気付かず、明は帰りのホームルームを終えてしまう。

日直の号令がかかり、クラスメイト達がばらばらと教室を出て行く。
それを横目に明は時間を引き延ばすように椅子に座っていた。

「帰らないのか明?」

「あと少ししたら帰るよ」

教室の入口で足を止めた圭志に声をかけられ、明は困ったような表情を浮かべて返す。その様子に圭志は深くは触れてこず、気を付けて帰れよと一言残して教室から出て行く。

その後ろ姿に明はほっと息を吐く。
どうして帰らないのかと聞かれても答えられないからだ。

「それもこれも静があんなこと言うから、…馬鹿」

八つ当たり気味に呟いて明は重い腰を上げる。

「嫌なわけじゃないんだけど…」

静に触れられるとぐるぐると説明のつかない感情に支配され、恥ずかしさでいっぱいになる。
今朝のキスだって…思い出しただけでも恥ずかしい。

ぎゅっと鞄を手に握り、とりあえず帰ろうと明は教室を出る。

「ぁ…」

廊下へと出た明の向かう先に明は静の背中を見つけた。見つけて、声をかけようとして喉から空気を溢す。

「…――っ」

見間違えようもなく明の視線の先には静。そして、その隣には明が昨日も見かけた可愛らしい生徒が静を見上げ…二人は楽しそうに会話を交わしていた。

「っ…ぅ……」

二人の姿は明を振り返ることなく階段の方へと消える。

「何で。放課後は生徒会室に用があるって…」

一人廊下に立ち尽くして、昨日よりもずっと苦しくなった胸に明は唇を震わせる。

「嘘…だったのか?」

俺が昨日嘘を吐いたように。

わけもなく叫びたくなる感情に襲われ、唇を噛む。込み上げる衝動を抑え込めば明の眦から一粒滴が滑り落ちた。

ずくずくと胸を締め付ける苦しさ以上に込み上げる想い。

静が明にだけ向けてくれる甘い笑み。
意地悪でも最後には優しさをみせる静。

「いやだ…」

それが今、他の人に向けられている。

「……っ」

気付けば明の口から自然と言葉は零れていた。

「とらないでよ」

じわりと胸の中に生まれた感情の名を明はまだ知らない。







時刻は八時を過ぎ、インターホンが鳴る。
テレビも付けずリビングのソファでクッションを抱えていた明はピクリと肩を揺らした。

「………」

誰が来たのかは考えなくても分かる。
朝、夜に行くと告げられたのだから。

のろのろと玄関へ向かえへば、急かすようにまたインターホンが鳴った。
内側から鍵を外しゆっくり扉を開ければ、そこには約束通り私服に着替えた静がいた。

「邪魔するぞ」

「うん」

普段と何も変わらない静の態度に明もいつも通り返す。リビングへと静を通して明は飲み物を淹れにキッチンに入る。

三人掛けのソファへと座った静が、掛けていた眼鏡を外すのをキッチンからちらりと見て明は棚から取り出したカップをぎゅっと握った。

「………」

そして二人分の紅茶を淹れ、トレイに乗せて明はキッチンから出る。一つを静の前に、もう一つを…ぎこちなく静の隣に。

「ん?」

置けば、静は不思議そうに瞼を瞬かせ明を見た。
視線が自分に向くのを感じながら、テーブルの上にトレイを置いた明は自ら静の隣へ腰を下ろす。その間にはほんの少し距離があったが。

「………」

明の意外な行動に驚いた静は次の瞬間には緩く笑みを浮かべる。
紅茶には手を付けず、隣に座った明に手を伸ばす。そっと明の肩に腕を回し、空いていた距離をゼロにするよう引き寄せた。

「お前から寄ってくるなんて珍しいな」

むしろ静が引き寄せるままに明の方から寄っていく。じわりじわりと込み上げる羞恥に耳を赤くしながらも、明の胸を占めていたのは静への強い想い。

「た、たまには…いいだろ」

言葉を詰まらせ頬を薄く赤く染めながらも明はちらりと静を見上げる。
眼鏡を外し、遮るもののない視線は直に明を静の瞳に映す。絡んだ視線の先で静はふっと瞳を細めた。

「たまにか…残念だな。俺は毎日でもいいのに」

抱き寄せられ、耳元へ近付けられた唇がひっそりと甘く囁く。
とくりと痺れるように震えた鼓動に明は頬を熱くさせながら触れた肩に凭れるように頭を預けた。
肩に置かれていた静の手が離れ、身を寄せた明の頭に触れる。

「どうした?今夜は珍しいことするな」

明の行動に静は興味深そうに楽しそうにくすりと笑うとまぁ嬉しいけどと付け加えた。
自分でも恥ずかしいと思いながらも明は頭を撫でてきた優しいその感触に身を委ねる。

「俺だって…」

「ん?」

だんだんと解れていく心に気が緩んで明の口からぽろりと本音が零れた。

「俺だって…言いたい時はあるんだ。静は俺のだって」

「明…?」

「だから、とらないで。見ないでくれって。そんなの無理だっていうのも分かってるけど…」

唐突に語られだした話に静は喜ぶよりも先に訝しむ。徐々に暗くなる声に、明の顔を見ようと体を少し離せば静は明に服を掴まれ止められた。

「どう…」

「俺、嫌だったんだ。昨日も今日も静が…可愛い生徒と楽しそうに話してるの。静が笑ってて、何で俺じゃないんだろうって…そう思って」

昨日、今日、可愛い生徒という単語から静は瞬時に答えを弾き出す。

「あれは…」

しかし、静が返事を返す前に明が動いた。
静の服を掴んでいた手を離し、明は静の胸元に飛び込むように自ら静の背中に腕を回し抱き着く。

「あき―…っ」

「そう思ったら何か止まらなくなって。感情がごちゃごちゃで…ごめん。俺、ちょっと今おかしい」

静の胸元に額を押し付け顔を隠す。
耳のすぐ側から聞こえる心音に明はそっと瞼を閉じた。

一度離れた手が明の頭に乗せられる。ぽんぽんと優しく頭を叩かれて、静の背中に回した腕に力を籠めた。

「明」

「……ごめん…」

「何で謝る?そんな必要ねぇよ。そのままでいいから聞いてろ」

胸元に押し付けられていた頭がこくりと上下したのを見て静は話し出す。

「お前が昨日、今日俺の側で見た生徒は…それこそお前が気にする必要もねぇ奴だ。むしろ敵だ。気にもとめるな」

敵という単語とやけに刺々しい口調に明は目を見開く。
その間も静の言葉は続く。

「お前が言う、楽しそうに会話を交わして笑ってたっていうのも見間違いだ」

「…嘘だ。だって俺、昨日教室で」

がばりと顔を上げた明の瞳は不安定に揺れる。その目元に唇を寄せ、静は不敵に口端を吊り上げた。

「牽制してやったことか」

「え…、けん…せい?」

「身の程知らずにも俺のいる前でお前が教室から出てくるのを待ってたからな。教室に引き摺り込んで少し締めてやった」

その拍子に明の話が出て無意識に笑ったかも知れない。

告げられた思わぬ真実に目を見開く。

「で、でも…今日、廊下で仲良さそうに…」

「中身は一緒だ。奴も笑ってるようで目は笑ってない。今日もお前を待ち伏せしてるようだったから上手いこと誘導して連れ出した」

「…その後は?」

訊けば、不意に青みがかった双眸が鋭い光を帯びる。吊り上げられた唇が上機嫌に動いた。

「知りたいか?」

危うげな色を宿した瞳にぞくりと背筋が震える。
もはや反射的に明は首を横に振っていた。

力の込められた腕に静は口端を緩め苦笑を浮かべる。

「そう怯えるな。さすがに弱ってるお前を苛める趣味はない」

さらりと宥めるように明の髪を撫でれば、ほっと息を吐いた身体から力が抜ける。それを見計らい、静はそれよりと話を変えた。

「お前が妬いてくれてたとはな」

「ぁ……っ」

もやもやと胸を覆っていたものに名前を付けられて、今更ながら自覚して明の頬はカァッと燃えるように熱くなる。
真っ赤になって声を詰まらせた明の頬に指先を滑らせ静はにこやかに笑った。

「愛されてるな俺」

「あぃ…―っ」

「何か間違ってるか?」

ん?と明の頬に触れた指先が顎を固定し、逃げられないよう顔を上向かせ静は至近距離で明を見つめる。
それでも明は何とか逃げだそうとうろうろと視線を左右にさ迷せた。

「うっ…嘘吐き。苛めないって」

「苛めてないだろ?愛でてるんだ」

これのどこが苛めだと静は言い切り、抱き着いたままの明の背中に片腕を回す。その行動にハッと我に返った明はわたわたと慌て出し、静の背中に回していた手を離そうとして…

「嬉しかったぜ」

落とされた台詞に動きを止めた。

「お前は恋愛事に関しちゃ疎いからな。そういう面は見れねぇかとも思ってたんだ」

背中へと回された腕が優しく明を包む。

「この際だ。もっと欲張ることを覚えろよ」

「欲張るって…」

「こんな風に抱き付いたり、我儘言ったり。もっと甘えてみろ。そうだな、手始めに俺にキスしてみるか?」

「なっ…全然手始めじゃないし、最初からハードル高過ぎるよ!」

思いっきり拒否されて静の眉が寄る。静はわざとらしいほど悲しげな表情を作って言った。

「俺にキスするのは嫌か」

「そんなことっ…ない。けど…」

あまりにも悲しそうな顔をされてずきりと明の胸が痛む。
自分から抱き着いたりともう既にいっぱいいっぱいな明は上手く思考が回らない。

「けど?」

ひっそりと囁くように優しく促す声に明は正直に答える。

「恥ずかしい」

「…しょうがねぇな。嫌なわけじゃないなら目瞑ってみろ」

「う、ん…?」

何でと思いながらも明は素直に目を閉じる。
顎に掛けられていた指先が頬を撫で、耳を掠めて明の後頭部に添えられた。
ぐっと頭を引き寄せられる感覚に、鼻先に吐息を感じて明は僅かに瞼を押し上げる。その時には…唇が触れていた。

「せ…っ…ン」

明から唇を重ねた形になる。
しっとりと唇を触れ合わせ、添えられていた静の手から力が抜ける。
ふっと口端から溢された吐息が明の鼻先を掠めた。

「一度すればもう恥ずかしくないだろ?ん…?」

「〜〜っ無理」

それでも無理と言い張り羞恥から瞳を潤ませた明に静の内側から悪戯心が沸く。

「それならお前がキスを無理だと思わないぐらい恥ずかしいことするか」

「え?」

「期待していいって言ったよな」

惚けた表情で見上げる明の唇を塞ぎ、背中に回していた手でそろそろと背筋を撫で尾骨を辿る。
その意味に気付いて明の身体が小さく震えた。

「せ…っ、ン…」

何かを言おうとしても明の唇は塞がれたまま、言葉は静の口腔へと消える。隙を付いて侵入してきた舌に口内を愛撫され、奥に逃げうった舌は絡めとられる。

「ッ…ン…はっ…」

ぴちゃりと鼓膜を揺らす水音に羞恥で潤んだ瞳を堅く閉じ、静の背中に回していた両手で明はぎゅっと静の服を握った。

「…選べ、明」

合わせられた唇が角度を変え、その合間に静が囁く。

「キスするか…、このまま俺に抱かれるか」

深まる口付けは熱を増し明の思考を奪っていく。くらりと目眩がするほど熱っぽく甘く紡がれる声にぐらぐらと心が酔わされる。

「俺を誰にもとられたくねぇならお前のだって痕をつけろよ」

離れた唇が二人を銀糸で繋ぎ、乱れた呼吸を整えずに明はおずおずと静へと首を伸ばした。

誰にもとられたくないと芽生えた想いは本物だから。

唇を押し付けるだけの、静と比べればぎこちない拙いキス。

「ふっ……」

数秒にも満たない口付けをして明は離れる。

「こ、これでいい?」

「………ダメだ」

勇気を出して行った明に静は眉を寄せ、否定の言葉を被せる。
えっ?と驚く明を抱き寄せ静は明の耳元で再度同じ言葉を落とした。

「ダメだ。…俺の方が抑えられそうにねぇ。選べって言った今の言葉は取り消す」

「それって…っわぁ!?」

ぐるりと明の視界が反転する。咄嗟に目を瞑った明は静の手によりソファに押し倒されていた。
目を開け、理解するよりも先に静の顔が近付く。

「どうにもお前を前にすると我慢が利かないらしい。…明、その分優しく抱くから許せ」

「せ…っん…」

始めから深い口付けを送られ明は身体を震わせる。羞恥とも歓喜とも呼べる震えに明が静を拒絶することはなかった。








もそもそと布団の中から恨めしげに静の背中を見上げる。
そして頬を赤く染めながら明は不機嫌そうに口を開いた。

「静の大嘘吐き…」

その声にシャツの前のボタンをだらしなく開いたまま静が振り向く。ベッドの脇で水と、ルームサービスを使用して用意した朝御飯を運び込みながら。

「どこが優しくなんだよ。…あんな…っ」

言いながらみるみるうちに明は耳まで赤くして言葉を詰まらせる。
その様子に静はにこりと笑みを浮かべて悪びれた様子もなく言う。

「これ以上ないぐらい優しかったろ?」

「っ、どこが。俺は…思い出しただけでも恥ずかしい」

がばりと布団を捲り、明は布団の中に潜り込む。

あんなっ、あんなの…、優しいとは言わない。
それぐらい恋愛に疎い俺でも分かる。
静が優しくと言って実戦したのは、どう受け取っても焦らしプレイだ。
何をするにも優しい…というよりやたら丁寧で、いちいちこれはどうだとか感想を訊いてくる。

そのせいで明は散々焦らされ鳴かされた。
それともそれが静なりの優しさなのか。…嫌すぎる。恥ずかしくて。

「ほら、飯の用意が出来たぞ。隠ってないで出て来い」

「………」

「それとも明くんは俺に手ずから食べさせて欲しいのかな?」

「――っ」

がばりと潜り込んだばかりの布団を捲る。
勢いよく身体を起こそうとして腰に走った鈍い痛みに声が漏れた。

「ぅ……」

「無理するな」

ベッドの上で上体を起こした明の背中にそっと静の手が触れる。ぽんぽんと宥めるように背中を叩かれ、もう片方の手で水の入ったコップを手渡された。

「ん……」

コップを受け取り、大人しく口を付けた明に静は満足気に頬を緩める。
それからベッドの上でもご飯を食べれるように布団の上にナプキンを広げ、その上にトレイごとご飯を下ろす。

返されたコップをベッド脇にあるテーブルに置き、明のご飯を用意しおえた静はベッド脇に持ってきた椅子に腰を下ろした。膝の上に自分の分の朝御飯が乗ったトレイを置く。

「いただきます」

律儀に手を合わせてご飯を食べ始めた明に静も箸をとる。
リビングに移動しても良かったのだが、そこは明がベッドから出れない…理由は推して知るべし。

結局文句を言いながらも明はほだされてしまう。
それは意外にも静が甲斐甲斐しく世話を焼くから。

明はちらりとベッド脇にわざわざ椅子を持ってきてそこで朝御飯を食べる静を盗み見る。

リビングで食べればいいのに。

そう言ったらあやうく横抱きにされて明はリビングに運ばれるところだった。それは断固拒否したが。

「どうした?嫌いなものでも入ってたか?」

「何でもない」

少し見ただけなのにすぐに気付く静。
なにより静が醸し出す空気がやたらと甘い気がして明はどきどきとしてしょうがない。落ち着かない。
似たような空気を自分も出しているとは知らず明は目線を戻してもそもそと朝食を食べ続けた。

その時にはもう胸に巣食っていたもやもやとした気持ちは遠く彼方へと消え去ってしまっていた。
同時にその日以降、明は静の側にあの可愛らしい生徒を一度として見ることも無く、そのせいか明も次第にその生徒のことは忘れていく。

そうして明は静との変わらぬ日常へと戻っていった。



end.




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