02


「京介…」

熱の籠った艶やかな声で名を呼ばれ、首に絡められていた腕が解かれる。その手が悪戯に頬に触れ、首筋を辿り鎖骨を撫でる。

素肌に触れてくる圭志の指先を好きにさせ、後頭部に添えていた手で京介は圭志の濡れた髪を梳いた。

ざぁざぁと耳に届く湯の音に、木々の擦れる音が静かに二人を包む。
身の内に籠った熱を吐き出すようにゆるりと瞼を閉じた圭志は京介から手を離すと京介の肩に頭を凭れさせ一言呟いた。

「……馬鹿」

「心外だな。お前が色っぽいのが悪い」

「誰か来たらどうするんだ」

「そんなヘマはしねぇよ。…お前の艶姿を誰にも見せるつもりはない」

髪に触れていた指先で圭志の頭を抱き、京介は耳元で囁く。
それに圭志は微かに肩を揺らして笑い、頭を持ち上げた。

「お前のせいで逆上せそうだ」

脱衣所のある方向から複数の人の声と足音が聞こえてくる。ちらりとそちらへ目を向けた京介は圭志から手を離した。

「もう上がるか?」

「あぁ」

聞いた京介に頷き返し、二人は他の入浴客と擦れ違うようにして露天風呂から上がった。

旅館の浴衣に着替え、離れへと戻った圭志は荷物を置くと冷蔵庫から冷茶を取り出し硝子製の湯飲みに冷茶を注いだ。一つを自分の前に置き、もう片方を京介の前に置く。

「ほら」

「さんきゅ」

冷えた湯飲みに手を伸ばし京介は口許を緩めて礼を言う。

「まだ少し時間もあるし散策でもしてくるかな」

冷茶で渇いた喉を潤しながら圭志は庭へと視線を移した。つられるようにして目を向けた京介は口から湯飲みを離すと口を開く。

「行ってもいいが湯冷めするんじゃねぇか」

「やっぱりそう思うか?」

「散策なら明日帰る前にすればいいだろ。どうしても行きたいってわけじゃねぇんだろ?」

「まぁ…」

止めておくかと肩を竦め圭志は庭から視線を外す。京介へと戻した視線に、圭志は何度見ても変わらない浴衣姿の京介にほぅと小さく息を吐いた。

「お前って何着ても似合うよな」

「何だいきなり」

「いや、さっき温泉で俺が色っぽいだの何だの言っておきながらお前こそ無駄に色気振り撒いてるよな」

黙って話を聞き返す京介に圭志は湯飲みに口付けながら続ける。

「知らねぇだろ。うちの女性社員でお前狙ってる奴多いんだぜ」

「ふぅん…」

湯飲みをテーブルに戻した京介はその横に右肘を付き興味無さげに先を促す。

「俺に連絡先教えてくれとか紹介してくれってのが多い。後は彼女がいるかどうか知ってますかってよく聞かれるな」

「何て答えてるんだ?」

少し興味を引かれたのか京介が聞き返す。

「プライベートな事は本人に聞いてくれ。ただ、付き合ってる恋人はいる。…自分で言うのも妙な気分だけどな」

「ふ…ん。そういう連中には溺愛してる恋人がいるって言っとけ」

溺愛してる恋人の辺りで圭志に向けられていた眼差しが甘さを帯びる。
真っ向からその眼差しを受け止めた圭志も甘く表情を崩した。

「…次からそうする」

「そうしとけ」

まったりとした時間を部屋で過ごし、夕方。
18時を回ってから日本酒と先付が運ばれて来て二人は夕食へと移る。

日本酒で喉を湿らせ、肴を摘まみながら他愛もない話をしていれば次に吸い物が出され、刺身、煮物、天ぷらと続く。
いわゆる会席料理に舌鼓を打ち、焼き魚、茶碗蒸し、ご飯に漬け物、味噌汁と旬の山菜や魚を使った料理が彩りも鮮やかに並んだ。

「美味いな」

箸で漬け物を摘まみ、満足気に圭志は口を動かす。その様子に京介も口許を緩め、箸を進める。

最後に切ったメロンが出され、二人は満足して夕食を終えた。


夕食の片付けの後に二組の布団が敷かれ、二間続きだった部屋の間にあった襖が引き出され、閉じられて奥の部屋が寝室となる。
その手際の良さを眺めながら圭志は食後のお茶をまったりと飲む。

その後、作業を終えて人が下がった部屋は喧騒もなく圭志と京介の間には暖かく静かな時が流れた。

「さて、寝る前にもう一回風呂に入るかな。京介、お前はどうする?」

部屋に備え付けられた内風呂に入ろうと圭志は湯飲みを置いて準備をする。
聞かれた京介は少し考えたあと圭志を見返して答えた。

「…一緒に入るか」

さっそく脱衣所に向かった圭志はバスタオルを籠の中に置くと腰で止めていた紺色の帯をするりと解く。肩から浴衣を落とし、下着も脱ぐとタオルを持って浴室へ足を踏み入れた。

「へぇ…ここも雰囲気あるな」

ここでは桧の良い香りが鼻腔を擽る。内風呂は桧で出来ており、浴槽からはにごり湯が覗く。
浴室の中にはカランが二つあり、圭志はさっと体を流すと桧の浴槽へと爪先から入る。
それから少し遅れて湯船へと入ってきた京介に圭志は呟いた。

「流石に男二人じゃ狭かったか?」

そう言って京介の為に空間を開けようとした圭志を京介は引き留め、浴槽と圭志の間に身を滑り込ませると圭志の腰に腕を回して引き寄せた。

「ちょっ…京介!」

そして、足の間に圭志を座らせると京介は背中から圭志を抱き締める。

「さっきは少ししか触れなかったからな」

「だからってこれは…恥ずかしいだろ」

「どこが?」

直に触れた素肌が熱を帯びる。後ろから肩に顎を乗せられ、圭志の耳元に京介の息がかかる。

「っそこで喋るな」

ぴくりと跳ねた肩に京介は喉を鳴らし低く笑う。

「感じたか?」

「違う。擽ったい」

「何だ、つまらねぇ」

口にした台詞とは裏腹に京介は愉快そうに笑む。
圭志の腰に置かれていた手が妖しい動きをみせ、腰から上へ、臍をなぞり胸元へと這う。

「おい、京介」

「んー…」

咎めるような声に生返事で返し、圭志の肩に乗せていた顎を持ち上げた京介は眼前にある仄かに色付いた首筋へ唇を寄せた。

「――っ」

じくりと皮膚を吸われる感覚に元より圭志の身の内で燻っていた熱がゾクンと蠢く。

京介は圭志の手が出る前にちゅっと可愛らしいリップ音を立ててそこから唇を離した。

ぱしゃりとお湯が波打つ。

「京…」

振り返った圭志は何処か恨めしげに京介を見つめる。しかし、それに京介はわざと的外れな返答で返した。

「綺麗についたな」

「それはどうでもいい。…どうしてくれんだ」

先程静めたはずの熱が再び頭をもたげようとしている。今も悪戯に胸を這う指先が胸の飾りを掠めたり刺激したりとじりじりと圭志の熱を昂らせていた。

素肌越しに触れているので互いの状態は筒抜けだ。それでも京介は余裕の表情を崩さず口許に緩く弧を描いた。

「お前はどうして欲しい?」

意地の悪い問いかけに京介がその気なら、と圭志が動く。
浴槽の中で身体を反転させ、京介の足を跨いで膝立ちになった圭志は京介を見下ろすとその両肩に手を置く。

見上げてくる何処か面白がるような眼差しに圭志はほんの僅か目蓋を伏せ、艶を帯びた表情で京介に覆い被さった。

自ら距離を縮め唇を重ねる。

「ン…ふっ…」

迎え入れるように薄く開いていた口内へ圭志は無遠慮に押し入る。だが、それを待っていたかのように舌は絡めとられ、すぐに主導権は京介に奪われた。

「…ンっ…はっ…ァ…」

差し入れた舌をやんわりと吸われ甘噛みされる。逆に口内へと滑り込んだ舌先に歯列をなぞられ、口内を愛撫された。

「ふっ、ん…ンッ…っん、ン!」

口付けに意識を奪われている隙に腰に腕が回され、不意に下腹部に与えられた刺激に圭志は口端から鼻にかかったような高い声を漏らす。

「はっ…ぁ…きょ…すけッ、ンぅ…」

浴室に反響したあられもない自分の声に圭志は頬を熱くさせると同時に熱で潤んだ眼差しで京介を睨み付けた。

「煽った責任はきちんととってやるよ」

唇を離した京介は睨み付けてくる圭志の眦に口付け、頭をもたげ始めた圭志の中心に指先を絡めるとぱしゃぱしゃとお湯を揺らし絡めた指先を上下に動かした。

「ンッ…ぁ…っ…」

直に与えられる刺激に圭志は身を震わせ、京介の肩口に額を押し付ける。その耳元で京介は熱っぽく囁いた。

「抑えるな。聞かせろよ、声」

腰を支えていた手がするりと圭志の臀部を滑り、割れ目から更に奥にある窪みを目指して指先が侵入する。
その際一緒に流れ込んだお湯に圭志は無意識に身体を捩った。

「っ、ン…ぁっつ…」

「これからもっと熱くなる」

身体を密着させられ、太股の辺りに京介の熱を感じる。甘い吐息を溢しながら京介の肩に添えていた左手を圭志はそろりと湯の中へ落とした。
そして、芯をもった京介の熱に触れる。

「は…―っ…けい…し、お前」

すると耳元で一瞬京介が息を詰め、それに気を良くして圭志は口角を吊り上げた。

「ん…ぅ…っ…良い、だろ?…やられっぱなしは…ン、性にあわね…ぇ、ぁっ…ッ!」

お湯の力を借りて圭志の中へと侵入を果たした指先が圭志の弱い所を掠める。びくびくと跳ねた身体に京介はそこを集中的に責めた。

「ぁっ…ぅン、んッ…」

「もう少し待て」

「ン…きょ…すけ…」

うっすらと額に汗を浮かべ、色気を滲ませる京介に圭志は惹かれるように唇を重ねる。

「ん…ぅ…」

「…けい」

自然に応えるように京介も口付けを返し、圭志の中心に触れていた指先を離すとその手を圭志の腰に添えた。やわやわと秘所を慣らした京介は指を引き抜き、硬度を増した熱を圭志の臀部に擦り付けた。

「は…ふ…っ…」

その熱にひくりと身体を震わせそっと口付けを解いた圭志は情欲に濡れた眼差で京介を見下ろす。
互いに熱い視線を交わし、するりと京介の肩に手を乗せた圭志は小さく息を吐いて呼吸を整えた。

そしてゆっくり、お湯の中で京介に支えられながら圭志は腰を落とす。

「んっ…んンッ…はっ…ぁ…くっ…」

「――っ…はっ…」

ぐっ、ぐっと狭い入口を過ぎてしまえば後は難なく通過し、自重で奥深くまで突き刺さる。

「ぁ…っン、はっ…は…」

みっちりと身体の奥に収まったたぎるような熱い熱に荒い息を溢し圭志は唇を舐めた。

「は…、熱いなお前の…」

「お前の中も中々…、大丈夫か?」

「ん…」

ぱしゃりとお湯を揺らして圭志は軽く腰を前後に揺らす。

「平気…。動いて…いいぜ。はっ…ぁ…ンしろ、このままの…ほうが、辛い…」

京介の肩に置いた手を突っ張り、圭志は緩く腰を動かして言う。

「お前が良いなら良いが…っは、急に絞めるな」

「ん…なの、俺に…言うな。わざとじゃ、ねぇ」

腰に添えられていた手に力が入ったかと思えば次の瞬間、圭志は下からぐっと中を突き上げられ、背をしならせた。

「んあっ…あッ…はっ、ぁ…」

「しっかり掴まってろよ」

それを皮切りにがつがつと下から突き上げられ、腰が浮きそうになる度京介に腰を押さえられた。
ばしゃばしゃと湯が波立ち、艶を帯びた声と荒い息遣いが浴室で反響する。

「ぁっ…ん…んっ…」

「は…っ、圭志…」

揺さぶられ、がくがくと次第に腕に力が入らなくなる。突っ張っていた腕を折ると圭志は京介の頭を抱き、そのまま京介に身を委ねた。




ちゃぷりと湯の中から右手を持ち上げる。
濡れた右手で髪を掻き上げた京介は左肩に頭を乗せ凭れかかってきた重みに目を向け、気だるげに色気をたっぷり含んだ眼差しで言った。

「善かっただろ?」

「…善かったけど、風呂で三回はキツい」

逆上せるかと思ったと、ふぅと息を吐いた圭志は喉の渇きを覚えて鈍い動作で立ち上がる。

「先に出る」

浴槽から上がり、少し歩きにくそうに腰を庇いながら出て行った背中に京介は多少やり過ぎたかとも思ったが緩く首を振ってその思いを散らした。

「思った所で止められるもんでもねぇしな」

ざぁっと湯を流し京介も風呂から上がる。バスタオルで簡単に身体を拭き、緩く浴衣を羽織った京介は圭志の後を追って脱衣所を出た。

そして備え付けの冷蔵庫を開け、中からミネラルウォーターを取り出そうとしている圭志の背後へ京介は歩み寄る。
圭志が片手で押さえていたドアを押さえ、京介は圭志の肩越しに声をかけた。

「お前は座って休んでろ。俺が出してやる」

そう声をかけられた圭志は冷蔵庫の中へ伸ばしかけていた手を止め、京介を振り向きからかい混じりに笑う。

「なんだ?優しいな」

「いつも優しいだろ」

それにしらっと返して京介は冷蔵庫前から退いた圭志と立ち位置を入れ替わると冷蔵庫の中へ手を入れる。
座椅子に腰を下ろした圭志はそうだったか?とわざとらしく返しながら、冷蔵庫から取り出されたペットボトルを受け取った。

その手を、ボトルを握ったまま京介に掴まれる。

「俺の優しさをご所望なら口移しで飲ませてやろうか?」

ぐっと近付けられた端整な顔に圭志は京介を見つめ返し、ふっと唇だけで笑う。

「良い案だが口付けだけで終わるとは思えねぇから却下」

「つれねぇな」

「つれなくて結構。俺は疲れてんだよ」

京介から手を取り返した圭志はペットボトルのキャップを開けるとすぐさま口を付け、ごくごくと水を流し込む。
その様子を眺めながら京介は圭志の隣に腰を下ろした。

すぐ隣に感じる温もりに、半分にまで減ったボトルをテーブルの上に置いた圭志は京介に甘えるように身を寄せる。それを当然のように京介も受け入れ、肩にかかった重みに愛しげに触れた。

緩く肩を抱き締められ、頬に触れてきた指先に圭志は瞼を閉じる。酷く無防備に身を預けてくる圭志に京介は静かに表情を崩した。

「お疲れ、圭志」

「……ん。お前も」

鼻先に唇を寄せられ、囁くように労るように紡がれた声音に圭志も小さく返す。
ふぁ…と出た欠伸を噛み殺す圭志に、徐々に増す肩の重みに京介は圭志の頭を撫でる。

「寝てもいいぜ。布団には運んでやる」

「…きょう」

「ん?」

眠たげにゆっくり瞼を押し上げた圭志は京介に凭れ掛かったままの体勢で手を伸ばすと京介の髪に触れ、頬へと指先を滑らせた。

「俺が起きるまで…ちゃんと、側に居ろよ」

京介の温もりを確認した圭志はそう告げて指先を離す。
その手が落ちる前に京介は右手で捕らえて、恭しく指先に口付けた。

「お前が望むままに」

すぅと寝息を立て始めた圭志の額にも唇で触れ、京介は圭志を起こさぬよう抱き上げると布団へと運ぶ。
布団は少し離して二組敷かれてはいたが、京介は圭志を下ろすと同じ布団にもぐり込んだ。

寝ていても、まるで隣にいるのが分かっているかのように擦り寄ってくる圭志を京介は優しく抱き締め返す。

「少し…寂しい思いをさせてたか」

決して圭志は口にはしなかったが、そんな素振りがほんの少し見られた。

「近いうち休みでもとるか」

穏やかな圭志の寝顔を眺め、京介は思考を巡らす。

また月曜日になってしまえばお互い仕事で一緒にいる時間は減ってしまう。だが、それは仕方のないこと…と、京介は割り切るつもりはなかった。

時間がないのなら作ればいいだけの話。

「ま、それは後で良い…」

今はただひたすら、この可愛い恋人を抱き締めて、また明日、時間の許す限り甘やかしてやろう。

そう決めながら京介も瞼を閉ざした。

「おやすみ、圭志」

また、明日。…隣にお前がいるだけで今日よりもっとこの心は愛しさで溢れ、満たされる。

それだけはずっと昔から変わらぬ想い―…。



end.

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