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まさきん様リクエスト
九琉学園
この子はあなたの子どもですと、赤ちゃんが学園前に置かれていた!圭志と京介のドタバタ騒動。







「まったく、人を呼び出しときながら来ないってどういうことだよ」

学外へと出ていた圭志は文句を口にしながら九琉学園へと帰って来た。

「ん…?」

そして、黒塗りの鉄製の門扉の前にバスケットが置かれていることに気付く。

「何だ?…猫か犬か?」

近寄って行けばバスケットの中には、モコモコとした薄い水色の布にくるまれた小さな塊。犬や猫にしては大きいか。
布の中身が気になった圭志はソッと布を退かして…目を見開いた。

「は?…嘘…だよ、な…?」

軽い気持ちで覗き見た布の中には一歳ぐらいと思わしき外見の人間の赤ちゃんが、くぅくぅと気持ち良さげに寝息を立てて眠っていた。

「…何か紙が入ってる」

無防備に眠る赤ちゃんを見つめながら驚いていた圭志は赤ちゃんの頭上に紙切れが挟まっていることに気付き、その紙を手に取る。

「何々、『黒月 圭志様へ。この子はあなたの子どもです。名前は理緒(リオ)です。よろしくお願いしま…』って、は?待てよ」

どういうことだ?

圭志は思わず紙と赤ん坊を交互に見る。

らしくなく途方に暮れた圭志はひとまず寮へ帰ろうと赤ちゃんの入れられていたバスケットごと持ち上げて学園の敷地へと足を踏み入れた。

そして、バスケットの中の赤ちゃんはどこまでマイペースなのか多少揺られたぐらいではちっとも目を醒ます気配はない。

「随分図太い神経の持ち主だな」

びぃびぃ泣かれるよりは良いかと圭志はその足で寮にいるだろう京介の元へ足早に向かった。

「………」

「………」

「…で、何だコレは。お前の子供?笑えねぇ冗談だな」

京介の部屋へと入ってバスケットの中身を見せた途端、京介は険しい表情を浮かべ口を開く。

「俺だってそう思いたい。帰って来たら門前に置かれてたんだ」

「とは言ってもお前宛に『あなたの子どもです』って紙が入ってりゃ誰だって…」

「京介」

訝しむ京介の名を強い口調で呼んで遮り、圭志は言い切る。

「俺が愛してんのはお前だけだ」

「…それは疑ってねぇよ。ただ、この子供が本当にお前の子かどうか考えただけだ。お前だって編入して来るまで清廉潔白だったとは言い切れないだろ?」

「それでも覚えはねぇ。でも、万が一そうだったらどうにかするつもりなのか?」

「多少ムカつくがお前の子供なら考えなくもない」

「何をだ、何を。そんな心配より俺は早くコイツをどうにか…」

流石に頭上でごちゃごちゃと話をしていたのは煩かったのか、赤ちゃんの目がぱちりと開く。

「あ…」

「お…」

言葉を途切れさせ、視線を落とした圭志に釣られて京介も赤ちゃんに視線を落とす。するとジッと二人を見上げるクリクリした瞳が次第に潤み始め、口がモゴモゴと動いたと思った次の瞬間…、赤ちゃんは盛大な泣き声を上げ、泣き始めた。

「うわっ、ちょっ、いきなり泣くな!おい、どうすりゃいいんだよ!」

「知るか!取り合えず、トイレか飯だろ!そこのソファに下ろせ!」

「お、おぉ…」

思わず耳を塞ぎたくなる程の大音量に、圭志は言われるがままバスケットごと赤ちゃんをソファの上に下ろす。

「で?」

「で、って俺に聞くな」

「だってお前が言ったんだろ。トイレか飯かって」

「赤ん坊の主張するもんなんてそんなもんだろ。単なる推測だ」

情けないことにソファの前で二人しておろおろする。

「と、取り合えず確認してみるか」

「そうしろ」

恐る恐る赤ちゃんに手を伸ばした圭志は、赤ちゃんをバスケットから取り出す。

「ぐにゃぐにゃしてて何かこえぇ」

「首、気を付けろよ」

「あぁ」

赤ちゃんをソファの上に下ろし、赤ちゃんが身に着けていたアイスブルーの可愛らしいヒツジ柄が入ったつなぎの服、前開きになっている洋服の前をそろそろと開けていく。

「こいつ男だ」

「…みたいだな」

着けていたオムツを確認してみたが、どうやらトイレではないらしい。
と、すると…。

「飯の方か…」

「赤ん坊の食いもんなんかここにはねぇぞ」

あるのは昨夜の残りのカレーと、今夜使おうと思って圭志が用意して置いた豚カツ。

赤ちゃんの服を元に戻しながら冷蔵庫の中身を思い出していた圭志は京介に視線を投げた。

「ヨーグルト、確かまだ一個残ってたろ?お前の分だけど」

「あぁ、あったな。今取ってくるから待ってろ」

下手に変なものを食べさせるよりはと、圭志はなけなしの知識を絞り出してヨーグルトを選択した。
そして、その選択は正しかったのか、スプーンで掬って差し出してやれば赤ちゃんは御機嫌な様子でむぐむぐとヨーグルトを食べ始めた。

「名前は理緒だったか」

「あぁ。紙にそう書いてあった」

圭志がヨーグルトを与えている隙に京介が赤ちゃんの入っていたバスケットを調べる。

「俺の名前もあったし、赤ん坊を放置するわけにもいかねぇだろ。特に教師になんか知られたらそれこそ一大事だ」

「そうだな。お前でなくてもまさかうちの生徒が、とは思いたくもねぇけど可能性としては捨て切れねぇからな」

バスケットに入っていた水色のタオルケットを取り出し、他に何か入っていないかと京介はバスケットを引っくり返す。

「ん〜、やっぱりコイツ一歳ぐらいか?」

「分かるのか?」

バスケットを調べながら京介が聞き返す。

「何となくだ。歯も揃ってるし…」

むぐむぐと口を動かし、満足したのか赤ちゃんはスプーンから顔を反らすと今度はもぞもぞと動き始めた。

「圭志。このバスケット二重底になってるぞ」

「なに?」

中身の残ったヨーグルトの容器とスプーンをすぐ側にあるテーブルの上に置き、圭志もバスケットに目をやる。引っくり返したバスケットの底を京介が数度叩けば中底になっていた薄っぺらい板状のものが外れ、バサバサと何か落ちる音がした。

バスケットを退かせばそこには絵本と育児雑誌が数冊。

「初めての育児…?一歳から始める食事。他には…」

「っ、おい圭志!後ろ!」

「あ?」

落ちた雑誌を拾って眺めていた圭志はいつになく切羽詰まった声を出して言った京介にぱっと背後を振り返る。するとそこには…

「――っ、ぶねぇ!」

ソファから身を乗り出し、今にも床に落ちそうになっている赤ちゃん、理緒がいた。

雑誌を放り出し、慌てて理緒の行動を止めると圭志は理緒の両脇に手を差し込み抱き上げる。ほっと安堵の息を溢し、きょとんとした顔をする理緒に圭志は言い聞かせるように言った。

「落ちたらあぶねぇだろ。下に下りたきゃ下ろしてやるから言え」

「無理言うな圭志。ソイツまだ喋れないんじゃないのか?ここにそう書いてある」

初めての育児というタイトルのついた雑誌を広げ京介が指差した先を、圭志は理緒を抱き上げたまま目を通す。

一歳。言葉を使い始める時期です。ただし、それには個人差があります。言葉が出ないからと言って心配する必要はありません。

「へぇ…」

とりあえず理緒をラグの上へ下ろし、圭志は雑誌を受け取る。視界に理緒を入れながら一歳児について書かれた頁を捲った。

「…何か立とうとしてるぞ」

圭志は京介と同じように理緒へと目を向ける。理緒はテーブルの足に掴まるとふるふると足を震わせながら立ち上がった。

そして、何処へ行こうとしているのか理緒は一歩二歩三歩と歩いたところでいきなりへたりと座り込んだ。

「何がしたいんだコイツは」

「さぁ?」

初めて触れ合う赤ん坊という存在に圭志と京介は翻弄されていた。





自分達は一体何をしているのか、圭志は膝の上に開いた育児雑誌に遠い目をし、理緒の相手をしている京介を眺める。

先ほど途中でへたり込んだ理緒はめげずにハイハイでリビングの中を進むと、置いてあったゴミ箱を引っくり返す。

「ちょっと待てお前」

それを京介が片付けている間にも理緒は歩みを進め、…やがて硝子窓に頭をぶつけて止まった。

「待てっ!」

京介の制止も虚しくゴンと良い音を立てて硝子窓と衝突した理緒は大きな瞳を潤ませると再び大声で泣き出す。

「泣くな。お前自分から突っ込んだんだろ」

その泣き声に辟易しながら京介は理緒を抱き上げ、ソファに座っていた圭志の隣へと戻ってきて座った。理緒を膝の上に下ろす。

「圭志、どうにかしろ」

「どうにかってお前…」

読んでいた雑誌から手を離し、助けを求められた圭志は理緒が窓にぶつけた額を指先でそっと撫でてやる。

「ほら、もう痛くない。痛くない。だから泣くな。男だろ?」

額に触れた指先に徐々に理緒の泣き声は小さくなり、泣き止んだ。

「良い子だ」

泣き止んだのを確認すると圭志は理緒の頭をひと撫でし、手を離す。
ふぃと動いた大きな瞳は次に何を映したのか小さな手をにぎにぎと動かした。

「赤ん坊ってのは皆こうなのか」

「俺達だってそうだったんだろ。それより話が途中になってたけど、どうするコイツ」

「どうするも何も結局手がかりは見当たらねぇし、紙にははっきりお前の名前が書いてある」

「俺じゃねぇぞ」

堂々巡りになりそうな会話に二人して沈黙した時、理緒が京介の膝の上で動き出す。不安定な場所にも関わらず立ち上がろうとした理緒の体を支えた京介に、理緒は構わず手を伸ばす。

何をするのかと思えばむんずと力任せに京介の前髪を掴んだ。

「――っ」

「ぶっ…、お前。そうか色が違うから興味を引いたんだな」

紫色のメッシュが入った髪を理緒は引っ張る。

「離せ。お前も笑ってねぇでコイツをどうにかしろ!地味にいてぇ」

「…っ、悪い。ほら、理緒離せ。京介が嫌がってんだろ」

しっかりと握られた理緒の手に手を重ね、圭志は理緒の指を離させる。それが嫌なのか理緒は不満そうな顔をしてじたばたと腕を動かした。

「お前だって自分が嫌なことされたら嫌だろ」

分かるかどうか分からないが圭志は普通に話しかける。抱き上げて京介の膝の上から自分の膝の上に移動させ、大きな瞳を覗き込んだ。

「な?」

ジッと見つめて言えば理緒は理解したのかしなかったのかよく分からないが、こくりと小さく頷いたようだった。ただそれでも不満そうに京介の方をちらちらと見ていた。

引っ張られた前髪を掻き上げ、京介は息を吐く。

「大丈夫か京介」

「あぁ」

「とりあえず何か飲み物入れるか。何が良い?」

「任せる」

理緒を再びラグの上に下ろし、圭志はキッチンへと移動する。その後を理緒はついて行こうとしているのかテーブルの足を支えに立ち上がった。

その様子を口では何だかんだ言いながら京介が見守る。
理緒はまた一歩足を踏み出した。

そういう時に限って余計な客は来る。
理緒をどうするか一時保留にして休憩のお茶を飲んでいた京介はソファに座ったまま、鳴ったチャイムに眉をしかめた。

「誰だこんな時に」

ラグの上に座り、理緒を足の間に座らせて絵本を開いていた圭志も顔を上げる。チャイムに反応したのか理緒も絵本から顔を上げ、きょろきょろと首を巡らす。

「俺が出る。お前はソイツを見てろ」

カップをテーブルの上に置き、立ち上がった京介がリビングを出て行く。

「…っと、どうした?」

その姿を見てか、理緒は圭志の腕を叩くと押しやり圭志の足の間からラグの上に下りる。ソファに掴まるとのろのろと立ち上がり、リビングの出入口に向かい歩き始めた。

「京介が気になるのか?」

一所懸命歩く様子に微笑ましさを覚えながら圭志は絵本を閉じ、ソファの上に絵本を置くと圭志も腰を上げた。
窓に衝突した時の二の舞にならぬよう理緒を追い越した圭志はリビングのドアを少し開ける。

京介は玄関で誰かと話しているようで微かに話し声が聞こえた。

「この声…佐久間か?」

よたよたと圭志の足元を理緒が歩く。
そして、理緒はドアを出る前に何もないところで躓いた。

「わっ…と、大丈夫か?」

頭から転びそうになった理緒を圭志が間一髪で支える。しかし、理緒は転びそうになったことに驚いたのか目をまん丸くさせると…じわりと瞳に涙を浮かべた。

やばい、佐久間に見つかりでもしたら…。

圭志は膝を付き、理緒の頭を撫でる。

「理緒、大丈夫だから。な?」

よりにもよって面倒な男が、と圭志は内心で舌打ちする。
その内話し声が聞こえなくなり、ガチャンと扉の開閉音が圭志の耳に届いた。

「…帰った、か?」

「圭志?」

リビングの出入口に座り込んだ圭志に、当然ではあるが、玄関から戻ってきた京介が訝し気に見る。

「いや、ちょっとな…。佐久間は何の用だったんだ?」

「あぁ、ロビーでお前宛の荷物を預かったとかで」

これだ、と両手に抱えていた段ボールを見せられる。伝票には寮の住所と圭志の名前、品名には衣類とだけ書かれている。送り主欄は空白になっており、圭志は嫌な予感を覚えた。

「まさか…」

荷物に気をとられている隙に理緒はUターンしてリビングへとハイハイで移動を開始する。
後を追って立ち上がった圭志もリビングへと戻り、京介も段ボールを持ってリビングへと入った。

「開けてみるか」

テーブルの上に置かれた段ボール箱をさっそく圭志は開ける。
ビリビリと張ってあったガムテープを剥がし、箱を開けてみれば…

「子供の服とオムツ?玩具も入ってるな」

横から箱の中身を覗いた京介が言う。やっと二人の足元に追い付いた理緒が圭志の足に掴まってよじよじと上ろうとしてきた。

「…このタイミングの良さ。まるで計ったかのようなやり口。やっぱりコイツ俺のじゃねぇ」

「心当たりがあるのか?」

足元にしがみつく理緒の頭をわしゃわしゃと撫で、圭志は目星を付けた犯人の名を上げた。

「親父だ。京介も知ってるだろ。俺は今朝いきなり親父に呼び出された」

けど待ち合わせ場所にいってみれば親父はいない。待てども来る気配はなく、仕方なく帰ってきた所で偶然理緒を見つけたのだ。

「…十分怪しいな」

「だろ?携帯にもかけてみたんだけど繋がらなかった」

「とするとこの子供、お前の親父の隠し…」

「言うな。あの親父に限ってまさかとは思うが、まだ決まったわけじゃねぇ」

真剣な話し合いをする二人を他所に頭を撫でられた理緒は嬉しそうに、圭志の足元で無邪気に笑っていた。

犯人らしき人物が判明した所で所在が掴めなければ意味はない。

足元に引っ付いていた理緒に段ボール箱の中に入っていた黄色いライオンのぬいぐるみを与え、圭志はラグの上に座る。倣うようにして京介も腰を下ろし、ぬいぐるみで遊び始めた理緒を二人して眺めた。

「連絡が取れるまで面倒見るしかねぇな。お前の親父も何考えてるんだか」

「ンなの俺が知りたい」

ラグに座ったことで理緒と同じ目線になり、それに気付いた理緒がぬいぐるみ遊びを止め、それでもぬいぐるみは放さず握ったまま嬉しそうに二人に近付いてくる。

その顔を見てしまうと何故だか怒る気も失せてしまう。
側に寄ってきた理緒を抱き上げ、自分の膝の上に下ろしながら圭志は肩を竦めて言った。

「まぁコイツに罪はねぇしな」

遊んでもらえると思ったのか理緒は圭志の膝の上に座ったまま、すぐ隣にいた京介へライオンのぬいぐるみを差し出す。

「…俺にコレをどうしろと」

「受け取ってやればいいんじゃねぇか?」

可愛らしいライオンのぬいぐるみと京介のセットに圭志は思わず出そうになった笑いを噛み殺す。

「おい」

「い、良いじゃねぇか。お前が受け取ってくれたから理緒だって喜んでる」

「……お前も楽しんでねぇか?」

「まさか」

否定しておきながら圭志の肩は小さく震えていた。

「ったく、お前後で覚えてろよ」

理緒がいるせいか京介は抑えめの声で言うにとどめる。
その後も二人は理緒の遊びに付き合ってやり、解放された時には理緒は疲れて眠ってしまっていた。

「一応確認しておくか」

「そうだな」

眠ってしまった理緒をソファの上に横たえ、圭志はオムツの確認の為理緒の服を脱がす。
遊んでいる最中は遊びに夢中になっていたのか理緒が泣くことはなかった。

「京介」

「付け方は分かるのか?」

「大抵袋に書いてあるだろ」

覚束無い手付きでオムツを替えた圭志は段ボール箱に一緒に入っていたゴミ袋にオムツとお尻拭きを入れる。
すやすやと安心しきった顔で寝る理緒に知らず圭志は笑みを溢していた。

「これで良し、と」

「タオルケットも入ってるが掛けるか?」

「そうだな」

青系が好きなのか、タオルケットはコバルトブルーでデフォルメされた魚のイラストが入っている。
圭志は寝かせた理緒の隣に座ると、テーブルの前で段ボール箱の中身を確認していた京介を見た。

「俺達は良いとしてコイツの夕飯どうするかな」

「その雑誌に何か書いてなかっ…」

言いかけて京介は途中で言葉を切る。静かになった室内で珍しく鳴り出した部屋の電話に圭志も京介から電話機に意識を向けた。

「はい…」

立っていた京介が電話を取り、話を聞く。

「あぁ…分かった。すぐ行く」

眉を寄せて電話を切った京介は圭志を振り返り言う。

「今、下にお前に客が来てるそうだ」

「客?誰だ?」

「お前の親父の秘書だとか名乗ったらしい。何でも預けたものを受け取りに来たとか」

二人の視線は自然とすやすやと眠る理緒へと移った。





圭志はバスケットを持ち、京介が段ボール箱を運ぶ。エレベータを使い、ロビーへと降りた二人はスーツ姿の若い男を見つけて歩み寄った。

向こうも二人が降りてきたのに気付いたのか圭志の姿を見るなり走り寄ってきた。がしりと圭志の両肩を掴むと切羽詰まった声で言う。

「圭志様っ!うちの息子は!?」

「アンタ確か親父の秘書の…」

「そうです、早瀬です。それでうちの息子、理緒はっ!」

完全に冷静さを失った早瀬に横から京介が口を挟む。

「そのバスケットの中で寝てる。少し落ち着いたらどうだ」

「はっ、た、大変失礼しました」

指摘されて慌てて圭志の肩から手を離した早瀬は綺麗に腰を折って頭を下げる。
悪目立ちする早瀬をロビーの端に連れて行き、圭志は早瀬から話を聞いた。

「実は…」

話し出した早瀬の話を纏めるとこういうことだった。

早瀬はシングルファーザーというものでいつもなら会社に便宜を図ってもらって仕事中は関連会社の保育所に理緒を預けていた。だが、それが風邪の流行で一時閉鎖になり、どうしようと困っていた所へ社長(圭志の父親)がどうにかしてやると言ってきた。

もちろん一度は断ったが、困っていたのも事実で理緒を社長に一旦預けることにした。社長なら人脈も広いし、一度口にしたことには責任を持ってやってくれる方だしと、安心して理緒を預けた。しかし、定時になり理緒を連れて帰ろうと社長に理緒の居場所を尋ねれば手元にはいないと言う。

「一瞬頭の中が真っ白になりましたよ。その後、社長は理緒はご子息に預けたと仰られて…」

バスケットの中で呑気に眠る理緒を確認すると早瀬は相好を崩した。
判明した一連の騒動の発端に圭志は眉をしかめる。

「アンタ始めから頼る人間を間違えてるんだ。どんなに困ってても二度と親父には頼らない方が良い」

「………はい。そうみたいですね。実感しました。そうします」

お二人には大変なご迷惑をお掛けしました。と、早瀬は深々と頭を下げ理緒の眠るバスケットと受け取った段ボール箱を手にロビーから出て行く。

さすがに早瀬にはどうやって理緒が圭志に預けられたのかその経緯を伝えることはしなかった。あの様子で伝えれば早瀬が卒倒しかねない。

「やっぱりお前の親父の仕業だったか」

「はぁ…あのクソ親父人様の子を何だと思ってるんだ」

エレベータに乗り込み、圭志はため息と一緒に文句を溢す。上階へと上昇したエレベータに、京介の部屋へと帰ってきた圭志は疲れたようにソファに腰を落とした。

「お疲れ」

そんな圭志の代わりに京介が飲み物を淹れてカップを手渡す。

「…さんきゅ」

自分用のカップを手にしたまま京介は圭志の隣に座った。

「やっと静かになったな」

「一時はどうなるかと思ったが、居なくなると何かあれだな」

京介の淹れてくれた紅茶に口を付け圭志は呟く。すぐ隣に感じる温もりに寄り添い圭志は口許を緩めた。

「そういやお前子供好きなのか?」

「そう見えたか?」

「いや…、でも俺の子供なら何とかって言ったじゃねぇか」

京介の肩に頭を乗せ、圭志は凭れ掛かりながら聞く。京介もカップに口を付け、さらりと答えた。

「言ったな。けどそれはお前の子供なら可愛いかと思っただけだ」

「へぇ…」

手を伸ばして圭志はテーブルの上にカップを置く。その際耳元で言われた台詞に圭志は小さく笑った。

「浮気なんかしねぇよ。俺はお前で手一杯だ」

ふっと二人は顔を見合わせ自然と距離を縮める。ゆっくりと唇を触れ合わせ、…離れた。

「さて、そろそろ夕飯作りに取りかかるか」

京介から離れ立ち上がった圭志にいつもの日常が戻ってくる。

「カップはそこ置いといてくれ。後で片付ける」

「分かった」

二人きりになった部屋で京介もソファに身を凭れ、緩やかに流れ出した日常に穏やかに返事を返した。



end.



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