02
「…俺に用だって?」
教室の扉に寄りかかっていた京介の後ろから淡々とした声が紡がれた。
京介は後ろを振り向き、眉を寄せた。
「何でお前が機嫌悪ぃんだ」
「京介先輩、この人誰ですか?」
空気の読めない少年は京介のブレザーの裾を引いて聞いた。
その様子に、圭志の回りの温度が下がる。
これには流石に京介も圭志の異変に気付き、自分の不機嫌さも忘れさり常ならぬ圭志をジッと見つめた。
圭志はその視線も煩わしそうに口を開く。
「何だよ?」
「京介先輩?次の見学場所に行きましょう?」
圭志を見つめたまま動こうとしない京介の腕を少年は引く。
「だってよ、京介。用がねぇなら早く行けば?」
一段と冷めた眼差しで京介の腕を引く少年に目をやり、圭志は踵を返す。
「おい、待て」
京介は去ろうとする圭志の肩を、掴まれていない方の手で掴んだ。
「俺に触んじゃねぇ」
しかし、その手はすぐさま圭志によって振り払われた。
「…圭志、お前昨日何処でコイツ等を見た?何で教室にいなかった?」
京介は昨夜の圭志の素っ気ない態度を思い起こし、今に至るまでの出来事を整理した。
その結果、一つの可能性に辿り着いた。
「先輩、早くしないと時間が…」
「うるせぇ、てめぇは黙ってろ」
バッ、と掴まれていた腕を振り払い京介は少年を睨み付けた。
「いいのかよ、ソイツにそんな事して?」
大切なんじゃねぇの?と、圭志は薄く笑った。
「俺が大切なのはお前だけだ」
「嘘吐くなよ。お前は昨日も今日もソイツを振り払わなかったじゃねぇか」
圭志はドロリ、と溢れ出た感情を瞳に乗せ吐き捨てた。
対する京介は感情も露に睨み付けてくる圭志にフッ、と笑みを浮かべて見せた。
「何が可笑しい」
冷え冷えとした相貌で圭志は京介を見据える。
「お前ソレが何か分かってねぇのか?」
言葉の意味が掴みきれず圭志は眉を寄せた。
そんな圭志の腕を素早く掴み、強引に引き寄せると京介は圭志の耳元で笑って言った。
「嫉妬したんだろ?」
「!?」
「俺にまとわりついてたコイツに」
「そんなワケね…」
圭志は不自然に言葉を途切らせ、今自覚したとばかりにカッと顔を朱に染めた。
(俺、何してっ!?)
俯いて黙り込んだ圭志を腕に抱き締めたまま、京介は立ち尽くしている少年と中等部連中に視線を向ける。
「俺の案内は此処までだ」
「そんなっ!無責任過ぎます。京介先輩は生徒会長でしょう?一生徒に構って…」
不服そうに反論して来た少年を視線だけで黙らせ、京介は野次馬とかしているクラスメイトに声をかけた。
「クラス委員。俺の代わりにコイツ等連れてけ」
そう言われ、一人の青年がはいぃ〜、と情けない声を出して立ち上がった。
中等部の生徒がいなくなり、高等部のいつもの雰囲気が戻ってきた。
「……離せ、京介」
自分の仕出かした出来事にいたたまれなくなった圭志は弱々しく京介の腕を掴んだ。
「誰が離すかよ」
やたら上機嫌になった京介を圭志は忌々しく感じた。
「てめぇのせいで…」
「違うだろ?お前が勝手に勘違いして妬いたんだ」
「勝手に、だと?そもそもお前がさっさとアイツを振り払わねぇからいけねぇんだろっ!!それを!」
いつの間にか京介の胸ぐらを掴んだ圭志は京介に詰め寄ってそう怒鳴った。
なのに京介は尚も笑みを崩すことなく、逆にその笑みを深めた。
「〜〜っ、くそっ。何で俺が」
「随分大胆な告白してくれたな。俺は嬉しかったぜ?」
余裕綽々の態度で告げる京介に圭志はせめてもの抵抗とばかりにフイと顔を反らした。
「勝手に言ってろっ」
横を向いた圭志の耳が赤くなっているのに気付き、京介はクックッと肩を揺らして笑った。
「じゃぁ勝手にするぜ」
スルリ、と圭志の腰に左腕を回し右手で顎を掬い上げる。
「ばっ、お前何考えて!!」
それに慌てて顔を戻した圭志に、京介はニヤリと口端を吊り上げ言い返した。
「勝手にしていいんだろ?」
「ちげぇし、此処を何処だと思ってんだ!?」
「分かった。此処じゃなきゃいいんだな。行くぞ」
「……俺に命令すんな」
口では悪態を吐きながらも、圭志は大人しく京介に腰を抱かれたまま歩き出した。
二人が去ったその後…
「馬鹿な奴等がまだいたんだな…」
「神城と黒月にちょっかい出すなんて終わったな中等部生徒会」
「京介様格好良い〜v」
「俺、黒月があんな独占欲丸出しで怒るの始めてみたわ」
「京介様には圭志様って決まってるでしょ!何アイツ!!」
口々に感想を述べるクラスメイト達は、此処にはいない、色んな意味で最強のカップルを思い浮かべていた。
◇◆◇
「なぁ、結局何でアイツの好きにさせてたんだよ?」
「宗太の奴に生徒会長として問題起こすなって言われてたんだ」
もっとも、もう起こしちまったけどな。
と、京介は悪びれた様子もみせず言った。
「いいのかよ?」
圭志は京介の首に腕を回し、首を傾げる。
「大丈夫だろ。何か言われる前に潰すし、たいして問題ねぇ」
「…ん」
頬に触れる京介の手に圭志は己の手を重ね、瞳を細めた。
「ソレする時俺にも教えろよ。俺からも礼がしたい」
「いいぜ、お前の気が済むまでやらせてやる」
その礼が良い意味合いでないことを知りながら京介は軽く頷いた。
圭志は迷いの無い返答にふわり、と頬を緩ませ京介の唇に触れるだけのキスをした。
「好きだぜ京介」
「嫉妬する程に?」
「うるせぇ、あれは忘れろ」
頬を朱に染め睨み付ける圭志に京介はぜってぇ忘れねぇ、と悪戯に囁いた。
END.
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