06
b
新しく引っ越してきた街はこれまで住んでいた街と違い、どこかきらきらと輝いて見える。
今は緑色に茂る桜並木も季節が一巡りしたらきっと桜色の綺麗な花を咲かせるのだろう。車輌が入ってこれないよう整備された道には、犬の散歩や子供連れの親子、ベンチに腰かけ話に花を咲かせるお年寄り。ベンチには絵描きと思わしき人々もいて、きゃぁきゃぁ騒いで遊ぶ子供達もいる。
穏やかなその光景に自然と頬が緩む。
この街に来て良かったと、もう思い始めていた。
「あっ、バスケやってる!」
ターン、ターンとボールの弾む音につられて道を反れれば、目の前にバスケットコートが現れる。
高校生ぐらいの少年二人と、中学生一人がコートの中に居た。
「で、どうして誘った奴が来ないんだ」
「寝坊じゃないの?」
「大地の奴…」
そして何やらゴールの側で話し合っている。
「なつ…じゃなかった、お兄ちゃんも鳴海さんもそこに居ると危ないよー」
スリーポイントラインが引かれた位置でボールを弾ませていた中学生がボールを持ち上げたと思ったら、くっと膝を曲げ、伸びをするように体を伸ばした。その後は一瞬で、軽く手を添えたボールを押出すようにその背より遥かに高い位置にあるゴールリングに向けて放った。
「わっ、あぶね!」
「こら!千尋!」
ボールは綺麗な弧を描き、スパッとリングに吸い込まれるようにして入った。
「わぁ!すげぇ…」
思わず零れた感想に、ボールを投げて怒られた中学生が俺を見る。
「あっ…」
もしかしてうるさかっただろうか?
そう思い、その場を離れようとした俺に中学生の方から声を掛けてきた。
「なぁ、アンタ今暇?」
「え?」
「千尋!お前は初対面の相手に何…」
「だって、誰かさんは寝坊でまだ来ない見たいだし、いいじゃん。ね、暇なら少し遊んでかない?」
初めての街で、まだ友達もいない俺は誘われて正直嬉しかった。兄ちゃんに言わせると危ないとか言われそうだけど、俺は嬉しくてうんと頷いていた。
「そっちからコートに入れるから回ってきて」
言われて、俺はコートをめぐるように張られていたフェンスを回ってコートの中に入る。
「オレは千尋。こっちが夏野で、その人が鳴海さん」
「夏野じゃないだろ。お兄ちゃんだ」
「ふん」
バスケに誘ってくれた中学生が千尋で、その隣に立つ優しそうな人が千尋のお兄さんで夏野さん。さらに隣の人が鳴海さんか。
「俺は桜井 祐真。ユウマで良いよ」
「ところで本当に大丈夫なのか?時間とか」
何だか言い合いを始めてしまった千尋と夏野さんに、それで俺も兄ちゃんを思い浮かべていた時、それまで成り行きを見守っていた鳴海さんが話しかけてきた。
「大丈夫です。それに俺、引っ越してきたばっかでまだ友達とかいないから誘われて嬉しかったし」
「へぇ、そうなんだ。その辺に越してきたんだ?もしかしたら学校一緒になるかもな」
「学校はたしか…」
「鳴海、ユウマ。話はそれぐらいにしてバスケ始めるぞ」
「っと、じゃやるか」
来い来いと夏野さんに手招きされて、始めは夏野さんと千尋、俺と鳴海さんの二対ニにチーム分けしてバスケを始めた。
ギラギラと照りつける太陽の下、綺麗な軌跡を描いてリングにボールが吸い込まれる。
「っし、二十一点目!」
「げっ、鳴海お前もう少し手加減しろよ!」
ゴールを決めて悠々と戻ってきた鳴海さんと俺はハイタッチを交わす。
「こっちは中坊と俺はバスケ経験は体育ぐらいなんだぞ。それに引き換えお前現役バスケ部じゃねぇか」
「そうなの?」
どうりでやたら上手いと思ったと、鳴海さんを見やれば、鳴海さんは得意げな顔で頷いた。
「ま、ね。けど、そういう割りに点差は開いてねぇだろ。お前の弟くん、スリーは確実に決めてくるじゃねぇか」
額から流れる汗を拭っていた千尋は鳴海さんを見返して言う。
「オレがいてお兄ちゃんを負けさせるわけないだろ」
「千尋」
言ってることは嬉しいが、兄として弟に庇われるのは如何なものか。夏野さんは複雑そうな表情を浮かべながら、千尋の頭に手を乗せくしゃくしゃと撫でた。
「暑いし、そろそろ一旦休憩にするか」
「そうだな」
「うん」
夏野さんは皆を見回すとそう言い、俺も頷いて返す。動き回ってたから汗が凄いな。
でもタオルとか持ってきてないし…。
「ユウマ。これ使え」
そう思っているとコートの隅に荷物を置いていた夏野さんが、鞄からタオルを取り出し俺に向かって投げてきた。
「わっ、と。良いんですか?」
「構わない。ほら、千尋。お前もだ」
「うん」
にこにこと嬉しそうに夏野さんからタオルを受け取った千尋は俺に近付いて来ると、こっそり内緒話をするように言う。
「お兄ちゃん、格好良いでしょ。でも、惚れちゃダメだからね」
「うん…?」
確かに千尋が言うように夏野さんは普通に格好良いと思う。けど、惚れたらダメって何だろ?
きょとんと千尋を見返す俺に千尋は分からないならそれで良いと言葉を続ける。
「ユウマはお兄ちゃんとかいるの?」
「いるよ。上に三人。俺が一番下なんだ」
「へぇ、どんなお兄ちゃん?」
「一番上のお兄ちゃんは良く面倒見が良いって言われてて、二番目の兄ちゃんは凄く優しい。三番目の兄ちゃんは少し無愛想で強引だけどやっぱり優しいよ」
両親が忙しい時、俺の面倒を見てくれたのは兄ちゃん達だ。
「笑われるかもしれないけど、だから俺兄ちゃんっ子なんだ」
高校生にもなってと、告げると千尋はそんなことないと言ってくれた。
「オレだってそうだもん」
それはお兄さん、夏野さんが好きってことかな。なんだか千尋とは気が合うようだ。
「千尋、ユウマ」
そんなことを思っていた時、少し離れた場で鳴海さんと話していた夏野さんが俺達を呼んだ。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「大地の奴、もうすぐ来るって。今、鳴海の携帯に連絡入った」
「来なくても良いのに…」
千尋の隣にいたせいかポツリと呟かれた千尋の独り言を偶然聞いてしまった。
大地さんってどんな人なんだろ?
「ユウマ、お前どうする?遊ぶならこのまま一緒に遊ぶか?」
気を利かせてか、夏野さんがそう聞いてきた。
俺は…
e よければもう少し遊びたい
f ちょっと行きたい所があるから
[top]