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「その人は悪くない!俺にも何でか分からないけど、目が覚めたらここにいたんだ!」

苦しい呼吸の中、目尻に涙を浮かべて俺はキッと魔王を睨み付けた。

「ほぅ、俺様に楯突いたのは貴様が二人目だ」

すると、効果はあったのか魔王は手を止める。

「は、…っ…ん。助かった」

魔王の腕の中では、色気を滲ませたカケルが悩ましげなため息を吐いていた。

「その勇気に免じて、話ぐらい聞いてやろう」

寝室からテーブルや椅子の置いてある部屋へ移動し、俺の正面の椅子に深く腰かけ座った魔王が足を組み、先を促す。

「…っ、俺だって分からないんだ。部屋で寝てたはずなのに、起きたらここにいて」

ヒタリと見据えてくる魔王の瞳が何故だか直視出来なくて、俺はテーブルに視線を落として話した。

兄ちゃん…。

急に兄ちゃん達が恋しくなる。

「ライ、怖がってるだろ。苛めるなよ」

とうとう俯いてしまった俺の頭に、優しく触れる手がある。

「そう思うならその手を退けて俺様の隣に座れ」

カケルは溜め息を落とし、これ以上ライヴィズの機嫌を損ねるとマズイと経験から学び、大人しく言うことを聞いた。

「それで、原因は?」

「その前にコイツは生身ではない。器を何処かに置き忘れているな」

「えっ!?それって…生き霊って奴?」

だから門もスルーしてこれたって事か?

交わされる会話に俺は段々不安になってきた。

「…俺、兄ちゃん達の所に帰れるのかな」

ポツリと溢した呟きにカケルが慌ててフォローする様に返す。

「だ、大丈夫だろ。な、ライ?」

「フッ、お前が一つ言う事を聞くと言うなら助けてやらんこともないがどうする?」

つぃと細められた紫電の瞳が妖しく光り、カケルへと向けられる。
そして、その瞳の中に何を見たのかカケルはグッと息を詰め、次に俺を見てきた。

「…カケルさん?」

帰りたいけど、そのせいでカケルが嫌な目にあったりしたら俺はその方がもっと嫌だ。

揺れるカケルの瞳をジッと見上げてそう告げれば、カケルは困ったような表情を見せ、それから苦笑して俺の頭に手を伸ばしてきた。

「年下に心配されるとはな。…安心しろ。俺がちゃんとお前を兄貴達のとこに帰してやるから」

くしゃくしゃと髪を撫でるカケルの手は兄ちゃん達と同じ位温かい。

「で、俺は何をすりゃ良いんだライ?」

何処か投げやりな口調でカケルはライヴィズを見やる。

「言わずとももう分かってるだろう?お前からの口付け一つで事を済ませてやろうという俺様の寛大な処置に感謝しろ。本来なら、見知らぬ輩を寝所に連れ込んだ罰として一昼夜縛り付けておく所を」

「もう黙れ。…それと、名前何て言ったっけ?まぁいいや。ちょっとの間目と耳を塞いでてくれないか?」

「へ?あっ、うん」

何だか良く分からないが話は纏まったらしく、俺はカケルに言われた通り目を瞑り、両手で耳を塞いだ。

きちんと言いつけを守る少年からライヴィズに視線を戻しカケルは椅子から立ち上がる。
そして、ライヴィズの横に立つと身体ごと自分の方に向けさせ、カケルは身を屈めた。

「約束は守れよ」

「フン、お前は気を散らしすぎだ。俺様の事だけ考えていれば良いものを」

やはり、お前を手に入れた時点であの世界は壊しておくべきだったか。

吐息が重なる寸前に吐かれた言葉を飲み込むようにカケルはライヴィズの唇に噛み付いた。

「んっ…は…ッ…」

羞恥がまったく無いと言ったら嘘になるが、カケルの心はそれ以上にライヴィズに触れているという事態に喜んでいる。ライヴィズの妃となって繋がった心と身体がライヴィズの熱を欲しがる。

「…っ、んぅ…ン…」

ライヴィズも同じ状態であるはずなのに自ら動こうとはしない。これが罰か。

逃げるでもないライヴィズの舌に自ら舌を絡め、水音を立てる。歯列をなぞり、口内を余すところ無く愛撫する。

「はっ…ッン…ライっ…」

口の端から零れる唾液をそのままに、一向に応えてくれないライヴィズをカケルは鮮やかさを増した紫電の瞳で見つめた。

「俺様が欲しいか?」

目の前にある細い腰を浚い、ライヴィズは椅子に座った己の膝にカケルを座らせ、その耳元で低く囁く。

「あっ…っ…」

腰に回した手でカケルの背をスゥッとなぞれば、手のちにある身体がふるふると震えた。

「可愛い奴め。…その前に約束だ。あの人間はお前の願い通り帰してやろう」

大人しく目と耳を塞いで待っている人間に向けて、ライヴィズは口の中で小さく呪文の様な言葉を呟く。

それと同時に、そこにあった人間の身体は徐々に透明になり、ライヴィズがパチリと指を弾いた次の瞬間、そこにはもうなにも無くなっていた。

「さぁ、邪魔者は消えた。心行くまで愛してやる」

くたりと力の抜けたカケルの身体を抱き上げ、ライヴィズは愛しげな眼差しと口付けをカケルの額に一つ落として、寝室へと姿を消した。







急にふっと意識が浮上したような感覚に襲われ、ぱちりと目を開いた。
するとぼんやりとした視界に見慣れない天井が映る。

「あれ…?」

薄暗くて気付くのが遅れたがここは新しく貰った自分の部屋だ。

真新しいベッドから身を起こし、きょろきょろと辺りを確認する。漫画と雑誌の並べられた本棚。その横には勉強机と学校指定の鞄。

足元にはパンダの抱き枕が落ちており、拾い上げてもふりと抱き締めた。

「夢…?」

それにしては凄い夢だったなぁ、と振り返る。魔王に会っちゃったよ、俺。やっぱり格好良いんだな。

「って、嘘!もう夕方じゃん!」

パッと窓に駆け寄り外を見てみれば陽が西の空へ沈み始めている。

どうりで薄暗いと…。

窓の前で肩を落としていれば、コンコンと部屋のドアをノックされた。

「開いてるよ」

「おっ、何だ。起きたのか?」

顔を覗かせたのは一番上のお兄ちゃんで、どうやら俺が寝てしまったのを知っていたらしい。

「兄ちゃん。何で起こしてくれなかったの?今日学校見に行こうと思ったのに」

不貞腐れる俺に兄ちゃんは苦笑を浮かべて言う。

「すやすや幸せそうに寝てるお前を起こすのは可哀想かと思ってな。ごめんな」

くしゃりと兄ちゃんの大きな掌で頭を撫でられると許してしまいたくなる。

「どっちにしろ今日はもう遅いから明日にしような。夕飯はお前の好きなエビフライにしてやるから」

「うっ、…分かった」

「よしよし。じゃ、下に行くか」

「うん」

右手を取られて、俺は兄ちゃんと自室を後にした。

こうして俺の引越し第一日目は家から出ることなく終わってしまった。



魔王ルートEND.





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