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俺は取り出した携帯電話を使わずにポケットに戻す。ここまで連れてきてくれた圭志先輩と京介先輩を振り返り言った。

「やっぱり自力で帰ります。いつまでも兄ちゃん達に頼ってられないし、来週からは通学路にもなるから」

多少道に迷っても頑張る。

そう決意を秘めた眼差しを向ければ、圭志先輩も京介先輩も止めるのではなく応援してくれた。

「いいんじゃねぇの。お前が決めたなら」

「いくら方向音痴だとはいえ、見るからに危なそうな暗い道には入るんじゃねぇぞ」

「はい」

それから、といくつかの注意事項を教えてもらい俺は九琉学園の正門で二人の先輩に見送られながら坂を下って行った。

そして坂を下った先にライトアップされた時計台と広場が見えてくる。
時計台の下には昼間と違い、スーツを着た人やお洒落な格好をした女性、大人の人達が待ち合わせをしているのかちらほらと立っていた。

その広場を突っ切り、俺はなるべく明るい道とお店の連なる通りを歩いて行く。

通りにはまだ俺と同じぐらいの歳の高校生とか中学生の姿もあってちょっとホッとする。中には髪の色を染めた不良っぽい人達もいるけどそちらにはなるべく近寄らない方向で、俺は途中で道を曲がった。

「確かこっちだったはず…」

曲がった先は少し暗かったけど、足を進めるにつれてまた明るくなってくる。両側に並んだお店のネオンがきらきらと昼間のように明るく輝き、暗くはない。

人の通りも多くて、店の看板を手に持った人達が呼び込みをしていたりして、行き交う人達も時間帯のせいか心無し年齢層が高くなったような気がする。
周囲から時折向けられる視線に俺は気づかぬまま足を早めた。

夜になると昼間と景色がまったく違うなぁ。

なんてことを思いながら順調に進む道程にこれなら早く帰れるかも!と…喜んだのも束の間、俺は左手側にある店と店の狭い路地から飛び出してきた男とぶつかった。

「うわっ…!」

その衝撃で俺は尻餅をつく。

「痛っ、な、な…に?」

見上げた男は顔を隠すような素振りをして謝りもせずさっとそのまま人混みの中に駆け出し紛れていってしまう。

とりあえず俺は怪我のないことを確認してゆっくり立ち上がった。

「何だったんだ今の。ん?」

尻餅をついて汚れた服を払っている時に俺は足元に何か落ちていることに気付いた。

「なんだコレ?」

親指と人差し指でつまみ、拾い上げて見るとソレはプラスチックで出来た長方形の塊で。先の方にキャップがついている。
何気なくそのキャップを外してみると、中は金属っぽく何か挿し込み口が…。

「あ、分かった。これUSBメモリーとかいうやつだ。兄ちゃんが仕事で使ってる」

物が何か判明したところで外したキャップをカチリとつけ直して、俺はぶつかった男の人が去って行った方向を見た。
けれどすでにその人の姿は見えない。

「急いでたみたいだし。どうしよう。あの人の落とし物だよね」

一人呟き、俺はきょろきょろと辺りを見回す。
交番でもあれば落とし物として持っていけるんだけど…。
残念ながらそれらしき建物は見当たらない。

「う〜ん」

俺は落し物を手にしたまま悩んだ。
それともここで少し待ってれば落し物に気付いてさっきの人戻ってくるかな?

「でも、早く帰らなきゃ兄ちゃん達が心配するだろうし…」

男の人が飛び出してきた細い路地の前で立ち尽くしていると、その路地の方から何やら慌しい足音と声が聞こえてきた。
俺は邪魔にならぬよう路地の前から少し歩みを進めて、煌びやかな光を発する看板の前に移動する。
その後すぐ、先程俺にぶつかってきた男の人と似たような雰囲気と風貌をした男の人が二人路地から出てきた。

ちょっと怖そうな人達だ。

その人達は路地から出ると何か探しているのかきょろきょろと周囲を見回し、悪態を吐く。

「ちっ、あの野郎どこ行きやがった!」

「取り逃がしたなんてことになったら俺達唐澤幹部に殺されるぞ」

「あ〜、くそっ!とにかくデータさえ取り戻せば…」

物騒な会話をしながら歩いてきた二人組みのうち一人と視線がぶつかる。

「おい、ガキ」

「………」

近付いてきて、話しかけられ俺は思わず黙り込んだ。

さすがにちょっと怖い。

「なにやってんだお前。こんなガキに話しかけてる暇があったらさっさとアイツ追うぞ」

是非そうして欲しい。
ん?でもちょっと待って。この人達もしかして俺とぶつかった人を捜してるのかな?

「まぁ待て。おい、ガキ。お前いつから此処に居た?そこの路地を飛び出してきた男を見なかったか?」

どうやらその人を捜しているらしい。
それならと、俺が答えようと口を開いた瞬間、二人組みの後ろに人が近付いて来た。

その人は二人組みとは違い、双眸は鋭かったが清潔感のあるシャツを身に着けていた。

「そこで何してる?今すぐそのガキから離れろ」

「ンだとぉ?」

背後からいきなりそう声を掛けられた二人組みは振り返り、突如現れた男を睨みつける。

「どうした、こいつ等に何かされたのか?」

二人組みの睨みなどものともせず男は俺の側に寄ってきて訊く。俺はそれに首を横に振り、訊かれたことを答えた。

「てめぇ、いきなり割り込んできて何様のつもりだ」

「俺か?こういう者だ」

そう言って男の人はポケットから黒い革製の手帳のようなものを取り出した。手帳を見せられた二人組みの顔色がさっと変わる。

「一ノ瀬 永久…っ、てめぇ刑事か!」

「そ。担当は主に少年課。で、こいつにまだ何か用があるのか?」

手帳をポケットにしまいながら言った刑事さん、トワさんに舌打ちを漏らし、二人組みは慌てた様子で去って行く。

「はっ、手ごたえのねぇ奴ら。…で、お前はこんな時間に何でこんなとこにいるんだ?ここはガキの来る様な場所じゃねぇぞ」

「え?」

すと左腕を取られ、腕を引かれる。
つられて歩き出した俺にトワさんは続けて言った。

「知らねぇで居たのか?ここは夜の街だ」

「夜の街?」

「……まぁいい。それでどうしてこんな所をうろついてる?補導されてぇのか」

「あの!俺、ただ家に帰る途中で…」

あの場に居ただけと、俺は正直に話した。

「あの先行った所で家なんかねぇぞ。あぁ、お前もしかして道を間違えたな。普通の通りは一本向こうだ」

…俺はまた気付かぬ内に道を間違えてたらしい。

トワさんに腕を引かれ、その通りへと連れて行ってもらう。すると、あんなにも明るかったネオンは落ち着きを取り戻したかのような明るさに変わっていた。

「ほら、二度と間違えんじゃねぇぞ」

「ありがとうございます」

腕を放され俺は御礼を言う。
トワさんはそれに対しそっけなく仕事だからなと言って俺に背を向けた。

そこで俺はハッと手の中にあった落し物の存在を思い出す。

俺は…。



q 落し物を手渡す

r 落し物を渡さない


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