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京介先輩の声にこちらを向いた宗太先輩は申し訳なさそうに表情を曇らせる。

「私も皐月もまだ少し仕事が残ってるので、案内は京介達に御願い出来ますか?」

「すみません…」

皐月も椅子に座ったまま書類から顔を上げて言う。

「俺は別にかまわねぇけどお前は仕事は終わったのかよ京介」

「終わらせた。それじゃ行くぞ」

ソファから立ち上がった京介先輩に続き圭志先輩も席を立つ。俺も慌ててその後を追うようにソファから腰を上げた。

いってらっしゃい、と宗太先輩達に見送られ俺は京介先輩達と生徒会室を出る。
立ってみて分かったが、京介先輩も圭志先輩も背が高くて二人ともだいたい同じ位か。なんだか羨ましい。

「で、まずはどこから行くか。普段生活してて必要な場所だろ?」

「そうだな。とりあえず聞くがお前は何処へ行きたい?」

「おい、京介。いきなり何処って言われてもユウマが困るだろ。それを案内する為に俺達がいるんだろうが」

ぼぅっとそんなことを考えていればいつの間にやら圭志先輩と京介先輩の間に挟まれて、京介先輩に声をかけられていた。

「あ…えっと、そうですね。とりあえず玄関から御願いします」

「玄関な」

「…さっきも思ったけど意外と順応早いなお前。京介のふりについて来れるなんて」

ん?これは褒められたのかな?
感心したような目で圭志先輩から見られた。

行きは階段で上がってきた所を今度はエレベータを使って降りる。校舎内にエレベータがあるなんて!その時カードキーというものについても一緒に説明を受けた。

下駄箱の並ぶ玄関で一年生が使用している下駄箱を教えてもらえば、もうすでにそこには俺の苗字の入った下駄箱が用意されていた。

「一年一組か。皐月と一緒のクラスだな」

京介先輩がクラスを確認して呟く。

「わぁ、本当ですか!嬉しいな」

「ま、お前ほど容姿がよけりゃ皐月と一緒にいても大丈夫だろ」

そして、なんだか意味ありげな言葉を零す。

「やっぱりお前の目から見てもそう思うか」

「この面だ。すぐ親衛隊が出来るだろ。けど、編入後暫くは風紀をつけて学校に馴染むまでそれなりに対策をとっておかねぇとな」

「おい、俺の時は何もなかったぞ。どういうことだ」

「お前は風紀を付けとかなくても自分でなんとかすると思ったからな。実際そうだったろ」

二人の話を聞いていて俺はふと首を傾げる。

「圭志先輩も編入生だったんですか?」

「ん、まぁな」

それを聞いて俺は少しだけ不安に思っていたことを尋ねた。

「勉強とか…学校に馴染むまでやっぱり大変でしたか?」

「いや、俺の場合そうでもなかったな。どっちかっていうと問題は人間関係…」

言いながら圭志先輩は京介先輩をちらりと見て、続く言葉を濁した。

「人間関係?やっぱり他所から来た人はすぐには受け入れられないってことですか?」

「あぁ…そうじゃなくて」

「そんな心配するようなことにはならねぇだろ。皐月もいるし、その内お前にも頼りなる男の一人や二人…」

俺の不安は些細な事だと京介先輩があっさり否定する。むしろ勇気付けて背中を押してくれるような台詞にちょっぴり沈んだ心が浮上した。

「そうですね。今から心配ばかりしててもしょうがないし、俺、頑張ります!」

そうだ、今日だって頑張ってここまで辿り着けたんだから。方向音痴は相変わらずだけど。

「お前、頼りになる男の一人や二人って普通自分で言うか?」

「お前には俺だけで充分だろ」

「…勝手に言ってろ」

下駄箱の前から離れ、お昼を食べる場所として次に食堂を案内される。けど、俺はお弁当派なので軽く見て回るだけで日当たりの良い場所を教えてもらった。
教室も良いけど日向ぼっこしながらお昼を食べるのが俺は好きだ。

「中庭とか屋上…は一般の生徒は入れねぇんだった」

「屋上はダメ何ですか?」

上階へと行こうとした圭志先輩は足を止め、方向転換する。質問した俺に圭志先輩の言葉に重ねるようにして京介先輩が答えた。

「屋上はダメだ」

「そう、ですか」

ダメならダメでちゃんと学校の規則は守らなくちゃ。屋上は使用不可、と。

それから職員室や教室を見て回り、俺は一つ気付いたことがあった。
それは…圭志先輩と京介先輩が行く先々でちらほらと校内に残っている生徒達から歓声が上がるのだ。まるでアイドルとかを見て騒ぐような感じに。

もしかして俺、今凄い人達と一緒いる…?

「ぃ…、おい、ユウマ?」

「ぅわ、はいっ!」

思考に沈みかけていた俺はポンと圭志先輩に肩を掴まれ、ハッと我に返って顔を上げる。

「大丈夫かお前。疲れたのか?」

廊下の途中で足を止めた圭志先輩は俺の肩に手を置くと身を屈めて顔を覗き込んできた。切れ長の鋭い眼差しと間近で視線が絡み、近付けられた端整な顔にどきりとする。

「っ、大丈夫です。ちょっと考え事を…先輩達人気だなぁって思って」

「あぁ…それか。気になるだろうけど気にするな」

「…はい」

圭志先輩がそう言うならと頷き返せば肩に置かれていた手が離され、同じく立ち止まった京介先輩が顎に手を添え言った。

「次は何処にするか。寮には入らねぇんだったな」

「あとあるのは特別棟か?そっちは仲良くなったクラスメイトにでも教えてもらえばいいとして、大体終わりか」

確認するように会話を交わす圭志先輩と京介先輩は確かに回りの生徒達が騒ぐだけあって絵になっている。

「あ…、もしかして俺邪魔だったのかな?」

ちらほらと歓声を上げていた生徒達の中でたまに俺を指差してる人がいたし。

「生徒会室に戻るか」

「だな。ユウマ、行くぞ」

「はい」

再び歩き出した圭志先輩と京介先輩の後に付いて歩き出す。俺は一歩後ろに下がった状態で前を行く二人の先輩の様子を眺めた。

「そう言えば考えといてくれたか?」

「あぁ…お前の好きにしろよ」

「何だ今の間は。忘れてたな。ったく、それが一番困る返事なんだよな」

圭志先輩は困ったように言い、何か考えている様だ。それに京介先輩はふと表情を緩ませ返す。

「お前の作る飯はどれも美味いから良いじゃねぇか」

「そういう問題でもねぇだろ。もう少しレパートリー増やすかな。あぁ、そうだ。どれも美味いっていうなら失敗作も食えよ」

「しょうがねぇな」

二人はテンポ良く会話を交わす。
日常生活を感じさせる会話に俺は先輩達が凄く仲が良いんだなぁと思った。
そんな二人の会話に割り込むのも気が引けたけど一つ気になったことがあって、俺は恐る恐る口を開いた。

「あの、寮生活って自分でご飯を作るんですか?」

「ん、あぁ。違う違う。寮生活の奴らの大半は寮内にある食堂で食べてる。自炊するほうが珍しいんだ」

「じゃぁ、圭志先輩は…」

「俺は好きで自分の分と京介の分を作ってるんだ。朝だけは食堂だけどな」

「へぇ」

圭志先輩は料理も出来るんだ。

「一応説明しておくと寮は一、二年は基本二人部屋。成績優秀者は別として一人部屋が貰えるのは三年になってからだ」

「あぁそれで…圭志先輩は京介先輩と一緒の部屋何ですか?」

「まぁ…そんなとこだ」

それならきっと寮生活も楽しいんだろうな。
何でかよく分からないけど入れないのが少し残念だ。

そんな会話をしているうちに生徒会室へと辿り着き、圭志先輩が扉を開ける。京介先輩の後について室内へと入れば、そこには静先輩の姿もあった。

「おかえりなさい」

戻ってきた俺達に宗太先輩が声を掛けてくる。俺は軽く会釈をして、応接室へと足を向けた圭志先輩に付いて行く。
京介先輩は途中で宗太先輩に呼び止められ足を止めていた。

「復活したか明?でも、あれぐらいの接触ならお前も佐久間にしてもらってるだろ?」

「なっ、そそそんなこと!」

「うん?明くん、嘘は良くないなぁ。お前が早く慣れるよう俺がいつも…」

「わーっ!なに言い出すつもりだよ静!」

耳まで赤くして静先輩を睨みつけた明先輩は何処と無く涙目だ。

「何って、お前が早くキスに慣れてくれるよう一日に一回はキスしてるっていう報告を」

「しなくていいっ!…あ」

圭志先輩の側に立っていた俺は声を上げた明先輩とばちりと視線がぶつかる。視線がぶつかった途端明先輩は動きを止めたが、俺は逆に首を傾げた。

「……?」

「ユウマ、お前はどう思う?」

ふいに静先輩から声を掛けられ俺は今の会話を頭の中で反芻すると答えた。

「俺の家では普通のことですよ」

兄ちゃん達が俺によくしてくれる。
家族の愛情を示す行為だと言って。

「だとさ、明。ユウマもこう言ってることだしそんな恥ずかしがるなよ。まぁ、それも可愛くて良いか」

「〜〜〜っ」

「そうか。お前が寮に入れない理由は兄貴達がいるからか」

「え…?」

兄ちゃん達がなに?

圭志先輩の呟きを耳にして俺は圭志先輩を見返した。

「ところでお前、時間は良いのか」

「え?」

そちらに気を取られていた俺は京介先輩の声に振り返り、室内に設置されていた壁掛け時計で時刻を確認する。

「あっ!もう六時になっちゃう、帰らなきゃ」

窓の外を見れば先程まであった陽は薄暗く沈んでしまっていた。というより、天気が悪くなったせいで暗くなっているようだった。
生徒会室内は戻ってきた時から電気が付けられていたようでまったく気付かなかった。

あわあわと慌てる俺に宗太先輩が気を遣ってか声をかけて来る。

「暗くなってきましたし一人で大丈夫ですか?」

「あっと、はい、たぶん」

俺の心配は暗さよりも道のりの方だ。
ここではまだ妙なことしてないし、俺が方向音痴だってことはばれてない。
来る時も途中から圭志先輩が案内してくれたし。

って、あれ?それは不味くないか?
玄関まではさっき教えてもらったけど、玄関から門までの道のりは…

「何か顔色悪いけど本当に大丈夫なのか?」

いつの間にか応接室のソファから離れた場所に移動した明先輩が俺を見て言う。

「えっと、あの…」

「具合が悪いなら言いなよ。ここ学校だし、保健室もあるから」

心配げに見てくる明先輩には悪いが、俺は別に何処も具合は悪くない。何だか誤魔化すのも悪いし、そんなことをしたらなお更自分が困るので俺は正直に話すことにした。

ここまでどうやって辿り着いたかと、方向音痴なことに関して…恥ずかしかったけど話した。じゃなきゃ帰れない。
そして、皆の反応はさまざまだった。

「面白いなお前。それで帰れなくなったらどうするつもりだったんだ?」

これは静先輩の感想。

「そうだよ。でも、具合が悪くないなら良かった」

続くこれが明先輩の反応で、

「見た目を裏切る行動だな。まぁ、噴水で会った時もそうだったな」

これは圭志先輩。

「そんなことしてたら危ないよ!」

これが皐月で、

「迷惑を掛けたくないという気持ちは分かりますが、それではお兄さんも心配するでしょう」

これが宗太先輩。

京介先輩はというと、物珍しそうに俺を見てクツリと笑った。

「試してみるのもいいか。こっからお前が門まで辿り着けるかどうか」

「えっ!」

何それ!どこをどうしてそんな話になるのか俺はおろおろしながら京介先輩を見返す。

「ふっ…、冗談だ。門までの道なら誰かに案内してもらえ」

やけに真剣な目を向けられたので焦ったが、冗談 だと言われて俺はほっと安堵の息を吐いた。

「でもさ、門まで行けたとしてその後はどうするんだ?」

「それは…迎えを呼ぶ?とか色々」

うむむと呻って明先輩に答えれば宗太先輩が口を挟んでくる。

「お兄さんは呼べば迎えに来てくれるんですか?」

「手が空いてれば誰かが迎えに来てくれると思います」

いつも何かあったらすぐ呼ぶんだぞ、とか言ってくれるし。

「そうですか。それなら心配はありませんね」

「で、誰が門まで送ってく?」

すとソファから立ち上がった静先輩は皆を見回し、言う。

「じゃぁ僕が…」

「皐月は駄目です。外はもう暗いんですから皐月はここで待ってて下さい。それと、静。貴方はまだ仕事が残ってますよ。昼間からまたどこでサボっていたんだか知りませんが」

「なら、俺が門まで送ってってやるよ。連れてきたのは俺だしな」

側に立った圭志先輩は俺の頭をぽんぽんと軽く叩くとそう言って京介先輩の方を見る。

「いいだろ京介?寮に帰る前の寄り道だと思ってお前も来いよ」

結局、圭志先輩に誘われる形で生徒会室を出た京介先輩と三人で門まで向かうことになった。

「気をつけて帰れよ」

「また学校でね、ユウマ」

生徒会室に残った四人に見送られ俺は生徒会室を後にした。
玄関までエレベータでおり、靴を履き替えて昼間の暑さが未だ残る薄暗い道を門に向かって進む。

「最後まで迷惑かけてすみません」

「気にすんなって最初に言ったろ?京介も、たまには良いだろ?のんびり散歩すんのも。お前最近生徒会室に籠もってるみてぇだから」

「編入生の、コイツの書類の手続きとかがあった からな。寮に入らねぇなんて異例のことだから書類の作成に手間取ったんだ」

「それも、何かすみません」

京介先輩の忙しさの一端を担っていたようでしゅんと肩を落として思わず謝る。けれど、京介先輩は何てことはないと俺の頭に手を伸ばすと、ぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜてきた。

「わわっ!」

「お前は騒ぎを起こすなよ」

「はい…?」

何だか分からないけどとりあえず頷き返せば、髪をぐしゃぐしゃにしてきた手はすと離れていく。
この感じは俺のすぐ上の兄ちゃんっぽい感じがした。だからか、嫌じゃない。

そんなことをしながら歩いていれば門はもう直ぐだった。

「こっから迎え呼ぶんだろ?」

圭志先輩に言われて俺は携帯電話を取り出す。
けど、ここまできて兄ちゃんに頼るのは高校生としてどうなんだろう?

俺は開いたアドレス帳をジッと見つめ考える。

「ユウマ?」

動きを止めた俺を圭志先輩と京介先輩が訝しげに見ていた。

俺は…。



o 迎えを呼ぶ

p やっぱり自力で帰る


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