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「左、左…と」

俺はまた迷子にならぬよう、間違えぬよう口に出して二股に別れた道を左に進む。
途中から傾斜のある坂道になっていて、俺はじわりと額に浮かんだ汗を右手の甲で拭った。

周囲の視界も建物より緑が多くなり、木々の陰で出来た日陰に寄って俺は歩く。
やがて、校舎の頭が見えてくる。

「あれかな?」

坂を上がりきった所で道は平坦になり、俺は一つ息を吐いた。

「えっと、正門は…」

左右を見回し、鉄製の黒い柵が途切れている場所を探す。少し手間取りながら正門と思わしき門を見つけ、門に設置されているインターフォンを押した。
事務的な声が流れ、用件を告げれば話は通っているらしくゆっくりと目の前の門が開いた。

「ふあ〜、都会の学校って凄いんだな」

校舎へと伸びている広い道と学校の敷地内に溢れる緑に、俺はきょろきょろと好奇心も露に足を進める。
その耳がざぁざぁと、木々の茂る奥の方で何やら水音を響かせているのを捉えた。

「何かあるのかな?」

わくわくと刺激された好奇心に、俺は水音の発信源を確認したらすぐ元の道に戻ってくるからと、自分に言い訳して横道に反れる。
そして道ではない草木を掻き分け進んだ先に、ざぁざぁと水を噴き上げながら流れる綺麗な噴水がそこにあった。

きらきらと太陽光を反射させて輝く水に引き寄せられるように俺は噴水に近付く。

「うわぁ〜。この水って飲めるのかな?」

「止めとけ。腹壊すぞ」

そこでポツリと零した独り言に返事が返り、俺は驚いて背後を振り返った。
すると、俺は気付かなかったが噴水の側に設置されていたベンチの上に人が寝転がっていた。

「わっ、びっくりした…」

「驚かせたか?でも、流石に噴水の水を飲もうとする奴が居るとはな」

くっと可笑しそうに笑ったその人に俺は慌てて首を横に振り言い返す。

「本当に飲もうとした訳じゃないですからね。ただ綺麗だったから飲めるのかなって思って」

「分かってる」

よいしょ、とベンチから身体を起こしたその人は確実に俺より背が高く、髪の色は何だか不思議な赤みがかった黒。耳に赤いピアスをつけていた。

「で、私服姿で俺の事を知らないって事は外の奴か?」

「あ、俺は今度からこの学校に通うことになった…」

「あぁ、一年の桜井 祐真か。そういや京介の奴が何か言ってたな。寮に入らず家庭の事情で外から通う事になる奴だとか」

さらりとその口から告げられた内容に、知ってるんですか俺のこと?と聞き返した。

「少しな。でも編入日は今日じゃないだろ?」

「今日は下見に来たんです」

「あぁ、それでか」

納得してくれたらしいその人に俺は失礼にならないように名前を尋ねた。

「俺は黒月 圭志。二年だ」

そう名乗った黒月先輩はベンチから立ち上がると、ぐっと上に腕を伸ばして小さく欠伸を零した。

「もしかして俺、昼寝の邪魔しちゃいましたか?」

「いや。起きてたし、そろそろ戻るつもりだったからな」

「そうですか」

邪魔はしてなかったと、良かったとほっと息を吐いて噴水の側から離れた俺に、腕を下ろした黒月先輩が軽い調子で声を掛けてくる。

「学校の下見なら途中まで一緒に行ってやろうか?明の手が空いてりゃ案内に一人つけてやるけど」

「え?良いんですか?」

「かまわねぇよ。先輩には頼っとけ」

俺の立つ方へ近寄って来た黒月先輩は兄ちゃん達が良くしてくれるように俺の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
近くで見た黒月先輩は何だか更に格好良くて俺も将来はこうなりたいなぁと密かに心の内で思った。

家系的には兄ちゃんも種類は違えど皆背が高くて格好良いから、俺もきっとなれるはず!

黒月先輩に付いて噴水のあった休憩場から校舎へと伸びる道に出る。
どうやらわざわざ俺が歩いてきた道に戻らなくとも別に道があるみたいだった。

歩く歩幅は俺に合わせてか、黒月先輩は何も言わずにゆっくりと歩いてくれる。

「そういえば先輩、さっき寮があるって言ってましたげど…」

「ん?あぁ、校舎の奥に見えるあの建物が寮だ」

校舎と同じく確りした造りの、何処か高級そうな雰囲気を醸し出す寮の外観、佇まいに目を奪われる。

「凄い……。でも俺、寮があるって今初めて聞いたんですけど…」

何でだろう?
寮の外観を見つめたまま俺は首を傾げる。
流石にそこまでは黒月先輩も知らない様子で、当たり前だけど、入寮しねぇなら教える必要もないからだろと話を畳んだ。

生徒用玄関で俺は来客用のスリッパに履き替え、何だか少し歩き心地の良い廊下を黒月先輩に案内され歩く。
傾いた茜色の陽が校舎の窓から射し込み、黒月先輩の横顔を照らす。

「ん?どうした?」

「あっ、何でも無いです」

それが綺麗でついジッと見てしまった俺は慌てて黒月先輩から顔を背けた。

「おっ、黒月の浮気現場発見か」

自分の行動に羞恥を感じて俯いた瞬間、どこからとも無くそんな声が降ってくる。
差し掛かった階段の上を見上げれば、ノンフレームの眼鏡をかけた先輩らしき男の人が俺達を見ていた。

「佐久間」

「とうとう京介に愛想が尽きたか?」

クツリとからかうように笑って階段を下りてきた佐久間先輩に、黒月先輩は鼻で笑う。

「まさか。そんなわけねぇだろ。コイツは来週編入予定の一年、桜井だ」

「初めまして」

「へぇ、それで何で今ここに?」

尋ねられて俺は下見に来たと、簡潔に説明した。
俺が答え終えると黒月先輩は何か少し考えた様子で口を開く。

「風紀室に明いるか?」

「いや、今生徒会室にいるぜ。京介の判子がいるってな」

「そうか。じゃぁ、生徒会室に行けば会えるな」

「案内か?今暇だし俺がしてやろうか?」

ん?と向けられた視線に俺はどう答えて良いものか分からず、思わず黒月先輩を見る。
すると、黒月先輩はふっと緩く笑った。

「嫌だってよ。ぽけぽけしてそうな割りに、ちゃんと警戒心はあるみてぇだな」

「ぽけぽけ…」

「酷い言われようだな。俺の親切心を」

俺は黒月先輩に一体どう見られているんだろうか?ぽけぽけって何?

「ま、警戒心は無いより有ったほうがいいか」

「そうだな」

首を傾げている間に話は付いたのか、佐久間先輩はそのまま何処かへ行ってしまう。
俺は黒月先輩について階段を上がって行った。




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