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右だったはず。

二股に分かれた道を右に進み、後は道なりに真っ直ぐだ。
これなら極度の方向音痴でももう迷うことはない。

俺は鼻歌交じりで歩を進め、勾配のある坂を上っていく。
やがて視界に入りだした学校の校舎らしき建物に俺の気分も一緒に上昇していった。

「ここが俺の通う学校か…」

学校の敷地を囲うように張り巡らされた黒い鉄製の柵に、俺は正門があるだろう場所を探して歩く。柵は俺の背よりも遥かに高く、柵の中を覗いても木々が茂っているせいでよく見えない。

でも、もうここまで来たんだし何も迷うことはない。そう思いながら俺はのんびりと敷地を囲う柵に沿って歩いていた。

その時だ、

「あぶねぇ、そこ退けっ!」

「へ?」

上から切羽詰った様な声と黒い影、たぶん人、が俺の上に降って来たのは。

「っ!!」

どさっという音と共に俺は頭に衝撃を感じて堅く目を瞑った。

「ってて、おい大丈夫かお前!」

たぶんと付けたのは俺がそこで意識を失ってしまったから。
俺は誰かの呼びかけを聞きつつ、大丈夫だと答えられぬまま意識を手放した。



◇◆◇



そうして気付けば俺は病室らしき場所に居た。

目を開ければ染み一つ無い真っ白な天井。揺れるカーテン。
頭を置いた枕も身体に掛けられていた布団も肌触りが良くて清潔そうだった。

「何事かと思えば…まったく。遊士も糸井も鬼ごっこは大概にしろ」

「珍獣。遊士が嫌なら俺が飼ってやるぞ」

「まだ言ってんのかよ!俺はペットじゃねぇって何度言えば分かるんだ!」

「ふん、コイツが逃げなきゃ追ったりしねぇよ」

そして何だかカーテンの向こう側がやけに騒がしい。
横たえていた身体を起こせば何故だか後頭部が鈍く痛んだ。

「……?」

何だと思って触ってみればタンコブが出来ている。

「あ、そっか俺…」

上から降ってきた人とぶつかったんだ。
呟いた声が聞こえたのかシャッと閉めきられていたカーテンが開く。

「ん、起きたか?すまなかったな。糸井がお前と衝突したんだ」

「はぁ…」

糸井と呼ばれた俺と同じぐらいの背で黒目黒髪に眼鏡を掛けた少年が俺を見て罰が悪そうに頭を下げる。

「悪かったな」

「うん」

「でも、そもそも一番悪いのはこのバ会長だ」

会長と呼ばれた方の人を見れば、その人は人のせいにするのか?と上から目線で何やら糸井と火花を散らし始める。

「保険医の診断じゃタンコブが出来てるから大丈夫だと言っていたが、他にどこか痛むところはないか?」

「いえ、特には…」

最初に話しかけてきた人は心配そうにそう聞いてくると、そういえばまだ名乗っていなかったなと丁寧に名前を教えてくれた。

「俺はこの学園で風紀副委員長をしてる峰藤 誠士郎だ。隣のコイツが委員長の冷泉 久嗣(ヒサツグ)。そこで言い合いをしているのが信じられないかも知れないが生徒会長の志摩 遊士で、お前にぶつかったのが一年の糸井 久弥だ」

だから俺もそれに倣って自己紹介をした。

「俺は桜井 祐真です。今度、この学校に入ることになって今日はその下見に」

だけど、誠士郎さんは俺の言葉を聞くと不思議そうに首を傾げた。

久嗣さんも誠士郎さんと似たり寄ったりな反応を見せ、呟く。

「なるほど、転校生か。それは知らなかった」

「お前の場合は知らなかったというより、何でも興味が無くて知ろうともしないだけだろう。…遊士」

それは誠士郎さんなりの突っ込みなのか、誠士郎さんは会長である遊士さんを呼ぶ。

「何だ?俺は今忙しい」

どうしてそうなったのか、久弥は遊士さんに壁際に追い詰められていた。
その構図でさすがに仲が良いんですねとは言えなかった。

「遊士」

今一度誠士郎さんが声に力を入れて呼べば、遊士さんは舌打ちをして久弥から離れる。

「で、何だ?」

しかし、ほっとした所で今度は久嗣さんに久弥は頭を撫でられていた。
こっちは仲が良いって言うんだろうか?

「今、ユウマから聞いたんだが今度この学園に転校してくるそうだ。お前の方で何か訊いてるか?」

「転校?」

すと向けられた遊士さんの鋭い視線に俺は思わず口を噤む。

「お前、この学園に通うのか?」

いつの間にか久嗣の手から抜け出した久弥俺の直ぐ側まで来て聞いてきた。

「その予定なんだけど…」

ちらりと見た先で、遊士さんは何か考えている様で宙を睨んでいる。
やがて、もう一度俺を見ると遊士さんは口を開いた。

「知らねぇな。生徒会にも通達はきてねぇし、その予定も入ってない」

「え、じゃぁ…」

きっぱりと言われて皆よりも俺が戸惑った。
これってどういうこと、兄ちゃん?
兄ちゃんはもう手続きは済ませてくれたって言ってたけど。

不安な表情を浮かべた俺の頭にぽんと大きな掌が乗せられる。

「行く所が無いなら面倒見てやるぞ」

それは久嗣さんの掌だった。

「またか、この変人は。止めろよな!」

しかし、その手は俺の側にいた久弥によって叩き落される。俺と視線を合わせた久弥が思いついた様に言った。

「ユウマ。お前もしかして行く学校間違えてんじゃねぇの?」

「え…」

「この辺、他にも学校あるからな」

「でも、ここ九琉学園でしょ?」

きょとんとして俺が告げた台詞に久弥はやっぱりな、と納得顔で頷いた。
誠士郎さんも久嗣さんもそれでか、と分かった様な顔をし、最後に遊士さんが教えてくれた。

「九琉はここじゃねぇ。ここは彩王学園だ」

「彩王…?」

遊士さんの言葉を反復して、俺は久弥の言う通り学校を間違えたことに気付いた。
でもなんで?

「あっ、まさか俺、また道間違えた…?」

五番街の後、左右に分かれた道があった。
間違えたならきっとそこだ。

俺は久弥達に行く道を間違えて来てしまったことを説明し、寝かされていたベッドから足を下ろした。

「途中までついてってやろうか?」

保健室の床に足をつき、扉に向かおうとした俺に久弥が声をかけてくる。

それに俺は久弥を振り返り答えた。



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