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「一人で大丈夫です」

これからこの街に住むんだし、兄ちゃん達にならともかくそうそう人の世話になっていてはいけない。

俺はしっかりと隼人さんを見返し、言った。
すると隼人さんは険しかった表情を一転させ、テーブルに置いてあったペーパーナプキンを一枚抜くと店内にいた同年代の少年に声を掛ける。

「陸谷、ペン持ってるか?」

「あるッスけど…」

黒いペンを受け取ると隼人さんは俺の目の前でさらさらとペーパーナプキンにペンを走らせ、何かを書き終わると俺の方に向けて紙を滑らせた。

「ここから時計台までの行き方だ。迷うなよ」

「あっ、ありがとうございます」

「ってワケで廉。これからの為にも一人で行かせてやれ」

俺の意思を尊重してか、隼人さんの言葉に廉は心配そうな顔をしながらも頷いてくれた。

「そうだ、飲み物代は…」

「気にするな。俺のアイスコーヒーと一緒に払っておくから」

「え、でも…」

「気になるならまた来た時にでも返してくれればいい」

それはまたここへ来ても良いってことか?
その思いが顔に出ていたのか俺はまたしても額にデコピンを食らった。

「――っ」

「早く行かないと陽が暮れるぞ」

そうだった。
俺はもう一度隼人さんにお礼を言うと手書きの地図を頼りに喫茶店<向日葵>を後にした。

陸谷にペンを返している隼人を見て工藤は口を開く。

「何だか珍しいものを見た気がする」

「もしかして隼人、ユウマが気に入ったの?」

続けて廉も言い、隼人はふっと笑みを溢した。

「何となく周りにはいないタイプだったからな。つい世話を焼いてみただけだ」

それより、と隼人は椅子に座ったまま廉と工藤を見上げて言う。

「お前らも五番街に行くんじゃなかったのか?」

「それは…」

ユウマを案内する為の方便だと廉が言いかけたのを工藤が遮り、廉の手を取った。

「これから行く所だ」

「そ。じゃぁ、よろしく」

「あぁ」

工藤は廉の手を引き、今しがたユウマが出て行った喫茶店の扉をくぐり外へと歩き出す。
付かず離れずユウマの後を歩く工藤の意図に気付いた廉は工藤と手を繋いだまま大人しく歩く。

「やれば出来るじゃねぇか」

曲がり角では一旦立ち止まり、隼人の書いた地図と現在地を照らし合わせてユウマは五番街にある時計台に向けて進む。

その様子に廉もほっと小さく息を吐いて呟いた。

「大丈夫そうだね」

やがて視界に時計台の姿が入ってくる。
工藤はユウマが無事時計台の下に辿り着いたのを確認すると廉の手を引き、ユウマに気付かれぬ内に人混みの中へ姿を消した。

「さて、アイツも無事時計台に着いたし少し遊んでいくか。な、廉」

ただ重ねていた手を、指を絡めるようにして繋がれ今更になって廉は羞恥を覚え薄く頬を染める。

「…遊ぶだけなら」

ぼそりと返された小さな返事に工藤はふっと優しく笑うと、少し身を屈めて廉の耳元で悪戯っぽく囁いた。

「俺はそれ以外でも良いんだけどな」

「なっ!〜っ、やっぱ…」

「帰るは無しだぞ。遊ぶんだろ廉?この前お前が欲しくて取れなかったって言うぬいぐるみ取ってやるから」

行くぞ、と繋がれた手を引かれ廉は耳まで真っ赤にして続く。
先を歩くように行く工藤の背を睨み、力の無い声を投げつけた。

「工藤のバカ!」

けれど歩き出して直ぐに歩幅を合わせてきた工藤に嬉しさも生じてしまい廉は仕方なく工藤の隣を並んで歩く。

数日前に廉が世間話のついでに何気なく話したことを覚えていた工藤は五番街の少し外れにあるゲームセンターの前で足を止めると、未だ薄く頬に熱を宿した廉を見る。

「ここだろ?」

「…うん」

そして、確認をしてから工藤は廉と連れ立ってゲームセンターへと入って行った。

目的のクレーンゲームは店を入ってすぐ右手側に並んでおり、更に奥へ行けばプリクラの機械が数台設置されている。左手側にも数台のクレーンゲームと音ゲー、カートが置かれている。二階はメダルコーナーとして賑わっていて、見上げればちらほらと人の姿が見える。

「あっ、まだある!」

目的のクレーンゲームの前に立てばそれまで静かだった廉がクレーンゲームの中を覗き込み嬉しそうに声を上げた。
その視線の先にはデフォルメされていくらか可愛くなった灰色の狼。

恥ずかしかったことも忘れ、廉は隣に立った工藤を期待の眼差しで見上げる。

「取れるのか?」

それに工藤はぬいぐるみの位置を確認すると、ゆるく弧を描いた唇で返した。

「これなら取れるだろ」

「本当か!」

「あぁ。ちょっと待ってろ」

ポケットに突っ込んでいた財布を取り出し、百円硬貨を投入口に二枚落とすと工藤は真剣な表情でクレーンを操作し始めた。
その姿を目にした廉の鼓動がとくとくと音を立てる。

廉は何故だかずっと欲しかった狼のぬいぐるみよりも工藤の横顔を見ていた。

「……」

ぼとん、と物の落ちる音で廉は我に返り慌てて工藤からそちらに目を移す。

「ほら」

そして、目の前に差し出された灰色の狼のぬいぐるみに瞳を輝かせた。

「わ、工藤凄いな!ありがとう!俺、何回やっても取れなかったのに」

ぬいぐるみを腕に抱き、廉は工藤を見上げて破顔する。その姿に工藤も満足そうに笑った。

廉の頭に手を伸ばし、工藤は喜ぶ廉の頭をくしゃりと撫でてやる。よほど嬉しかったのか嫌がる素振りも見せずにこにこと受け入れる廉を工藤はそっと引き寄せ、腕の中に抱き締めた。

「少しぐらいご褒美を貰っても良いよな?」

「えっ…」

急な展開についていけず、無防備に顔を上げた廉の唇に触れるだけのキスを落として工藤はゆっくり離れる。
優しく柔らかいその感触に、数秒遅れて廉は目を見開いた。

「な〜〜っ」

事態を把握した廉はみるみる内に顔を赤く染め、言葉にならぬ声を漏らす。

「くっ、真っ赤だな」

可愛いと、続けて言った工藤から顔を反らし廉は取って貰ったばかりの狼のぬいぐるみに顔を埋め工藤のバカ!といつもと変わらないやり取りを繰り返した。

「まぁ、バカでもいいけど。お前はいつも可愛いよな」

「――っ」

今日も街は変わらず、平和に時を刻んでいた。



SignalルートEND.


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