08


f

「ちょっと行きたいところがあるから」

「そうか。なら無理に引き止めるのも良くないな」

そう言って、俺は夏野さん達とはそこで分かれた。
でも、楽しかったなバスケ。
千尋はまた会ったら遊ぼうなと言ってくれたし。

俺は気分の良いまま道を歩く。
歩く、までは良かったんだけど。
…ここはいったい何処だろう?

「こんな時こそ冷静にって兄ちゃんが…」

まずは目的地の確認だ。
目的地はこれから通う予定の高校。
で、現在地は家から出て、車輌通行止めの並木道を通って、その道に面したバスケットコートでバスケして。
次に並木道に戻ってきて、右に…。

「右?」

待てよ、あそこは左だっけ?
そうだ、兄ちゃんは道に迷った時はまず人に聞けって。

俺は左右を見回して首を傾げる。

「あれ?さっきまであんなに人が居たのに。何でここには人がいないんだろ?」

これじゃぁ、誰にも聞けそうにない。
と、途方に暮れそうになった時、三メートル先にある曲がり角からいきなり人が飛び出してきた。

「あっ、すいませーん!ちょっと道を…」

「退け!」

「わっ!?」

聞こうと思ったら問答無用で何故か突き飛ばされた。俺が次に来るだろう痛みを覚悟して目を瞑ったら、とんっと意外にも柔らかい感触がして耳の直ぐ側から声が聞こえた。

「大丈夫か?」

「あ…」

恐る恐る目を開ければ、俺は倒れる前に背後に立った誰かによって助けられたらしかった。

「工藤!逃がすなよ!」

「任せとけ!廉、お前はソイツを見てやれ。後で合流する」

俺を突き飛ばしていった奴を工藤と呼ばれた青年が追い、更に先にあった曲がり角に二人の姿は消える。
その姿を何が何だか良く分からずに見送ると、俺は俺を受け止めてくれた背後の人を振り返った。

「あの、ありがとう」

「ううん。こっちこそ巻込んでごめんな」

預けていた重心を戻し、今度は体ごと背後の人と向き合う。
そこには俺とそう変わらない身長の黒目黒髪の少年が居た。

「怪我は?」

「無いよ。君が助けてくれたから」

そう返せば心配そうな顔をしていた廉と呼ばれた少年が、ほっと安堵したように表情を崩した。
そして俺は手を取られ、促される。

「とりあえずここは危ないから移動しよう。いいよな?」

「うん」

それは俺がお願いしたい。人のいる道に出れば何とかなる…はず。

そして俺が連れて来られたのは、ちゃんと人通りもあり人もいる、表通りに面した喫茶店<向日葵>と看板の出されたお店。

カラン、カラ〜ンと店の出入口に付けられたベルが人が出入りする度に軽快な音を立てる。

俺は手を引かれたまま店に入ると、促されてテーブル席についた。

「ここまで来ればもう大丈夫だから」

「うん」

にっこり微笑む廉に何だか俺までほわりと和んでしまい、そこへ別の声が割って入る。

「廉。今度は誰を連れてきたんだ?さっき工藤サンと出てったんじゃないのか」

「あ、隼人。実は…」

廉の話によると俺を突き飛ばして逃げて行ったのは引ったくり犯らしい。
廉と工藤さんはこの店を出てすぐ引ったくりの現場に遭遇し、犯人を追いかけてる最中で、そこで俺が巻き込まれたと。

「なんだ、それなら廉達のせいじゃないじゃん」

話と併せて軽く自己紹介をし終わった俺は、喉が渇いていたのでメロンクリームソーダを頼みながら廉を見て言った。

「でも…」

「いや、ユウマの言う通りだな。廉、お前が謝る必要はねぇよ」

俺もアイスコーヒー、と便乗して隼人さんが注文し、俺とはテーブルを挟んで向かい側に座った廉の隣に隼人さんは座る。

「で、工藤サンはどうした?」

「工藤は犯人捕まえたら合流するって」

そちらは心配していない様で廉は落ち着いた様子で言う。
隼人さんもそれ以上気にかけることもなく俺に話を振ってきた。

「お前はどうしてそんな裏道にいたんだ?」

「どうしてって…」

いざ聞かれると恥ずかしい。極度の方向音痴だと言わないとダメか?

「それともどっかのチームの奴か?」

すっと細められた眼差しに、俺は逆にきょとりと目を丸くした。

「チーム…?って、なに?」

「違うのか。尚更何であんな危ない場所にいた?近道にしろ普通は通らない道だぞ」

そうと待たず運ばれて来たメロンクリームソーダに口を付け、俺はおずおずと隼人さんを見返す。

「その…」

「隼人。ユウマも何か事情があるんだろ?」

庇ってくれようとする廉には悪いけどそんなに大層な理由じゃない。ほんの少しの俺のプライドの問題であって。
尚も取り持ってくれようとする廉に俺は表情を緩めて首を横に振った。

「ありがと、廉。あそこにいた理由は言いづらいんじゃなくて恥ずかしいだけだから」

恥ずかしい?と首を傾げる二人に俺が説明しようとした時、店の出入口に付けられていたベルが鳴り、綺麗な金髪頭をした青年が入ってきた。
ざわりと店内の空気が一瞬ざわつく。

「あ…」

「ん?あ、工藤!早かったね」

「まぁな。現行犯で警察に引き渡してきた」

その青年こそが工藤さんであった。
工藤さんは俺達のいるテーブル席に近付いてくると俺に気付いて口を開く。

「お前は…、大丈夫だったか?」

「あっ、はい」

まさかあの一瞬で顔を覚えられてるとは思わず俺は驚いた。そんな俺の様子に工藤さんは苦笑を浮かべ、廉と隼人さんに視線を移す。

「騒がせたな」

「別に。廉が誰かを連れてくるのは珍しくないしな」

「俺、そんなに誰彼構わず連れてきた覚えないんだけど」

さらりと本人をよそに交わされた会話に廉が口を挟んだ。
俺はそのやりとりをメロンクリームソーダを飲みながら眺める。

上に乗ってるアイスが冷たくて美味しい…。

今度また兄ちゃん達と来るのもいいかも知れない。ただ…、この店の場所を覚えられればだけど。

「で、結局お前は何であんな所にいたんだ?」

「ふぇっ?」

アイスをつついていた俺は不意に隼人さんから声を掛けられ変な声を上げてしまう。そして向けられた三人の視線にうっと声を詰まらせた。
じわじわと頬が熱くなる。

恥ずかし…。

けれど、廉は笑わずに話しかけてくれた。

「美味しいでしょ、それ。ここのメニュー、特にデザートは俺のお気に入りでもあるんだ」

「…うん。今度、兄ちゃん達と来てみたい」

「それなら良かった」

ほわわんと廉と話すとやっぱり何故だか和む。
そして、一人席に着かず立っていた工藤さんが話を元に戻した。

「で、本当に何で裏道なんかにいたんだ?あそこは昼間とはいえ薄暗いからまだチーム同士の衝突が多い場所なんだぞ」

「待って、工藤。ユウマは俺達のこともチームのことも知らないんだ」

「工藤サン。ユウマは一般人だ」

何だか俺は知らない内に危ない道に入っていたらしい。チームとか一般人とか。
だが、話を聞いてる内に俺の中にある好奇心が擽られ、ちょっぴり顔を出す。

「…もしかして、廉達もそのチームとか関係あるの?」

「あ〜、うん。一応俺Lark(ラーク)って言うチームの総長。で、隼人が副総長。工藤が…」

「俺は廉と違う、Doll(ドール)の総長だ」

「へぇ…、俺初めてだ。チームの総長とかに会うの」

わくわくとした気持ちを隠しきれず三人を見れば、右手を持ち上げ腕を伸ばしてきた隼人さんにぺちりと額に軽くデコピンされた。

「痛っ…」

「好奇心だけならあんまり関わらない方がいいぜ」

「うぅ…、それは分かってます。あの道にいたのだって偶然で」

デコピンされた額を擦りながら俺は言葉を続ける。

「道に迷ったんです。俺、極度の方向音痴で」

「方向音痴?…それならまぁしかたねぇが気をつけろよ。見つけたのが廉達だったから良かったものの」

「…はい」

まったくもってその通り。俺は隼人さんの言葉に神妙な顔をして頷いた。

「それでお前一人で街に出てきたのか?」

隼人さんの話が一段落したところで工藤さんが訊いてくる。

「うん。兄ちゃんがついて来てくれるって言ったけど、引っ越してきたばっかで兄ちゃんも忙しそうだったし。それにもう俺だって高校生何だから一人でも大丈夫かなって」

「引っ越してきたばっかなんだ?」

「うん」

驚く廉に頷き返し、俺はメロンクリームソーダを飲み干す。

「おいおい、自分が方向音痴って分かってながら引っ越してきたばっかの街を歩くか普通?そりゃ迷うだろ」

「見かけによらずチャレンジャーだなお前」

空になったグラスを置けば隼人さんと工藤さんから呆れたような表情を向けられた。
でも俺は気にすることなく続ける。

「それで学校の下見に行きたいんだけど…ここって街のどの辺?」

「どの辺って言われても口じゃちょっと説明しにくいな。ここからもう少し先に行けば大通りの五番街、この街のシンボルでもある時計台の通りに出れるけど」

廉の説明に俺はそれだと、声を上げた。

「五番街、時計台まで行けばきっと分かる。そこまではどうやって行けば良い?」

そう俺が訊ねれば廉は工藤さんと隼人さんと顔を見合わせ、隼人さんの名前を呼んだ。

「隼人」

「分かった。留守は俺が預かる。見回りに出た矢野達もまだ帰ってきてねぇしな。…工藤サン、廉を頼む」

「あぁ。言われなくともそのつもりだ」

ん?一体なんだ?
俺には何だか分からなかったけど、短いそのやりとりで何かが決まったらしかった。

首を傾げた俺に廉が席を立ちながら言う。

「じゃぁ行こうか」

「え?」

「俺達が五番街まで案内してあげるよ」

「いや、でも。道を教えてくれれば俺一人でも行けると思うから」

それに廉は工藤さんとどこか遊びに行く予定だったんじゃないのか?
この店を出てすぐ引ったくり犯に遭遇したって言ってたし。邪魔しちゃ悪いよ。

廉の申し出を断れば、工藤さんが言い添える。

「どっちにしろ俺達も五番街に行くつもりだったし、迷惑にはならねぇよ。なぁ廉」

「そうだよ。どうせ行く方向は一緒なんだからユウマも一緒に行こう?」

そう言われて迷う俺の耳に、隼人さんの鋭い声が突き刺さる。

「言っただろ、ユウマ。Larkの縄張りで迷子になったら助けてやれるが、今度また変に危ない道に入ったら助けてはやれねぇからな」

「うっ…」

俺は目まぐるしく考えを巡らせ結局、こう答えた。



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