-IF-鍵の在処-(七泉学園:瑛貴×鷹臣)


祝サイト開設十六周年記念
七泉学園より高杉 瑛貴 ×北條 鷹臣
設定:タイガーもとい北條 鷹臣がウルフこと高杉 瑛貴の前から姿を消した理由が記憶喪失だった場合





この度、理事長室へと呼び出された生徒会長、北條 鷹臣はその時初めて七泉学園に編入してくる人間がいる事を知らされた。それも学年は三年。鷹臣と同じクラスに編入してくるらしい。

一通りの事務説明を受けた鷹臣は理事長から手渡された封書を手に理事長室を後にする。

「しかし、この時期にか?」

おかしな奴もいるものだと、三年に上がってからの微妙な時期の編入にそう呟きを零しつつ鷹臣は手元にある封書に視線を落とした。その中には数日後には編入してくる予定の生徒の情報が記載されてる。
名前から生年月日、家族構成、これまでの経歴など。ただ、そこに貼られていたその生徒の顔写真。染めたのだろう綺麗な銀色の髪に人工的な紅い色の鋭い瞳。誰が見ても格好良いと言うだろうその端正な顔立ちは不機嫌そうにこちらを睨みつけていた。

「……高杉 瑛貴か」

初めて口にする名前。たぶん、初めてのはずだ。だがしかし…。こちらを睨むように見つめていたその瞳。その顔写真を見た瞬間、どくりと鼓動が跳ねた。しかし何故だか、その理由が鷹臣には分からない。

「こいつに会えばその意味も分かるか…」

そっと封書から取り出した経歴書に指先を滑らせ、鷹臣は無意識に甘い視線をその男に向けていた。



実は今、鷹臣は分からないことが分からない、そんな状態に陥っていた。
そしてその事実を知る人間は本人以外誰もいない。そんな稀有な状態にまで悪化していたのにはいくつか理由があった。生徒会仲間である書記の一人は時折首を傾げてそんな鷹臣を見ることもあるが、鷹臣が何らかの理由で記憶を失っていても、そんなことは些事であるかの如く鷹臣が常と変わらず学園生活を何ら支障も無く送っているせいでもあった。そのせいで誰一人鷹臣の異変には気付いていなかった。

まぁ、のちの本人曰く、名前や役職、自分が何処の誰であるかは自室に置いてあるものやクラスメイト、生徒会連中の会話でだいたい把握できたし。日常生活のことは覚えていた。だが、タイガーの事に関してはそもそも本人以外誰も知りようがないので教えようもなかったし、誰も知らなかったのだ。品行方正で大人しい生徒会長が夜の街を騒がせていた金髪に青目の不良、タイガーの正体であることも、タイガーもとい北條 鷹臣とウルフこと高杉 瑛貴が恋人同士であることも。本人達しか知らぬことであった。



だからこそ、何も覚えていなかった鷹臣は生徒会長として自ら編入生である三年の高杉 瑛貴を学園の正門まで迎えに出たのである。まさかその男が自分の恋人であるとは知らずに。

「高杉 瑛貴だな?ようこそ、七泉学園へ。俺は生徒会長の北條 鷹臣だ」

「……」

「まずは理事長室に案内する。ついて来い」

「……」

返事をしない相手を無視して鷹臣は言葉を続けた。そして、言葉は無いが後ろから感じる強い視線、不躾と言っても間違いはない強い視線にとりあえず相手が自分について来ている事を感じつつ鷹臣は歩き出した。

何をそんなに見ているのか。

鷹臣は編入生の前を歩きつつ、背中に感じる視線にとくとくと僅かに鼓動を速めていた。

「その先の扉が理事長し…」

「なぁ、これは何の冗談だ、タイガー?」

大人しく後を着いて来ていた編入生、高杉 瑛貴に言葉を遮られる。と、同時に強い力で壁へと囲い込まれる。鋭く細められた赤い双眸が鷹臣を射抜くように接近してきた。

「お前が生徒会長?そんな柄じゃねぇだろ。それにこんな伊達眼鏡一つで俺を騙せると思ったのか?」

ぞくりとするほど低められた声音が鷹臣の鼓膜を揺さぶり、伊達眼鏡に瑛貴の指先がかかる。

「――っ」

ぶわりと一瞬で上がりかけた身体の体温が、頭の片隅に残っていた冷静な思考が、目の前の男は危険だと判断して反射で身体が動く。

「俺に触るな」

まず目の前にいた男から距離を取るべく、足払いをかけた。避けられる事は想定済みで、第二の対応として伊達眼鏡に伸ばされた男の腕を払う。素早く握った右拳で男の腹を突いた。

「っと…!あぶねぇな」

だがしかし、その拳も防がれ逆に右腕を掴まれてしまう。瑛貴は鷹臣の間合いから外れるどころか、逆に距離を詰めて鷹臣の間合いを潰してきた。

「おいおい、随分な挨拶じゃねぇか、タイガー。そんなに俺に会いたくなかったのか?」

こんなふざけた真似をと、鷹臣からの攻撃に目を見開いて驚いていた瑛貴だったが、そこで不意に言葉を途切れさせた。

「たい、がー…?」

音になるかならないかぐらいの小さな声が鷹臣の口から零れ落ちる。

それは困惑しているような、助けを求める迷子の子供のような声であった。

瑛貴の知るタイガー、瑛貴がその名を与える前のタイガーに近い。自分探しをしていた頃のタイガーを思い起こさせるその様子に瑛貴はそっと鷹臣の頬に手を伸ばす。今度は抵抗なく受け入れられた手に、瑛貴は静かに鷹臣と視線を合わせた。

じっと静かに交わる赤と漆黒の瞳。

「お前…、何があった?」

連絡の途切れた半年の間に。
何の感情も感じ取れない漆黒の瞳に瑛貴はただ一言そう問うた。

「あ……」

微かに揺らぎを見せた漆黒の瞳が瞬く。

胸の中がざわつき、知らず鷹臣の体温が上がっていく。この男の写真を見た時から何かが鷹臣の中で蠢いている。頬に触れる男の手に右手を重ねて鷹臣は口を開いた。

「お前は俺を知ってるのか?ーーお前は俺の何だ?」



***



さっさと用事を済ませてタイガーこと本名、北條 鷹臣とゆっくり話をする為に瑛貴は現在学生寮だという学園の敷地内にある大きな建物の中に移動していた。

生徒会と風紀会専用のフロアだという場所でエレベーターを降り、そのまま鷹臣の部屋へと案内される。その間も瑛貴は鷹臣の様子を観察していた。

部屋の鍵が外され、扉が開く。
背後を振り返った鷹臣の視線が瑛貴を真っ直ぐに見て、部屋へと上がる様に促す。

「入ってくれ。ここなら誰にも邪魔はされない」

「あぁ」

部屋へと入った瑛貴はそこで初めて鷹臣から自身の記憶の有無についての話を聞かされたのだった。

「目が覚めたら何も覚えてなかったと?スマホはどうしたんだ?」

瑛貴はまず自分の連絡先が入っているだろうスマホの存在を確認したが。鷹臣が席を立って戻ってきた時に手にしていたスマホを目にして、眉をしかめた。

「これのことか?」

「どうしてそうなったのかも、覚えてねぇわけか」

鷹臣の手に握られていたスマートフォンは傷だらけの上に画面は割れ、電源すら入らない有り様だった。これでは瑛貴の連絡先など分かるはずもない。

「こんなんでよく今までバレずにやってこれたな」

暗に記憶がない事に気付かない周囲を馬鹿にした様に言って失笑を零した瑛貴に対して鷹臣はただそこにある事実だけを口にする。

「気付いたお前が凄いんじゃないのか」

「はっ、気付かねぇわけねぇだろ。この俺が、お前の事で」

自信に満ちた眼差しで絡め取られた視線にとくりと鼓動が震える。
鷹臣はテーブルを間に挟んで正面に座る瑛貴をじっと見つめて、先程の質問を繰り返した。

「それで…お前は俺の何なんだ?」

俺自身よりも俺の事を理解している口振りで、お前の一挙手一投足で乱れるこの鼓動。この男は危険だと思うのに、それ以上に安堵している自分がいる。全てを打ち明けても問題ないと告げる心が、無防備にこの男の存在を受け入れていた。

鷹臣からの問いかけに瑛貴は座っていたソファから立ち上がると鷹臣の座るソファに移動してくる。人一人分の距離を開けて鷹臣の隣に座り直した瑛貴は、それはな…と秘密を囁くように甘く低い声音で鷹臣の意識を奪う。

そして、無警戒の鷹臣の首元に触れた。

「なにを…」

しゅるりと解かれたネクタイがソファの上に落とされる。ワイシャツの下から首に提げていた細い金属のチェーンが引き摺り出された。それは鷹臣が何の疑問も抱かずに習慣の様に身に着けていたネックレス。チェーンの先にはシルバーのシンプルな指輪が通されていた。そしてそれを確認して瑛貴は笑った。

「俺はお前の恋人だ」

記憶を失っても肌身離さず身に付けられている指輪に口付けを落とし、瑛貴はそのまま顔を上げると微かに驚きを見せている鷹臣に口付けた。

「んっ…!」

無防備すぎるその表情に、瑛貴は過去の鷹臣を思い出す。

まっさらで何色にも染まってなかった男。そいつにタイガーという名前を付けて、自分の色に染めたのがウルフである瑛貴だった。

忘れたならもう一度最初から始めればいい。欲しい物は必ず手に入れる。

瑛貴はそう口端だけで笑って鷹臣の吐息を奪う。舌先で唇を抉じ開け、中へと進入した。

「…ん…ン…ッ」

当然の口付けに驚き拳を握ったのは一瞬で、鷹臣のその後の反応は全て無意識であった。口腔へと入り込んできた舌に自ら舌先を触れ合わせると、水音を立てて更に深く奥へと誘い込む。ぴちゃりと音を立てて舌先を絡める。

「は…っ…ん…ぅ」

目元を赤らめ、触れ合うその感触を確かめるように心地良さげに瞳を細める。
自ら持ち上げた両腕を瑛貴の首の後ろに回し、空いていた隙間を埋める様に身体を密着させる。

その大胆な行動に瑛貴は己の中で燻っていた獣が頭を擡げるのを感じた。
記憶喪失だからと、話を聞いて、優しくしてやりたかったが。これはタイガーが悪いと瑛貴は相手に責任を押し付けて、甘く鷹臣の唇を噛む。

「ンっ…、は…ぁっ」

透明な糸を引いて離れていった唇に鷹臣も身体を熱くさせて、艶めいた視線を瑛貴に向ける。そして、どちらともなく熱い吐息を零す。

「頭が覚えてなくても、身体は覚えてるらしい」

「みたいだな」

鷹臣はこの目の前の男が己の恋人であるとその身を持って実感していた。

ならばもう迷うことは何もない。

鷹臣はソファから立ち上がると、瑛貴の腕を掴み、寝室の扉をくぐる。

「お前に触れられた時から身体が熱くて、自分が自分じゃないみたいだ」

火照って色づいた目元を隠すこともなく、自分の状態を素直に告げて来る鷹臣に瑛貴も包み隠さずその内心を告げる。

「半年も待たされたんだ。手加減は出来ねぇぞ」

「それは俺が悪いんだろ?」

「さぁ、そんなことはもうどっちでもいい。タイガー、いや、鷹臣。覚悟はいいな?」

どさりとベッドに仰向けに押し倒されて上から見下ろされる。ぐつぐつと熱くどろりとした甘さを滲ませる欲望を宿した赤い瞳が何一つ隠すことなく鷹臣に注がれる。

その苛烈すぎる熱を受けて喜びに震える心。何も感じなかった胸に迫る期待に、鼓動は早まり、鷹臣はこの時が来るのを待っていたのではと錯覚を覚える。自分を組敷く相手に鷹臣は自然と表情を綻ばせていた。

「お前相手に覚悟なんて必要ないだろ」

そう思ったからそう口にした。鷹臣はただそのまま何の心配もせず瑛貴にその身を預けたのだった。



***



しかし、それだけではまだ何が足りないというのか。
力強く暖かな温もりに包まれたまま、鷹臣はぼんやりと思考する。
心は満たされたはずなのに何故記憶の扉が開かないのか。

鷹臣は今まで感じたことのないもどかしさを抱き、瞳を揺らす。そして、そんな鷹臣の様子を敏感に感じ取った瑛貴が甘さを含んだ声音で囁く様に言う。

「何も焦ることはねぇさ。例え思い出せなくてもお前はお前だ。俺が覚えてる」

「瑛貴…」

記憶はなくとも瑛貴を見つめる眼差しの奥には揺らがぬ熱がある。この短時間のやり取りの中で鷹臣は自分自身よりも目の前の男へと信頼を寄せていた。

「大丈夫だ。何の問題もねぇ」

ふわりふわりと目元に落ちてきた唇が鷹臣を安心させるよう言う。だが、それがなおさら鷹臣の気持ちを焦らせる。

「俺は…、俺の事はそこまで気にしちゃいない」

「ん?」

「俺が知りたいのはお前の事だ。お前の事を思い出したい」

こんな俺に呆れることも怒ることもなく、こんなにも俺のこと想ってくれる奴なんて他には誰もいない。誰もいなかった。中身が空っぽな北條 鷹臣をどうしてこの男が選ぶに至ったのか。

そう鷹臣の言葉を耳にして瑛貴の唇が綻ぶ。

「ははっ、自分のことより俺のことか」

「おかしいか?」

「いいや、いいぜ。お前らしくて」

お前は自分の興味のあることにしか意識を向けない。それ以外の興味の無いことには意識すら向けない。
真っ直ぐに向けられた鷹臣の視線を絡めとり瑛貴は笑う。

「そうやってまた俺だけを見てろ」

「…あぁ」

素直に頷き返した鷹臣の吐息を奪って瑛貴はふと浮かんだ思い付きを口に出す。

「なんならタイガーの姿になってみるか?」

「タイガーの?」

「あぁ。形から入ってみるのも悪くねぇだろ」

鷹臣が思い出したいというなら協力は惜しまない。ただ、身体の方はまだ動かないだろうから少しベッドで休んでいろと言って瑛貴が先に一人ベッドから降りていく。

「どこ行くんだ?」

「タイガーになる為に必要な物の準備をしてくる。お前のことだ、たぶん必要な物は部屋の中にあるはずだ」

「そうか」

「あぁ。寂しくなったら呼べ」

ベッドの側で身を屈めた瑛貴が悪戯染みた笑みを浮かべて、鷹臣の額にキスを一つ落としていく。

「ん。早めに頼む」

それを受け入れて鷹臣も微かに頬を緩めてそう返した。



***



洗面所の棚の中に納められていた髪染めのスプレーと色付きのコンタクトレンズが入ったケース。クローゼットの中から瑛貴が選んだ服装を身に着け、鷹臣はじっと鏡の中に写る己の姿を見つめる。

黒色だった髪は瑛貴の手により金髪に染められ、少し手を加えられている。伊達眼鏡も外して、漆黒の瞳の上には鮮やかな青色のカラーコンタクト。首回りの開いたフード付きのパーカーの襟からは首にかけたシルバーのチェーンと瑛貴つけた赤い華が見える。すらりと伸びた長い足に、そっと後ろから熱の籠った声がかけられる。

「久しぶりだな、タイガー」

会いたかったぜ、と囁いた唇に耳朶を食まれる。

「ん…、ウルフと呼べばいいのか?」

「どっちでもいいぜ」

鏡に写る自分の姿に違和感を覚えることもなく、鷹臣は微かに高揚感だけを覚えた。これがあるべき姿なのか。
無意識に瞳の奥に喜色の色を宿した鷹臣に瑛貴は静かに笑う。

「タイガー姿のお前も抱きたい」

「それは構わないが、その前に少し体力を回復させてくれ」

瑛貴の率直過ぎる物言いに、一つも抵抗することなくそう返してきた鷹臣に瑛貴の方が驚きを露にする。

「構わねぇのか」

「何か問題があるのか?恋人なんだろ?」

ないなら食堂にでも行って、飯を食べようと続けた鷹臣に瑛貴は記憶を失ってもタイガーらしいと本日二度目の感想を抱く。そして、自分の事にはとんと頓着しない鷹臣のその行動が学園を混乱の渦に突き落とすとは欠片も想像していなかった。

「そうだな。見たところ食材もねぇし、今日は食いに行くか。食堂とやらがあるんだろ?」

「ある。いつも煩くて仕方ないが、作る手間を考えれば多少は我慢できる」

「次からは俺が作ってやる」

「料理も出来るのか?」

「お前の為ならなんだってしてやるぜ」

そんな会話を交わしながら二人は生徒会長である北條 鷹臣の自室を後にした。





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