-IF-もしもの世界-(学パロ:工藤×廉)


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第四回人気投票第一位獲得記念
Signalより工藤 貴宏×坂下 廉
設定:学パロ



自宅から高校へと向かう通学路の途中に小さな公園がある。そこで毎朝、俺は先輩と待ち合わせをしていた。

「おはよう、廉」

俺に気付いた先輩が口を開く。

「…おはよ」

きらきらと朝の陽射しを受けて鮮やかに映る金髪に、柔らかく細められた茶色の双眸。俺が着ているのと同じ黒の学ラン。その上着の前は閉じられておらず、下に着ているワイシャツが学ランの袷から覗いている。無駄な贅肉の無いすらりとした体格に、身長だって俺より高い。三年の工藤 貴宏先輩だ。
そして、一年である俺、坂下 廉が何故三年の先輩と一緒に登校しているのかというと―。

「廉。後ろの髪ハネてるぞ」

待ち合わせをしていた公園から並んで歩き出した途端、そっと後頭部に触れてきた指先にさらりと髪を梳かれる。

「えっ、うそ?ちゃんと見てきたのに」

くつりと笑って触れてきた指先の感触に俺は慌て出す。隣を歩くこの先輩、工藤先輩に三ヶ月前、好きだと告白されたのだ。それでそれから、お試しでも友達からでも構わないからとりあえず付き合ってみて、それから返事をして欲しいと言われて今に至るのだが…。

「あー…、本当だ」

俺は家を出る前に洗面所の鏡でおかしな所がないかちゃんと確認して出てきたつもりだったのに、どうやら見落としがあったようだ。ぴょこりと小さくハネた毛先が掌に触れた。

「まぁ、大丈夫だろ。そんな盛大にハネてるわけじゃねぇし」

「そりゃそうだけど」

じろりと隣で可笑しそうに笑う工藤を不満そうに見返す。
待ち合わせをしている公園にわざわざ足を運んで来ている工藤の方が絶対に朝は早いはずなのに。工藤の身だしなみはいつもしっかりとしている。俺のように髪をハネさせてくることも、乱して来ることもない。

不満そうな眼差しに気付いたのか俺と視線を合わせた工藤は微かに口元を緩ませたまま何も飾らない言葉で言った。

「俺はいつでもお前の前では格好良くいたいからな」

「な…っ、に言ってんだよ。バカじゃないの?」

不意打ち過ぎる回答にかっと頬が熱くなる。条件反射のように口を突いて出た悪態にも工藤は笑って堪えた様子もみせない。

「そうかもな。でも、お前はそのままでいいと思うぞ。十分、可愛いし」

「可愛いとか言うな!俺だっていつか工藤みたいに格好良いって言われるようになるんだからな!」

売り言葉に買い言葉的な勢いで言い返せば、工藤は微かに驚いた様な反応を見せた後、何故かふっと優しく笑って口を開いた。

「もちろん、お前が格好良いのも知ってるさ」



工藤が廉を見つけたのは、廉が高校へと入学してきて直ぐの頃の事だ。

廉が入学したての頃、上級生に絡まれている現場を目撃したのだ。何処の学校にもガラの悪い連中というのはいるのだ。その時、廉は自分の背後に同級生と思われる生徒達を庇って一人で上級生の相手をしていた。堂々と怯むこと無く、強い意志を感じさせる眼差しで。あっという間に自分達に絡んでいた上級生達を撃退してしまった。あまりにも危なそうであったら助けに入るかと考えていた工藤の前で。上級生達を撃退した廉はそのまま背後に庇っていた同級生達を振り返ると、彼らを安心させる様にふわりと花が開くように柔らかく笑ったのだ。凛とした眼差しで上級生と対峙していたのが嘘の様に優しく笑ったのだ。その落差に、凛とした眼差しに、柔らかなその笑顔に工藤は魅せられたのだ。



工藤はもう一度同じ言葉を繰り返すように言葉を繋げた。

「いつかじゃなくて、お前はちゃんと格好良いぜ」

「うっ…、今更言い直したって遅いんだからな」

嘘だ。口では言い返していたが、工藤にそう言われて嬉しくないわけがなかった。だって、工藤は男の俺から見ても普通に格好良かったし、学校でも工藤は男女、先輩後輩問わず人気がある。やっぱり格好良いのだ。

「そうか、許してくれないか。今日は購買に新作のアイスが入荷する日なんだが」

「え?」

何それ?聞いてないし、購買にそんなチラシが張り出されたなんて聞いてないぞ。

急に変わった話に俺は瞼を瞬かせる。

「情報源は秘密だが、特別に教えてもらったんだ。お菓子とかデザート系、好きだろ?」

工藤は三年生とあってか、一年の俺では知り得ない情報を持っていることが多々ある。その前は新作のキャラメルラテが購買に並んでいたとか。更にその前は有名なパン屋が昼休みに出張販売で来るとか、その他色々。主に食べ物系だけど。今の所、工藤の言う事に間違いはない。

「工藤…先輩」

二人並んで歩いているうちに高校の正門が見えて来る。ここまで来るとちらほらと同じ制服を身に着けた生徒達の姿も増えて来る。先程言った様に工藤は人気があるので、なるべく人目のある所では先輩呼びをしようと心掛けている。俺は変な間を開けつつも工藤を呼ぶ。工藤自身は呼び捨てでも、名前で呼んでくれても構わないというが…、名前呼びだけはどうしても恥ずかしく思えて今の所そう呼ぶ予定はない。

ん?と優しく向けられた眼差しに俺はおずおずと言葉を続けた。

「新作アイスってどんな感じの?」

「俺が聞いた話じゃチョコレートソースがたっぷりかかったバニラ系のパフェだとか聞いたな」

「パフェ…」

やがて二人はいつものように揃って正門をくぐり、昇降口の前で別れる。

「廉。昼休み、屋上に来いよ。デザート買っといてやるから」

「えっ、いいよ。俺、自分で買いに…」

「金は後でもらう。それならいいだろ?」

どうせ自分の昼飯を買うついでだと、言われてしまえば何も言えなくなる。俺の昼はだいたい自分で作ってきた弁当だし。購買に行く必要がないのだ。

「よし。決まりだな」

じゃぁ、また昼休みになと告げられ、くしゃりと流れる様な動作で頭をひと撫でされて、工藤は踵を返す。一年と三年の下駄箱は逆方向にあり、校舎の中も南側と北側で分かれているのだ。

「いつもながら工藤はズルいよ」

俺は工藤に撫でられた頭に触れて呟く。工藤から少し遅れて俺も一年の下駄箱に向かった。そして、そんな二人の光景を周囲が温かな目で見ていることに二人はまだ気付いていなかった。

三年の工藤の人気もさることながら、新一年生である廉もまた本人が知らぬだけで男女問わず人気を集めていた。その飾らない素直で人懐こい性格に誰彼分け隔てなく接してくれる優しい人柄に。生徒達は心を温かくしていた。



***



時間というのはあっという間に過ぎてしまう。
昼休み、俺は弁当箱の入った包みを片手に席を立つ。

「廉。工藤先輩によろしくなー」

「楽しんで来いよー」

工藤と一緒にお昼を食べることになる前までは一緒に昼を食べていたクラスメイト達から何故かそんな言葉をかけられつつ俺は教室を後にする。
向かう先は校舎の中央にある屋上だ。そこは誰でも利用できるわけではないらしいが、工藤は気にするなと言ってその内容を詳しくは教えてくれないのだ。ただフェンスに囲まれた屋上は天気が良ければ景色も良くて、遠くの山々まで見渡せる、気持ちの良い絶好のスポットなのだ。

俺は階段を上がり、自分の目線の高さより少し上にある磨り硝子の嵌められたちょっとばかり重たい鉄製の扉のノブを握る。ガチャリとノブを回して扉を外側に向けて押し開けば、視界いっぱいに広がる青空。少しだけ雲が出ているが暖かな日差しを遮るほどでもなく、そよりと緩やかに吹いた風が頬を撫でて心地良いぐらいだ。

「ん、遠足日和だな」

屋上に出て周囲を見回すも工藤はまだ来ていない様だった。

「購買、混んでるのかな?」

実のところ、高校に入学してから俺が自分で購買を利用した回数はそんなに多くない。とりあえず待ってようと直射日光を避けて、今しがた出てきた扉、屋上と校舎内を繋ぐ通路が作り出したコンクリートの四角い影の中に入って腰を下ろす。コンクリートの壁に背中を預けても、気温があるせいかひやりとはせずに日影でも十分暖かい。

弁当箱の入った包みをコンクリの上に下ろした所で、微かに階段の方から足音が聞こえてきた。屋上へと繋がる唯一の鉄扉をギィと鳴らして工藤が屋上へと足を踏み入れる。

「悪い。ちょっと遅くなった」

すぐに俺がいる場所に気付いて、工藤は購買で買ってきたのだろう白い手提げ袋を二つ、その手に提げて近付いて来た。

「俺も今来た所だし、そんな待ってないよ」

むしろ購買に寄って来て、早い方だと思う。

そうか?と少し疑った様子の工藤は俺の隣に腰を下ろす。お互いコンクリートの壁を背にして、横に並んで座る。
最初の頃は向き合って座っていたのだが、何だか途中から俺が工藤から向けられる視線が気になりだして、それから隣に座ってもらうようにしたのだ。こっちの方が落ち着くと言って。

隣に工藤が座ったのを何とはなしに目で追ってから俺は自分の弁当箱の包みを手に取る。布包みを解けば長方形で仕切り付きのなんてことはない普通の弁当箱が現れる。箸はまた別に箸ケースがあり、弁当箱と一緒に包みの中から取り出した。

「廉」

約束のものと言って、白い手提げ袋の片方を隣から差し出される。

「あっ、ありがとう!いくらだった?」

俺は弁当箱を一旦足の上に置き、差し出された袋を大事そうに受け取る。ガサガサと音を立てて袋の中を覗き込めば、そこには工藤が朝言った通りのアイスパフェが透明のプラスチック容器に納まっていた。ちゃんとアイス用の長いスプーンも入れられており、小さい保冷剤らしきものまで入っていた。

「って、保冷剤なんか購買でくれるの?」

そう不思議に思って聞けば工藤は何てことの無い様な顔で、もう片方の袋から自分の昼飯を取り出して言った。

「いや。特別に貰って来た」

それで少し遅くなったと工藤は続けて言ったが。

「そんな無理して貰ってこなくても良かったのに。どうせ昼休みの間に食べちゃうんだしさ」

「別に無理したわけじゃない。アイスはやっぱり冷えたものの方が美味いだろ」

そう思って勝手に貰って来ただけだと工藤は俺の言葉を流すように言う。

「そうだけど」

「ま、気にすんな。そんなことより、お前の所も今日のHRで球技大会の話されたか?」

工藤は購買で買ってきたおにぎりのラップを剥がしながら別の話題を振って来る。俺はアイスの入った袋を横に置いて、自分の弁当箱を開けながらその話に乗る。これ以上工藤は聞いてくれなさそうだし。言わせてくれないんだろうなと感じたから。そんなちょっぴり強引にも見える些細な優しさが胸の中に降り積もっていく。

「されたよ。男子はバスケかサッカー、バレーの三種目の中から一つ選んで参加するんだって」

ただし、その部活に入っている人は自分が入っている球技には参加できない。別の球技を選ぶようにって。

俺は唐揚げを箸で摘まみつつ、工藤の方を見る。

「工藤はもう決まったのか?」

「俺はバスケ。廉は?」

「俺はサッカー。足が速いからだって。関係あるのか?」

「残念だな。別々か」

バスケとバレーは体育館。サッカーはグラウンドだ。

「時間があったら見に行くか」

「いいよ、来なくても!工藤が来たらみんな落ち着かなさそうだし」

「…お前も?」

「っ、俺は別に。…時間があったら俺も体育館行くし。クラスの応援しに」

もそもそと今度は甘く焼いた玉子焼きに箸をつけて、ご飯を食べ進める。

「じゃぁ、俺もそれだな。クラスの奴らの応援しにグラウンドに行くかも知れないな」

「そう…」

工藤はそう言ってそれ以上は追及して来なかった。少しの間を空けてから最初のおにぎりを食べ終えた工藤は紙パックにストローを刺すと、喉を潤してから別のおにぎりの包装を破る。不思議と嫌な沈黙ではない。どきどきと早まった俺の鼓動を落ち着かせる為の心地良い間のような…。

「……」

箸を進める俺の弁当箱に視線を移して、工藤が沈黙を破る。

「なんか今日の弁当はまた一段と可愛らしいな」

「これは今日だけ特別」

がらりと変えられた空気に俺はちょっとだけ安心して、自分の弁当箱に視線を落として答える。続きの言葉を待つ工藤にタコの形に切られたウインナーを箸で摘まみ上げて、見せて言う。

「妹が今日、課外授業で遠足なんだ」

「へぇ、それで特別なのか」

「いつも一緒に作ってるから、俺のも同じになるんだ。甘い玉子焼きとか、からあげにベーコン巻きポテト。タコさんウインナーにハムとかチーズ、色々型抜きして作ったんだ」

なかには冷凍食品もあるけど、あとは食材の残りで出たものは俺の弁当箱に全部詰めて、妹の物には可愛いピックを刺しておいたり。

「今日は天気も良いし、喜んでるんじゃないか?」

「だといいけどな」

ふわりと笑った廉に工藤も双眸を緩め、朝の出来事を思い返す。もしやあの廉の寝ぐせは弁当作りに集中するあまり起こった見落としではないのだろうか。朝からの弁当作りも大変な仕事だ。廉が妹を大事にしているのは工藤も知っている。小学生の妹とは何回か廉を自宅まで送っていった時に工藤も会っていた。廉に似て素直で可愛いらしい子だった。

「廉」

「ん?」

そっと持ち上げられた手にくしゃくしゃと何故かいきなり頭を撫でられ、俺は目を丸くする。

「わっ!?いきなり何すんだよ?」

「んー…なんとなく、な」

「もう!ご飯食べてる時はやめろよ。危ないだろ」

文句を口にしつつも本人にまだ自覚がないだけで、その口元は小さく緩んでいた。

「そうだな。飯以外の時にしよう」

可笑しそうに笑った工藤は酷く優しい眼差しで俺を見ていた。

「うっ…だから、やめろよっ」

その眼差しが俺は酷く苦手なのだ。こっちが恥ずかしくなるような、どきどきと胸が苦しくなって顔が熱くなる。

弁当を食べ終えた俺は冷えたデザートで、その頬を冷ますようにスプーンを手に取った。



***



「廉?」

ふと右肩にかかった重みに隣を見れば、いつの間にか目を閉じて小さく寝息を立てる廉がいた。つい先ほどまでは購買で買ってきたアイスパフェを美味しそうに食べていたのだが。

「今日は特別朝が早かったらしいし、満腹になって眠くなったか」

しょうがねぇなと工藤は自分の肩にもたれかかってきた重みに瞳を細めて呟く。さらさらと指通りの良いその黒髪に触れる。

「授業中に寝るより、少し寝かしておいてやるか」

そう優しく呟きつつも安心しきった顔で眠る廉に複雑な感情が胸を過ぎる。

「でもちょっとぐらいは危機感を持ってくれよな」

俺はお前が好きだって言ったろ?

右肩に掛かる重みに、黒髪に触れていた指先を離し、その頭頂部に唇を近づける。

「俺に悪戯されても文句は言えねぇぞ」

「ん…」

微かに漏らされた寝息は何も知らず、酷く無防備で。
工藤は廉を起こさぬようにそっと身体の位置を動かすと廉の頭をあぐらをかいた足の上に乗せる。購買の袋と一緒に地面に置いていたスマートフォンを手に取るとよく眠っている廉の寝顔にスマホのレンズを向けた。

「起きちまうか?」

スマホの画面に廉の寝顔を収めて画面をタップする。

「う…ん…」

カシャッとなった音の後、廉は微かに反応をみせたが起きる気配はなく工藤は一人悪戯めいた笑みを零した。

「とりあえず、お前の寝顔はもらったぞ、廉」

そよりと吹いた風は暖かく優しく二人の頬を撫でる。
しばし、屋上は穏やかで心地の良い空気に包まれていた。



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