03
その後、
昨日ばらまいて駄目になった書類を作り直さなければならないと言うことで学校へ行かなくてはならなくなった、のだが…
「黒月君。京介はすぐ戻って来ますからその手離してもらえませんか?」
困ったように宗太がそう言って圭志に話しかける。
「すぐって何分だよ?」
圭志が京介の腕を掴んで離そうとしないのだ。
一人部屋で待っているというのが不安なのか瞳の奥がゆらゆらと不安定に揺れている。
「宗太、お前等は先行ってろ」
圭志の普段ならしない行動に京介は緩みそうになる表情を引き締めて、二人を部屋から追い出した。
「京介…」
不安そうに見上げてくる圭志の髪を梳き、京介は言う。
「ンな顔すんな。待ってるのが嫌なら一緒に来るか?」
「…行く」
圭志はちょっと考えてからはっきりとそう口にした。
制服に着替え、寮の部屋を出る。
京介が歩き始めるとその後ろを圭志がついてくる。
慣れないその感覚に京介は振り返り、圭志の腕を掴んだ。
「圭志、俺の隣歩け」
圭志は首を傾げ、頷き、京介の隣に並んだ。
そして、京介が掴んだ腕を離そうとすると逆に圭志が京介の袖を掴んだ。
「…置いてくなよ」
「俺は何処にもいかねぇよ」
ちらほらと周りに生徒達が現れだし、圭志の目にどう写ったのか、圭志は不安そうに揺れる瞳を京介に向けた。
それに京介はフッと笑い、袖を掴んでいた圭志の手をとった。
生徒会室までの道程を圭志は何の疑問も感じずそのまま京介と歩いた。
ガチャリ、と扉を開けば室内には静と宗太、今の圭志からしたら見知らぬ少年、皐月がいた。
「黒月先輩!大丈夫ですか?」
宗太から話を聞いたのか皐月が心配そうに駆け寄ってきた。
「えっと…」
「皐月だ。お前とは仲が良かった後輩」
圭志が困惑していると横から京介が説明してくれる。
「記憶が無いって本当なんですね…。でもっ、先輩には会長がいるから安心して下さい!」
皐月なりの励まし方に宗太と静が苦笑を浮かべた。
圭志も分からないながらも頷いた。
「あぁ、俺には京介がいるから」
その言葉にほっと安堵したのか皐月は表情を和らげると笑った。
「それなら良かったです」
それから各自席に着き、生徒会業務を始める。
と、言っても圭志がいる為京介は会長席に座らず応接室で作業を始めた。
圭志を隣に座らせ、真剣な表情で紙にペンを走らせる。
その姿を圭志はジッと見つめていた。
何で京介の側にいると安心するんだろ?
「どうした?」
ずっとそうしていれば京介が紙に視線を落としたまま聞いてくる。
「ん〜、何でもない。それより何か眠くなってきた…」
「寝ててもいいぜ」
紙から顔を上げた京介は目元を擦る圭志の頭に手をやり、自分の肩にもたれ掛けさせてやる。
しばらく睡魔と格闘していた圭志はとうとう睡魔に負けて瞼を落とした。
すぅすぅと聞こえてきた寝息に京介は手を止めると、自分にもたれ掛かって眠る圭志に視線を向けた。
無防備に眠る圭志にふっと笑みを溢して再び作業に戻った。
「うわぁ〜、ありえない。今の見たか、宗太」
「京介だって人間ですから笑うことぐらいあるでしょう」
「いや違うんだって。今のは…」
「黒月先輩だけに向けられる特別な笑顔ですねv」
それを目撃した三人は声量を落としてそんな会話を交わしていた。
「静、この書類職員室に届けて来い」
何とか出来上がった書類を京介は静を呼び寄せて渡す。
「はいはい」
書類を受け取りながら静はまだ寝ている圭志に視線をやった。
しかし、
「見るな。減る。さっさと行け」
京介に手で追い払われた。
「減るって何がだよ?確かに黒月の無防備な寝顔は貴重だよな」
カメラでも持ってくるか、と呟いた静に京介の眼差しが鋭さを増す。
「カメラを壊して欲しいのか?」
「…ん」
うるさかったのか、圭志が眉を寄せぼんやり目を開く。
「チッ、てめぇのせいで起きちまったじゃねぇか」
京介の肩に頭を乗せていた圭志は頭を持ち上げるとすぐ隣にいた京介を見上げた。
「…京介」
そして、存在を確かめる様に抱きついた。
人目も憚らず、と言ってもいるのは生徒会の人間だけだが、京介は抱きついてきた圭志の背に腕を回し抱き締め返してやる。
「圭志」
「…ん」
耳元で名前を呼んで、頬に唇を寄せる。
「京介…?」
抱き締めていた腕を片方解き、圭志の顎に添えると上向かせた。
「大丈夫だ」
フッと表情を緩めて、圭志の瞳に自分が写っているのを確認して京介は唇を重ねた。
「んっ…」
静はその様子に肩を竦めて、方向転換する。
「いつもとなんら変わらないねぇ」
「そうですね。皐月、もう帰りましょうか?」
「はっ、はい///」
記憶を失っても変わらないモノがある。
それは圭志にとって一番大切な――。
◇◆◇
後日。
何か、周りの生徒から向けられる視線が変わった。
特にコイツ、京介といる時。
圭志は隣を歩く京介をジッと見つめた。
「なんだ?」
「何でもねぇ」
視線を感じて圭志を見た京介はフッと口元を緩めた。
「手でも繋いで欲しいのか?」
「は?誰が繋ぐか…」
嫌そうに京介を見る圭志に京介はククッと肩を震わせて笑った。
「おい」
「いや、それでこそお前だな」
「何ワケのわかんねぇ事言ってんだ」
記憶喪失の間の出来事を圭志は覚えていなかった。
end.
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