Signal外伝:これから(隼人+悟)


DollからLarKとの同盟締結、その話がDollの傘下を含めた協力者達の間に浸透し始めた頃。Lark副総長である相沢 隼人は新しく同盟を結んだDollの副総長永原 悟と何度か顔を合わせていた。また、その顔合わせ場所はその時々で変わり、ファミレスであったり、ボーリング場、カフェやゲームセンター、公園と悟の都合に合わせた場所であったが…。さすがにここまで来ると隼人にもその妙な待ち合わせ場所の意味が分かってきた。

「意外と合理的な考え方するんだな、永原サンって」

今日の待ち合わせ場所に指定されていた駅前のロータリー。植えこみの前でにこやかな表情を浮かべた悟は隼人の第一声にその笑みを苦笑に変えた。

「やはり気付きましたか」

話は歩きながらしましょうと、二人は肩を並べて駅前から離れて行く。その姿を不特定多数の者達が何とはなしに視界に入れていた。
悟と肩を並べて歩く隼人はそのまま話を続ける。

「俺が今まで顔を出した場所はDollの手が入ってる所だろ」

もしくはDollに関連したチーム、人間達がいる場所だ。
その詳細までは隼人も知らないが、大まかな情報は隼人も持っている。
断言して投げられた視線に悟は頷き返す。

「合理的と言われればその通りですが、打ち合わせが必要だったのも本当です」

DollとLarkの間で新たに築かれた同盟。お互いの情報の擦り合わせやルール、今後のことなど。ただ、そこに悟がもう一つ意味を持たせただけだ。

「嘆かわしい事に何故かうちとLarkの同盟話を信じない人間もいますからね」

それで真実味を持たせる為に悟は自分が隼人と共に居る姿をわざと周囲の人間達に見せつける様な場所を選んで回っていた。そして、それを何故、総長である貴宏と廉さんに頼まないのかというと。

「あぁ…、あの噂。もう永原サンの耳にも入ってんのか」

「えぇ。貴方がたには不愉快でしょう」

廉さんは大丈夫ですか?と心配気に続いた言葉に隼人は肩を竦めて答える。

「廉は噂話には疎いからな。知らないだろうし、知ってたとしても気にはしないだろ」

廉は自分の見たものを信じるタチだ。噂話には惑わされない。

「むしろ、廉より周りの連中だ。仲間の方が怒ってる感じだな」

「隼人さんは?」

窺うように向けられた視線に隼人はあっけらかんと答える。

「俺も別に。外野は黙ってろって思うけど、それも時間の問題だろう?」

何かを見透かすかのように返された涼やかな眼差しに、伊達に廉さんを支えている副総長じゃないなと悟は歩きながら改めて実感する。

「その通りです。こっちは貴宏の耳に入れないようにするのに苦労してますよ」

DollとLarkの同盟。これは対等に結ばれた契約だというのに。誰が言い出したのか、どこで捻じ曲げられたのか、LarkがDollに降ったという出所不明の噂が同盟の話と混在して街の中に広がりつつあった。

「こんな話、怖ろしくて貴宏には言えませんよ」

「そんなにか?」

たしかに工藤サンはDollの頭を張るだけあって強いだろう。だからこそ逆にこんな噂話はくだらないと言って相手にしなさそうだけどな。そう零した隼人に、悟は首を横に振る。

「たしかに貴宏は気にしませんよ。貴宏が気にするのは、そのバカみたいな噂を聞いた廉さんがどう思うのか。そっちを心配して動く可能性が」

「あぁ…」

話ながら駅前から離れた隼人は悟が歩くままに、ビルとビルの間にある細い路地へと入って行く。そして、その道のりは以前、悟と待ち合わせをしたことのある小さな公園へと続いていた。

やがて、見えてきた公園には数人の少年の姿がある。
砂場に滑り台、ブランコにベンチと、公園としては設置されている遊具も少なくこぢんまりとした印象を与える場所だ。
その光景に隼人が口を開きかけて、隣から飛んできた鋭い声に先を制される。

「隼人。――今後はお前も俺と対等だ」

「―…いくら何でも説明がなさすぎるぜ。悟サン」

出所不明の噂話。悟の都合で変わる待ち合わせ場所に、改めて自分達の関係を示唆する言葉。一度足を運んだことのある公園に、もう一度足を踏み入れる理由。公園へと入った隼人は表面上、穏やかな表情を浮かべつつも笑っていない悟の横顔をちらりと見て問う。

「なんで分かった?」

噂の出所がこの目の前にいる連中だと。言葉にはせずに短く問えば、悟はほんの少しその双眸を鋭くさせてとぼけてみせた。

「何ででしょうね。ただ、俺が言えるのは、彼らは俺達の不興を買った。その一点で、シメるだけの理由にはなります」

物騒な会話を耳にした彼らは、自分達がしたこと全てが明るみになったと気付いたのだろう。悟に対して口々に不満をぶつけてきた。

「何で工藤さんは俺らより下のLark何かと手を結ぶんだよ!」

「おかしいだろ?」

「俺らの方がずっと工藤さんの力になってきたんだ!」

「ぽっとでの、それも仲良しこよしなんかしてるよわっちぃチームなんかに…!」

確かに彼らはDollの力になってきたのだろう。しかし、それも当然。彼らはDollの傘の下にいるチームだ。いわばDollの手足と言っても良いだろう。始めからLarkと立っている場所が違うのだ。
隼人は彼らの言い分を耳にして肩を竦める。

「工藤サンが人気者なのは分かった」

「どうします?隼人が気に入らなければ潰しても」

悟の口から出た重い処分に彼らはぎょっとして、悟を見る。

「嘘だろ?」

「冗談だよな?」

「たかが噂じゃねぇか」

そしてそこには嘘でも冗談でもなく真面目な顔をした悟がいた。

「そんな…」

「俺達はただ…」

Larkが気に入らなくて、羨ましくて。流した噂一つで、自分達がピンチに追い込まれる。そう同盟の話を軽く捉え過ぎていた。悟と隼人が二人で街に姿を見せた時にその間違いに気付くべきだった。

悟から振られた選択に隼人は迷う事無く返す。

「その必要はない」

きっぱりとそう言い切った隼人に彼らの視線が集まる。

「俺らに同情でもしてんのか?」

「ふざけんなよ」

嫌がらせをした相手に庇われたことに、戸惑いと疑念、ぶつけようのない怒りが隼人に向けられる。
しかし、隼人はそんな彼らを平然とした態度で見返すと、全てを受け止めて言う。

「そもそもが間違ってんだよ。同盟って格好つけて言った所で、うちの総長が望んでんのは上も下も無く、共に仲良くしましょうって事だけだ」

それなのに、たかが噂に踊らされて内輪揉めなんかしてみろ。それこそ本末転倒。馬鹿らしいだろ。それで一つのチームを潰すとか、うちにとってはいい迷惑だ。

何も言わずに隼人の話を聞く悟にちらりと一瞬視線を向けて、隼人は言葉を続ける。

「そんで、その甘さを行使するだけの力がうちにはある。お前らこそ、うちの総長を見た目や噂だけで判断すると痛い目に合うぜ」

これまでも何度か目にしたことのある光景だ。Larkだって伊達にNo.3の座についているわけじゃない。そう忠告した上で隼人はわざと相手を煽るような発言をした。

「あぁそれと、さっき、同情がどうとか言ってたけど、俺は同情する程お前らのチームのこと知らねぇから」

勘違いもほどほどにしておけ。

「なっ、てっめぇ!」

カッと怒りに顔を赤く染めた男が隼人に殴りかかってくる。
しかし、隼人はそうなることを知っていたかのように冷静に男の拳を避けると、勢い余ってたたらを踏んだ男の襟首を後ろから掴んだ。

「がっ…ぁ」

自然、背後から襟首を掴まれた男の身体は前のめりになり、一瞬首が絞まる。息苦しそうな声を上げた男を呆然と見ていた仲間達の方へぽいと投げ捨て、隼人はこの話を締めくくるように告げた。

「俺一人に勝てないようじゃ、廉にも届かないぜ」

まぁ、その点で言えばお前らの慕う工藤サンの目は間違っちゃいなかったというわけだ。同盟相手にLarkを選んだこと。

そこまで言えば、隼人が相手取っていた連中も何かしら思うことがあったのか、はっとした様な表情をみせた。

「そうですね。同盟を申し込んだ貴宏もそれを受け入れてくれた廉さんも良い決断をしてくれました」

最後のとどめを刺すように悟が同盟に至った経緯をぽろりと零す。
全ては彼らが尊敬し、憧れているDoll総長の意思だったのだ。
沈黙した男達を横目に隼人は悟に釘を刺す。

「うちが見逃すのは一回だけだからな」

次は無い。それがLarkというチームが許容できる範囲だ。

「構いません。その為に貴方に来てもらったのですから」

Dollにはない甘さ。悟の采配では一つのチームが消える事になる。その結果に貴宏は眉一つ動かさないだろうが、廉さんはそうじゃない。廉さんに気付かれずに全てを片付けることも出来たが、それでは目の前の男が納得しないだろう。最悪、信用を無くすことに繋がりかねない。DollとLarkはこれからなのだ。

悟はちらりと覗いた冷たい双眸を垣間見て、自分の危惧が正しかったことを実感する。隼人はそれを無意識にやっているのか、人当たりの良い温かさを宿した瞳を瞬かせる。

「それで、悟サン?この後の予定は?」

せっかく街に出て来て、これで解散もつまらないだろうと隼人からの誘いに悟は表情を和らげる。

「特に決めてないので、街の中をぶらぶらしますか」

隼人さんの希望があれば、それに従いますけど。

「じゃ、本屋に寄ってこうぜ。買いたい雑誌があるんだ」

「へぇ、何の雑誌ですか?」

「あ、その前に。悟サンも漫画とか読む?」

「読みますよ。修平が持ち込んだ漫画とか、結構皆で回し読みしたりとか」

「あー。それはうちもやってるな」

普通に何事も無かったかのように会話をしながら、二人は公園を後にする。

始めからそうであったかのように、名前で呼び合い、親しい友のように。とりあえずは一歩。縮まった距離にも違和感を覚えず、それが自然な流れであるかのように二人は肩を並べて街中へ歩みを進めた。



End.


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