昇降口から下駄箱の並ぶ生徒玄関を走り抜け、駆け足から段々と歩調を緩めて歩く。
荒くなった呼吸を宥めつつ背後を振り返り見たが、そこには誰の姿も無かった。

「はぁっ、くそ…っ!残ったのは俺一人か…」

堂島、虎野、神楽、祥太郎、結人。
堂島をリーダーに俺の仲間は全員で五人。
それが一人、また一人と…。何なんだ今日は。厄日か?それとも、占いとか超常現象とかこれっぽっちも信じちゃいないがこれは誰かの呪いか?
…とはいえ、最近買った恨みと言えば購買で人気No.1を誇る数量限定ドデカメンチカツバーガーを七個ほど買い占めたことぐらいだ。昼時の購買と食堂は戦争なので、それはそれで買ったもん勝ちだろ。
ちなみに七個だったのは柚木ちゃんの分も含めて堂島が頼んできたからだ。

「いや、今はそんなことより、この後どうすっかな…」

うろうろとまた校舎内を歩いていれば、授業免除の特権を持っている生徒会や風紀委員、教師などに見つかって捕まってしまう危険がある。
一番安全なのは寮の自室へ駆け込むことだが、その入り口には寮監がいる。
次に安全なのはこのまま大人しく、自分の教室へ戻って授業を受けることだが、正直ダルい。面倒臭い。何よりもこの時間、教壇に立って授業をしているだろう教師は、俺達を一方的に目の敵にしている節がある。

そりゃ授業をサボったり、喧嘩をしたり。ピアスを開けたり、制服を着崩したりと…色々褒められた行為をしていないのは自分でも自覚しているが、それでも一方的に目の敵にして攻撃してくるのはおかしいだろ。

「チッ……、胸くそ悪ぃな」

思い出して気分が悪くなる。自分一人だけならまだ慣れてるが。
動かしていた足を止め、踵を返す。
やはりここは寮監を突破してでも寮の自室へと帰ろう。
そこでバラけてしまった仲間達に連絡を入れて…と、考え事をしながら歩いていたのがいけなかったのか、ちょうど生徒玄関へと繋がる曲がり角で急に目の前に現れた人影ともろにぶつかる。

「うおっ!?」

「−−っと、…」

ばふっと鼻先が堅くて良い匂いのする何かに突っ込み、目の前が一瞬真っ暗になる。同時に、ぶつかった反動でたたらを踏んだ身体を腰に回された力強い腕に引かれた。

「すまない。大丈夫か?」

「え…はぁ、まぁ…?」

腰に回された力強い腕にパチリと瞬けば、目の前には真っ白なワイシャツと洒落たネクタイ。すぐ真上から落とされた深みのある落ち着いた声に、俺は驚きから抜けきらぬまま間の抜けた声を出す。

「そうか。君に怪我がなくてなによりだ」

「はぁ…。あっ、こっちこそスンマセンっす!」

ふわりと鼻腔を擽った香水の良い香りにハッと我に返って、俺は慌てて相手の胸元から顔を上げた。
すると思った以上に近くにあった端正な顔がふっと男臭く崩れる。

「いや、男は元気がある方が良い」

すっと通った鼻梁に、ゆるりと吊り上げられた唇。意思の強さが感じられる切れ長の漆黒の双眸は真っ直ぐに俺を捉え、清潔さを感じさせる短い黒髪が爽やかな香水の匂いと合わさって、凛とした雰囲気を醸し出していた。
着物や胴着が似合いそうな男だ。

「………」

その上、浮かべられた笑みはこちらが見惚れてしまうほど格好良く、何故かじわりと顔に血が昇る。

「どうかしたか?」

「っ、何でもないっす…」

二度も思考を奪われそうになって、慌てて男から目を反らす。どくりと速まった鼓動からも意識を反らすように、俺は腰に回されていた腕を離してもらった。

何かよく分からねぇが、ヤバかった…。
暑くなりつつあった顔を軽く横へと振り、着崩してワイシャツの下から覗いているネックレスに触れる。首に掛かっているこの細い鎖の先には小さなロケットペンダントがついている。

「ところで君はこれから何処に?」

「え…あっ−−」

不味い。今、その質問は。
この目の前の見知らぬ男が、教師か、誰かの兄か、保護者かは分からないが、馬鹿正直に授業をサボって彷徨いていたとは言えない。ましてや、その足で寮に帰ろうとしていた等とは…。
返答に窮していたのは僅か数秒で、男の方がまた口を開く。

「時間があるなら、少し私に付き合ってくれないか」

「え…?何処に?」

「職員室まで道案内をして欲しい」

「げっ…」

「何か不都合があるなら構わないが」

「や…、ないっす」

職員室なんて危険地帯じゃねぇか!とは、言えず…。サボりを追及されるよりかはマシかと思って、男を職員室まで案内することにした。職員室が見えたら、そこで勝手に案内を終了する予定だ。



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