檻(立浪×神楽)


腕を掴まれ、神楽が連れて来られた場所は神楽にとっては慣れ親しんだ社会科教諭準備室だった。
カーテンの開けられた窓から明るい陽射しが注ぎ、微かに立浪愛用の煙草の臭いが鼻腔を擽る。

室内に入って直ぐ、立浪は内側から準備室の鍵をかけた。
ガチャリと下りた鍵に、腕を掴まれていた神楽は背中を扉に押し付けられるようにして立浪の腕の中に囲われた。

「神楽。俺の言いたいことは分かってるな」

鋭い眼差しが至近距離から神楽を見下ろす。

「………」

「お前の行動を見張ってるわけじゃねぇが、堂島達とつるんでりゃ嫌でも耳に入ってくる」

扉に置かれた立浪の手が無言のまま見上げてくる神楽の頬に添えられる。
そっとその手は滑るように神楽は頬を撫で、頤に掛けられる。

「俺と言う恋人がいながら浮気か神楽?…良い度胸だな」

「…っ、それは、違う」

「どう違う?お前も一緒になって例の美人だとかいう新任の保健医を見に行ったんだろ?」

グッと顎を持ち上げられ、立浪の顔が近付けられる。真っ直ぐ射ぬくような鋭い眼差しと視線が絡まり、ゾクリと神楽の背筋に震えが走った。

「俺しか見れねぇように躾たつもりだったが甘かったか?」

鼻先に立浪の吐息がかかり、ぴくりと神楽の肩が揺れる。

「…違う。俺は余所見なんかしてない。…立浪しか見てない」

じわりと薄く目元を赤らめながら、神楽ははっきりと自分の想いを口にした。その様子に僅かに立浪の纏っていた気配が和らぐ。

「だったらお前のとるべき行動も分かってるな?」

頤に掛けられていた立浪の指先が薄く開いた神楽の下唇をゆっくりとなぞる。唇に触れる立浪の指先の感触に神楽はひくりと肩を震わせながら小さく一度頷き返した。

「っ…立浪…」

「違うだろ…康介(こうすけ)。二人の時は」

「た…隆秋(たかあき)…」

ふっと唇から離れた指先に、神楽 康介はそろりと瞼を下ろす。
僅かに踵を持ち上げ、恋人である立浪 隆秋の背中へと腕を回した。

そして、

「ん…っ…」

背を伸ばして立浪の唇に唇を押し宛てる。
触れて、離れて、また…唇を重ねる。

子供騙しのように何度も触れてくる唇に、神楽を囲っていた立浪の手が扉から離れる。

「教えただろ、康介。キスは…こうするもんだ」

背伸びをする神楽の背に立浪の片腕が回され、もう一方の手が神楽の後頭部を押さえる。
それまで触れ合わせていただけの唇が、角度を変えて深さを増す。

「んンっ…ん…ぁ…」

薄く開いていた唇から、ぬるりとした温かさを持つ立浪の舌が神楽の口内へと侵入してくる。上顎をなぞり、丁寧に歯列を愛撫し、戸惑ったように残る神楽の舌を絡めとる。

「ン…んンっ…ふっ…」

ざらざらとした感触に口内で舌が擦れ合い、瞼を閉ざした神楽の頬が赤く色付く。唾液を交わせばぴちゃりと水音が立ち、飲み込みきれなかった唾液が神楽の口端を伝って寛げられた首元へ落ちた。

「…は…っ…ぁ、ンぅ…」

キスの合間に唇を離せば、神楽の口から鼻にかかったような甘ったるい吐息が溢され、立浪の手が添えられた背中がびくびくと震えた。

「ん…ぁ、ふっ…」

くちゅりと絡めた舌を離せば、唇から垂れた透明な糸が離れても二人を繋ぐ。はぁっと悩ましげな吐息を溢してゆるりと神楽の瞼が持ち上げられた。

熱を帯びた眼差しが立浪を見上げ、濡れた唇が問う。

「これで…信じてくれたか、隆秋?」

立浪の背中に回されていた神楽の腕に僅かばかり力が込められた。
嘘は吐いてないと真っ直ぐに見返してくる神楽に立浪は口端を吊り上げる。

「まぁ…及第点だ」

「及第点…?」

「合格ラインぎりぎりって意味だ」

眉をしかめた神楽に立浪は言葉の意味を教えてやる。
すると神楽は不満だったのか立浪を睨み付けるようにして訊く。

「何でぎりぎり何だよ?俺は本当に余所見なんてしてないからな」

まだ疑われていると思って不快なのか、神楽は否定の言葉を重ねてきた。
身形は茶髪に、ピアス、だらしなく着崩した制服に校則違反と数えればキリがないが、そんな神楽が必死に誤解を解こうと言葉を重ねている姿が立浪から見れば可愛らしくて仕方がない。

神楽の後頭部を押さえていた手で、神楽の頭を撫でながら、立浪は吊り上げた唇で愉快そうにクツクツと笑い声を漏らした。

「別に信じてないわけじゃねぇ」

「だったらどうして」

「それはな…」

クッと低い笑い声を溢したまま、立浪はムッとする神楽に顔を近付ける。
そして、ちょんと啄むように濡れた神楽の唇に口付け、すぐに離れる。

「お前のキスが子供騙しだったからだ。俺があんなんで満足すると思うのか」

「………」

「ディープを期待してた分、俺の中でお前への評価が下がった」

分かったな、と黙り込んでしまった神楽へ立浪は言葉を落とす。
背中へと回していた腕を解き、立浪は神楽の身体を自分から引き離す。

「あぁ、それと康介」

「……?」

「言わなくても分かったと思うが、お前は例の新任の保健医にはぜってぇ近付くな。…いいな?」

ピリッと走った緊張感に立浪の警戒心の程が神楽にも伝わってくる。

「隆秋も会ったのか?」

キャスター付きの椅子を引いて腰を下ろした立浪は、神楽の姿を頭から靴の爪先まで眺めて、長い足を組む。

「朝の職員会議で顔を合わせたぐらいだ」

「俺はあまり見なかったけど…やっぱり美人だったのか?」

「――康介」

些細な疑問を神楽は投げたつもりだったが、立浪から返されたのは低い声と鋭い眼差し。
手招きされ、びくりと肩を揺らした神楽が椅子の直ぐ側へ寄れば、立浪に腕を掴まれ強く下へと引っ張られる。

僅かによろけた神楽はいつの間にか、下から立浪に襟首を掴まれていた。

「そんなに俺を怒らせたいか、なぁ康介」

「そんなつもりじゃ」

鼻先が触れそうな距離で神楽は立浪に射竦められる。

「お前は俺だけを見てりゃいい。他はいらねぇ。そうだな?」

「…っ」

「康介、返事は?」

「隆秋が…俺を望むなら、俺はずっと隆秋だけのものだ。俺が見るのも…隆秋だけ」

「良い答えだ。ちゃんと守れよ」

掴まれたままの襟首を引かれ、立浪の唇が優しく神楽に触れた。

あちこちを優しく愛撫するように撫でられ、それと同じぐらいあちこちに唇が落とされる。
口では何だかんだ言いながらも触れてくる立浪の指先は優しく、ぞわぞわと身体の奥から熱が引き摺り出される。
耳元へ流し込まれる立浪の低い声は神楽の心を震わせ、いとも容易く神楽の身体をぐずぐずに甘く溶かしていった。

「……どうした?」

授業の準備をする立浪の姿を、教材の置かれた棚の前にあった椅子に座りながら神楽はぼんやりと見つめる。

声をかけられたことにも気付かず、神楽は先程まで立浪に翻弄されていた身体を両腕でぎゅっと抱き締めた。
身体の奥に残る立浪の熱が神楽の口から甘い吐息を零れさせる。

「ふ…っ…」

心此処に在らずなその様子に、授業の準備を進めていた立浪が椅子から立ち上がる。カツ、コツと音を鳴らして、ぼぅっと自分を見つめ続ける神楽の前で足を止め、立浪は身を屈めて神楽に顔を近付けた。

「康介」

「……っ!?」

ハッと我に返った神楽は驚いた拍子にガタリと椅子を傾け、教材の棚に頭をぶつけそうになる。
それを寸でで立浪が押さえ、神楽を見下ろして口端を緩めた。

「足りなかったか?」

「え…」

「ずっと熱い眼差しで俺を見てただろ」

「え…っ!?」

カァッと神楽の頬に朱が走る。
無意識だったのか、どこか抜けてる神楽に立浪はクツリと笑い声を溢す。

「次に授業が入ってなけりゃ、あと二、三回は可愛がってやったんだがな」

「…っ、もう十分」

「そうか?」

立浪の愛撫は神楽の身体も心もどろどろに溶かしてしまう。
その余韻で、ぼんやりしていた神楽は立浪の言葉に首を横に振る。

すっと上体を起こし、離れた立浪は神楽のそんな状態に気付いているのかいないのか。
安堵の息を吐いた神楽に立浪は瞳を細めた。

「俺から離れられると思うなよ」

「――っ」

囁くように落とされた小さな声さえ神楽の身体は拾って、ぞくりと背筋に震えが走る。
立浪は室内に取り付けられた時計に目を向け、神楽の側から離れた。

「残念だが時間切れだ」

その言葉と同時にチャイムが鳴り出す。

「康介」

「………?」

「明日は休みだ。寮に外泊届けを出しておけ」

神楽の予定も聞かずに決められた予定に、神楽は文句も言わずに一言分かったと頷き返した。

そして社会科教諭準備室から出て、二人はそこで別れる。

「神楽、お仕置きされたくなきゃ悪さも程々にしておけ」

「立浪先生こそ、可愛い生徒に惑わされるなよ」

ふっと笑みを交わして、二人は背を向けそれぞれ廊下を歩き出した。



end.

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