明くんのファーストキス(静×明)


明が風紀副委員長に就任して二ヶ月が過ぎた。その間、まぁ色々とあったが今日まで何とかやってこれた。

風紀室で一人、安堵の息を吐いた明は今しがた処理し終えた書類を持って席を立つ。

「これを神城に渡せば終わりだな」

生徒会長の神城 京介は明にとっては未だ慣れない人物の一人だ。悪い奴ではなさそうだが何だか近寄りがたい。同じく会計の渡良瀬 宗太にも明は未だ慣れていなかった。

生徒会の中で唯一、明が名前で呼べるのは苦手とする副会長の佐久間 静だけ。

席を立った明は出来上がった書類を手に風紀室を出る。

今は授業中の為、廊下はシンと静まり返り、視線を気にしなくても良い。

元から顔も性格も良い明はそれなりに視線を集めていたが、それが風紀に就いた途端向けられていた視線の数が倍になっていた。

「別に俺は神城や渡良瀬みたいに顔が良いわけでもないのに」

だが、本人にその自覚は薄く、向けられる視線の意味を自分が風紀副委員長になったからだとただ単純に思っていた。

扉をノックして生徒会室に入れば中には京介の姿しかない。それもサボっているわけではなく、ちゃんと生徒会の仕事を処理している。

その姿を目にしてから明は京介への印象を少し良いものへと変えていた。

「神城、風紀の書類持ってきたんだけど…」

「少し待て」

「うん」

書面から顔を上げずに言った京介の言葉を大人しく聞き、明は待つ。
待っている間に各役員の机の上を見て明は眉を寄せた。

綺麗に整頓された二つの机。それとは対照的な机が一つ。

「書類が散らかってる…」

「ん、あぁ。静の机か」

一段落したのか顔を上げた京介も眉を寄せて整理整頓の言葉とは程遠い副会長席を見る。

手を差し出してきた京介に風紀の書類を渡し、用事が済んだことでホッとした明は次に言われた言葉に身を堅くした。

「そうだ。時間が空いたなら静を捕まえてきてくれ」

「えっ…俺が?」

「他に誰がいる。宗太の奴は授業優先だからな、今頼めるのはお前しかいねぇ」

「いや、でも…」

頼まれ事をするのは別に嫌ではない。
でもと、しどろもどろに言葉を濁すと京介は明の葛藤を断ち切るように話を進めた。

「この時間なら図書室あたりでサボってる可能性が高い。見つからなければ諦めて次の授業に出ろ」

「…うっ…はい」

京介の眼差しは有無を言わせず明を頷かせた。それでも、見つからなければ後は良いと付け足してくれたのがせめてもの情けか。

生徒会室に来た時より重くなった足取りで明は生徒会室を出て行った。







カラリと静かに図書室の扉を開け、明は頼まれた以上はと律儀に静を捜す。
授業中ということも相俟ってか生徒の姿は見当たらない。

唯一貸出しカウンターの中にいた司書に軽く会釈をして明は室内へと足を進めた。

一般的な学校の図書室と比べると九琉学園の図書室は大きくて広い。専門的な蔵書から幅広く集められた書物がぎっしりと書棚に並び、図書室というより図書館と言っても過言ではない情報量がそこには詰め込まれていた。

明は一つ一つ書棚の間を確認し、机や椅子の置かれた読書スペースも確認する。

「居ないなぁ」

きょろきょろと左右を見回し、本の積まれた机を見つけて足を向ける。

「静?」

しかし、そこに人の気配はない。

「どこに居るんだよ」

ため息を吐き、何となく明は積まれていた本を手に取った。

「ん?本…じゃなくて画集?」

積まれていた本は風景を撮った写真集だった。
背表紙を見ればどれも同じ名前が刻まれている。

これを見ていた人はこの写真集が気に入ったのだろうか。

「………」

綺麗な風景写真の表紙に惹かれて、パラリと明は頁を捲った。
目に飛び込んできたのは鮮やかな緑と青。

写真からでも伝わる緑の葉の瑞々しさと、木々の間から射し込むきらきらと輝く青。

写真集は全部で四冊。タイトルには四季と書かれており、一冊ごとに春夏秋冬と刻印されていた。

「………」

言葉もなく椅子を引き出した明はそこに腰を下ろし、惹かれるように写真集を捲っていた。

ぱらりぱらりと静かな時間が流れる。
正面の椅子を静かに引かれて、写真集の魅せる風景に浸っていた明はハッとして顔を上げた。

「それ、凄いだろ」

すると正面に座った静が明の広げている写真集を指差して柔らかく表情を崩す。

「――っ」

これまで見せてきた意地の悪い顔じゃない。本心から見せた優しい笑みに明は息を詰めた。

「俺も持ってるんだけどな。流石に家からは持って来れなかったぜ」

「……そう、なんだ」

じわりと意味もなく熱くなってきた頬を誤魔化すように写真集を閉じ、明は椅子から立ち上がる。
つられて視線を上げた静に明は居心地悪く感じながら口を開いた。

「神城が静を捕まえて来いって」

「それは残念だな。俺に会いたくて来たわけじゃないのか」

「なっ…何言ってんだよ!俺は別に、神城に頼まれたから仕方なく来ただけで…!〜 〜っ、帰る」

俺はちゃんと伝えたからなと、耳を赤く染めて背を向けた明に静は眼鏡のブリッジを指で押し上げ口許に弧を描いた。

「捕まえて来いって言われたんじゃないのか?このままだと俺は逃げるぞ」

「うっ…」

「ほら、今なら逃げないでおまけに手も繋いでやるぞ」

ちらと振り向いた明に静は緩く笑い、手を差し出す。

「〜〜っ」

葛藤の末、明は静の制服の袖を掴み、早足で歩き出した。

「お前って…」

「うるさいっ、早くしないと誰かに見られるだろ」

恥ずかしいと生徒会室につくまで無心で静を振り返らなかった明は静が言いかけた言葉を最後まで聞くことはなかった。

(お前っていちいち可愛いことするな)

それは聞かずに済んで良かったのか悪かったのか。明が知ることはなかった。



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