視線の先01(工藤×廉)


多くの人が行き交う雑踏の中。その中でチラリと見かけた背中が工藤のものだと、何故か分かってしまった。

「どこ行くんだろ?」

Dollのアジトでも無い、Larkの溜まり場がある方向でも無い。工藤の背中は横断歩道を渡り、大通りから反れていく。

そして、その後をつける怪しげな三人組。揃いのくすんだ色のフードから溢れる髪は脱色しすぎて痛んだオレンジ。茶色、金色。見るからに柄の悪い、不良と呼ばれる種類の人間だ。

先を歩く工藤は気付いているのかいないのか、のんびりとした歩みで脇道へと入っていってしまった。

「…気付いてるよな?」

何といってもあの工藤だし、でも…と不安になり眉が寄る。考えている間に向日葵へ向かうはずの足は止まり、俺は方向転換していた。

しかし、タイミング悪く点滅しだした信号が目の前で赤へと変わり、俺の不安を煽る。焦る気持ちを抑えて俺は信号が変わるのを待った。

「………」

工藤の腕を信用していないわけじゃないが、この目で確認しなければ何故か落ち着かない。信号が青に変わると同時に俺は横断歩道を走って渡った。

そして、工藤達の消えた脇道へと入る。

「…どこに行ったんだ?」

しかしながらそこにはもう工藤達の姿は無かった。
俺はなるべく気配を消し、奥へと延びる道へ慎重に足を進める。だが、その途中で道は左右へと分かれており、俺の足は自然とそこで止まった。

「どっちだ…?」

それともここで諦めるべきかと、思った時、右側の道からガラガラと何かが崩れる音がした。

「こっちか!」

俺は音のした方へ再び足を進め、何となく、物陰から工藤達のいるであろう路地を覗いた。




音の正体は、積み上げられていた空缶に不良が顔から突っ込んだ音らしかった。

工藤はそんな男のすぐ横に立ち、面倒臭そうな顔で残りの面々を眺めている。

「って、人数増えてる?」

俺が見た時は三人だったのに、今工藤を囲んでいるのは空缶に突っ込んだ男を含めて七人になっていた。

「それで?俺の首に幾ら懸かってるって?」

「十万だ」

「…安すぎねぇか?大体、その懸賞金は誰が出すんだ」

ジリジリと迫る輪に、工藤は気にした様子も見せず飄々と口を開く。

「ンなことてめぇが知る必要はねぇ!」

その態度が気に入らなかったのか、輪の中から一人の男が飛び出す。それを皮切りに、不良達は一斉に工藤に殴りかかった。

「っ、工藤!」

それを見た瞬間、物陰に隠れ見ていたことも忘れ俺は一歩踏み出す。
しかし、ちらりと投げられた視線に、加勢に入ろうとしていた俺はその場から動けなくなった。
変わりに、カァァッと体温が上がり、顔が火照る。

「何だよそれ…っ」

すと細められた眼差しは鋭く、ゆるく弧を描いた唇は視線が絡んだ瞬間、俺を安心させるように綻んだ。

振り上げられた拳をかわし、相打ちに持ち込む。手は出さず、相手の足を引っ掛け地面へと転がす。

工藤は不敵な笑みを浮かべたまま不良と対峙し、最後の最後は吸い込まれる様な蹴りを相手の腹へと叩き込み、空缶の山へと沈めた。

「帰ってお前等の頭に伝えろ。これ以上くだらない騒ぎを起こすならDollは容赦しない。次はお前の番だと」

足を下ろし、その場に背を向けた工藤は振り返ることなく俺に近付いてくる。簡単に敵に背を向けた工藤に俺ははらはらしたが、襲ってくる敵は一人もいなかった。

不良の転がる路地を抜け、大通りに戻ってくる。
俺の隣を歩く工藤は何事も無かったかの様に、いつもと変わらぬ調子で口を開いた。

「どうした廉?」

「…別に」

今になって何だか心配して損した様な気分になる。
それを知ってか知らずか工藤はふと頬を緩めた。

「ありがとな。助けに来てくれたんだろ?」

「っ、何で…」

「交差点で廉を見つけたからな。もしかしてと思って。違ったか?」

「…違わないけど」

工藤は俺に背を向けていた。気付く筈がない。

言葉尻を濁した俺に工藤はニィと悪戯っぽい笑みを浮かべ、右手を持ち上げる。軽く握られた右手の甲がコツリと額に当てられ、釣られて視線を上げた俺は次に言われた言葉に足を止めた。

「俺を見てただろ?」

「え?」

工藤の足も止まり、見下ろす視線と俺の目が合う。

「視線を感じて見た先にお前がいた」

「嘘…。だって工藤、振り返らなかったじゃんか」

「アイツ等につけられてるのは分かってたからな。振り返ってお前まで巻き込むのも不味いし、視界の端で確認した程度だからな」

それじゃぁ俺はわざわざ巻き込まれに行ったっていうのか?

「〜〜っ」

そう思うと何だか恥ずかしい。何やってるんだろう俺。顔が熱い…。

工藤の目から逃げるようにそっと視線を落とせば、額に触れた手が熱を持った頬に添えられる。指先がするりと輪郭をなぞり、ふっと吐息を溢した工藤は囁く様に柔らかな声音で告げた。

「俺は嬉しかったぜ。心配してくれて」

追いかけて来てくれたんだろ?

目元を淡く染めたままそろりと上げた視線の先には、からかうでもなく穏やかな眼差し、嬉しそうに表情を緩めて俺を見る工藤がいた。

それを見た瞬間きゅぅと胸が締め付けられる様な感覚に襲われ、俺はぎこちなく頷き返した。

「…ぅ…ん」

どきどきと鼓動が早まる。でも、それは決して嫌な感じではない。むしろ、もっと…

そっと頬に触れていた手が離れ、くしゃりと俺の頭を優しくひと撫でして下ろされる。

「それで、廉はこの後どっか行くのか?」

「ぁ…特に予定はないけど、向日葵に顔だそうかなって」

離れていく手に思わず溢れた声。かっと赤くなった顔を隠すように慌てて顔を前に戻し、俺は止めていた歩みを再開させた。また、同じ様に並んで歩き出した工藤は俺の返事を聞いて何だか少し考え込んだ様だった。

「工藤?」

「それなら俺に付き合ってくれないか?」

「いいけど、どっか行きたい所でもあるのか?」

先に言った様に今日は一日暇だし、工藤に付き合うのも悪くない。

深く考えず応えた俺に工藤は頷き、笑う。

「あぁ。お前と一緒に行きたい所は沢山ある」

「え…」

「付き合ってくれるんだろ廉?」

離されたと思った工藤の手が俺の左手を掬う。
やんわりと指を絡められ、先を促す様に軽く手を引かれた。

「…うん」

「それじゃ行くか。ここだと邪魔が入るかもしれねぇから今日は二駅先まで。…ところで廉、動物は好きか?」

「好き、だけど」

「なら決まりだな。動物園に行こう」

さりげなく、周囲の視線から守る様に繋がれた手は工藤の体に隠され、駅へと向かう。
不自然さを感じさせない自然な行為に、俺は繋いだ手を離すことが出来なかった。

「工藤」

「ん?」

「俺、動物園なんて久し振りだよ。…楽しみだな」

掌から伝わる優しいぬくもりに笑みが溢れる。
それを受けて工藤もまた穏やかな笑みを返した。



end.

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