02 (静×明)
一人分空けて座ったソファの端。まるで自室の様にカサリと新聞を広げ、コーヒーを片手に寛ぐ静。
突っ込むところは多々あるが、明は無視を決め込んだ。
「………」
「………」
しかし、気になるものは気になってしまい、明はちらちらと澄ました顔でコーヒーを啜る静を見てしまう。
「…っ、ぶは…っくくく」
「なっ、何だよいきなり!」
バサリと本当は読み終えていた新聞を畳み、静は一人分離れて座る明を見やった。
「気になるなら素直に隣に来いよ」
ぽんぽんとソファを叩いて促す静に明は往生際悪くソッポを向くことで否定する。
「別に気になってないし、何で俺の部屋にいるんだよ?」
「矛盾してるな。答えて欲しかったら隣座れよ」
「嫌だ」
「可愛くねぇなぁ」
可愛くなくて結構と俯いた明に、静はソファから立ち上がり、自分からその距離を縮めた。
「まだ恥ずかしいのか?」
明の隣に腰を下ろし、俯いてしまった明の顔を上げさせる。その顔を見て静は口端を吊り上げた。
「まぁ、これはこれで良いけどな」
近付いた距離に赤く染まった頬。恥ずかしさからか睨むように見てきた明の瞳は薄く膜が張っている。
「早いとこ慣れろよ」
すっと目元に触れてきた指先を目で追い、明は小さく弱々しい声で応えた。
「無理…無理だって」
「じゃねぇと俺の理性がいつ切れるか」
「〜〜っ!」
本能的な危機を感じてか、ぱっと明が静から距離をとろうとする。だが、そんなこと静が許す筈もなく、逃げられる前に明の肩に腕を回した。
それだけでカチコチに固まってしまった明に、静はふと息を吐く。
「まだ何もしねぇから安心しろよ」
「…うん」
何をするでもなくただその言葉通りソファの上で静に抱き締められ、明は落ち着くどころか今度はそわそわと居心地悪そうに身じろぐ。
ちらりと静を見上げて時折何か言いたげに口を開くも結局は言葉にならず、口を閉ざす。
そんな明の様子にもちろん静は気付いていたが、腕の中におさまるぬくもりが離れていってしまうのが惜しくて、静は何も言わぬまま抱き締めていた腕にほん少し力を込めた。
「…明。俺にこうされるのは嫌か?」
「え…?」
硝子越しじゃない、静の眼差しに射抜かれとくりと鼓動が跳ねる。
いつも静がかけている伊達眼鏡は静が明の部屋へ訪れてからテーブルの上に放置されていた。
「嫌なら…」
「っ嫌じゃ…ない。ただ、どうしていいか分からなくて俺…」
続く静の言葉を遮り、どうしようもなくなって明は心情を吐露する。自然と小さくなった語尾に、耳まで赤く染まっていく。
「ほんと可愛いな。…嬉しいと思ったらその気持ちのまま俺の背に腕回せよ」
抱き締め返せと静は明の手を取り、背中に回させる。おずおずと静のシャツを掴む明に、静はなんともいえない表情を見せる。
「どうしてお前はそう…俺の理性を試してるのか?」
「はっ?なな、何言ってんだよ!」
シャツを掴んでいた手を離し、明は抱き締められたまま離れられるだけ、といってもほんの僅かだが、静から離れた。
そこへ、タイミングが良いのか悪いのか来客を知らせるチャイムが鳴る。
「あ…」
「俺が出るからお前はその赤くなった顔どうにかしとけ」
静に言われて頬に手を当てれば、伝わる熱。誰のせいで…と、明は玄関に向かう静の背を赤い顔のまま見つめた。
戻ってきた静の手には綺麗にラッピングされた正方形の箱。
明が口を開く前に、それが何であるか静が説明してくれた。
「皐月ちゃんから俺とお前に。普段世話になってるからって、中身はチョコらしい」
一緒にいた宗太に睨まれたぜと笑って続けた静に明は箱を受け取りながら首を傾げる。
「俺と静のって、箱は一つしかないだろ?」
「その辺皐月ちゃんは気が利いてるな」
ドサリと当たり前の様に明の隣に腰を下ろした静は、不思議そうに箱を見つめる明に言う。
「二人仲良く一緒にどうぞ、ってことだろ」
「そうなのか?」
「あぁ、開けてみろよ」
その性格からか、包装紙を破らず綺麗に剥がした明は、甘い匂いのする箱の蓋を開けた。
すると中には星形のチョコが四個、仕切りで分けられた中にちょこんと収まっていた。
「何だか可愛らしいチョコだな」
「そう?流らしくて良いじゃんか」
作り手を表すような可愛らしいチョコに明は笑みを溢す。
いただきますとチョコに手を伸ばした明の手に静は自分の手を重ね、明の摘まんだチョコを明の指ごと自分の口に運んだ。
「ちょっ…、静!」
ころりとチョコを舌の上に落とし、閉じた唇で明の指先に触れる。
口の中に広がる甘さと、唇に触れるぬくもりを味わいながら静はふと瞳を細めて、慌てる明を見つめた。
「こっちはいつ食べさせてもらえるんだか」
「〜〜っ!ち、チョコなら今食べただろ!それより手、離せ!」
「あんまり待たせるとどうなるか俺にも分からねぇからな」
微妙に噛み合わない会話。
愉しげに細められた瞳に、静が一体何を指してるのか、
「――っ」
…気付いてしまった明は目を見開き、言葉にならぬ声を漏らす。
その様子に、静は冗談だと、本気か嘘か分からない口調で囁き、掴んでいた明の手を離した。
静×明 end.
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