甘い一時を (宗太×皐月)


一日、一日、これといって特別な日で無くとも…。



自室の冷蔵庫から銀のトレイを引き出した皐月は、トレイの上にキチッと並べられた物を見てぱっと花が綻ぶ様に笑う。

「出来たっ!」

その内の一つを指で摘まみ、口の中に放り込んだ。

「ん〜、味良し!…宗太先輩喜んでくれるかな?」

綺麗に出来たハート型のチョコレートを見つめ、皐月は一つ年上の先輩を思う。
板チョコや流し型、トッピングなど纏めて買ってきた中からシンプルな箱と包装紙、カラフルなリボンを取り出した。

「えっと、ハートは宗太先輩で、丸いのが会長と黒月先輩。星形のが静先輩と明先輩っと…。他のは友達に…」

友達以外のチョコをきちんと包装し、別に分けて置く。

「先輩達、貰ってくれるかな?」

何もないのにいきなりチョコなんか渡されて、迷惑かな?

早くもテレビで今年のバレンタイン特集なるものをやっていて、つい勢いで作ってしまったけれど。

「これは感謝の気持ちだし…いらないって言われたら自分で食べよう」

包装した箱を手に、キッチンで少しぼぅとしていれば、ピンポーンと来客を知らせる鐘が鳴る。

「あっ…宗太先輩かな?」

皐月は手にした箱をキッチンに置き、ぱたぱたと玄関に向かった。
そして、宗太に言われた言い付けを守って、ドアホンで来客者の顔を確認してから、玄関扉をあけた。

「宗太先輩!」

「お邪魔してもいいかな?」

「もちろんです」

優しく微笑んだ宗太に皐月は淡く頬を染めて宗太を自室に招き入れる。

「ん?何か甘い匂いが…」

「あ。先輩、実は…」

室内に漂うチョコの匂いに気付き、首を傾げた宗太の袖を控えめに引き、皐月はどきどきしながら口を開いた。
包装したばかりの箱をソファに座った宗太に手渡す。

「開けても?」

「はい」

しゅるりと解かれるリボンの色は赤。
皐月は宗太の前に立ったまま、そわそわと落ち着かなさげに視線を動かす。
箱の中から現れたのは小振りのハート型のチョコレート。宗太は軽く目を見張り、次には口許を緩めて、正面に立つ皐月を見上げた。

「凄く嬉しい。これは皐月の気持ちと思っても?」

「っ、はい。宗太先輩にあげるなら絶対にハートにしようって思って」

言いながらカァァっと赤く染まっていく皐月の頬に宗太は片手を伸ばす。さらりと、熱を持った頬に指を滑らせふっと眼差しを緩めて宗太は笑った。

「ありがとう。私も大好きですよ、皐月」

「僕も…宗太先輩が好きです…」

頬に添えられた宗太の手を両手で包み、皐月ははにかみながら返す。

「可愛い」

「わわっ!先輩、チョコが!」

包んだ手を引かれ、皐月は宗太の胸にダイブする。その際、宗太は手にしていた箱を然り気無くテーブルの上に置き、空いた手で胸元に倒れ込んできた皐月を腕の中に抱き締めた。

「〜〜っ、先輩」

恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに表情を崩した皐月の額に宗太は口付けを落とす。

「それで、私以外にもチョコレート作ったんでしょう?」

「えっ?何で…?僕まだ何も言ってないですよね?」

きょとんと不思議そうに見上げてくる皐月に、宗太は苦笑する。

「先程、私にはって言ったのでもしかしたらと思って。他に誰に作ったんですか?」

「会長と黒月先輩、静先輩と明先輩。それから友達に…。でも、ハート型は先輩にだけですから!」

ジッと瞳を覗き込む様に見つめられ、宗太は柔らかく笑い返す。

「うん、分かってますよ。それじゃぁ、渡せなくなる前に京介達に渡しに行きましょうか」

「…?はい。ちょっと準備してきます」

にっこりと満面の笑顔を浮かべて離れた皐月の背を見送り、宗太は小さく息を吐く。

「あんなに嬉しそうにしてる皐月に、さすがにダメとは言えませんよね…」

出来るなら、自分以外の人間にはあげないで欲しい。

複雑な心境のまま、宗太は皐月が戻ってくるのを待った。







何の偶然か、皐月と宗太が部屋を出た所で、ばったり圭志と遭遇する。

「おぅ、渡良瀬と皐月か。これからどっか行くのか?」

「いえ、皐月が貴方に用があると」

嫌なことはさっさと済ませてしまおうと宗太は皐月の背を軽く押す。

「俺に?」

「あの、これ、チョコレート作ったので。よければ疲れた時とかに会長と一緒に食べて下さい」

不思議そうにする圭志がちらりと宗太を見る。
それに宗太は気付かないふりで、不安そうに圭志が受けとるのを待つ皐月の頭を撫でた。

「じゃ、ありがたく貰っとくな」

「はい!」

チョコを受け取ってくれた圭志にそれは皐月は嬉しそうに笑う。それを無粋だと知りつつ遮り、宗太は先を促した。

「皐月、次に行きましょう」

「そうですね」

京介の部屋に入っていった圭志を見送り、皐月は明の部屋のインターホンを鳴らす。
そして待つこと無く開いた扉から何故か静が出てきたが皐月は頓着すること無く、チョコを渡した。

「皐月」

皐月の部屋へ帰ってきた宗太は、玄関扉が閉まると同時に皐月を背中から抱き締める。

「ぁ…っ、そ…た先輩」

甘い香りのする柔らかな髪に鼻先を埋め、まだ未成熟な細い首筋に唇を寄せる。

「皐月…私以外にあまり可愛いことをしないで下さい」

「っぁ…」

ちゅっとわざとリップ音を立てて白い肌に赤い華を咲かせる。小さく震えた体を優しく包み込み、赤く染まった耳元へ唇を寄せた。

「でないと優しく出来ませんよ?」

「ひゃ…んっ…、せんぱ…」

みじろいだ皐月に、体に回した腕の力を緩めてやれば、体を反転させた皐月が宗太に抱き着いてくる。潤んだ瞳が宗太を見上げ、ふわりと微笑んだ。

「僕が好きなのは宗太先輩だけです。だから…」

宗太を支えにグッと踵を上げた皐月は、拙いながら一生懸命宗太の唇にキスをした。

「…ふっ、貴方には敵わないですね」

離れていく唇を追って、重ねる。しっかりと背に回された腕を心地好く感じながら宗太は甘い笑みを一つ溢した。



宗太×皐月 end.

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