子孫組小話01
※夢主の名前は固定です。
〔子孫組:現代日常編〕
ヒュッ、と木刀を振り下ろし息を吐いて乱れた呼吸を整える。そして、木刀を肩に担ぎ、壁に掛けてあった手拭いを手に取って、流れる汗を拭った。
「ふぅ…」
まだ薄暗く、やっと陽が昇り始めた鍛練場には遊士以外誰も居ない。
「そろそろ戻るか」
木刀を元の場所に戻し、鍛練場を後にする。
シンと静かな、女中や警備の者はもう起きているだろうが、廊下を自室に向かってゆっくり歩く。
「遊士様、湯が沸いておりますので」
その途中、出会した彰吾に着替えと手拭い一式を手渡された。
「Thanks.お前はこれから畑か?」
野良着姿の彰吾は、はいと頷いた。
「近頃は天候に恵まれましたので育ちすぎる前に収穫しようかと」
「そりゃ良かった。朝餉、楽しみにしてるぜ」
トンと彰吾の胸を軽く叩いて、遊士は湯殿へ足を向けた。
彰吾はその後ろ姿を見送り、再び歩き出す。
白んできた空の下、手拭いを頭に巻き、野菜の成長と同じように伸びてきた雑草を抜いていく。
「おはようございます、片倉様」
「あぁ、おはよう。今日もよろしく頼みます」
城を空けることもあって、一人じゃ見きれない畑をこうして城下から町人が手伝いに来てくれる。
町人といつもの挨拶を交わし、彰吾は立ち上がる。
「あそこの一角にある野菜はもう収穫時だな。幾つか選んで持って行くと良い」
「ありがとうございます」
後の作業を彼らに任せ、彰吾は朝餉に使う食材を一つ一つ丁寧に籠に収穫していった。
瑞々しい野菜を使った彰吾手製の朝餉を終えた遊士は、自室に射し込む明るい光を、頬杖を付いて飽くことなく眺めていた。
「遊士様。本日の執務はこれだけです。今から始めれば昼前には終わるでしょう。そうしたら好きになさって構いませんよ」
それを彰吾が現実に引き戻す。
「All right」(分かった)
頬杖を止め、上体を起こした遊士は机の上の筆を手に取った。
「さっさと終わらせて遠駆けにでも行くか」
「はい」
彰吾は巻物の紐を解いて頷いた。
静かになった室内には、筆を走らせる音と紙を捲る音。外では鍛練をする兵達の声と、木刀を打ち合う乾いた音が響いていた。
「…彰吾。ちょっと休憩しねぇか?」
残り少しになった所で集中力の切れた遊士が筆を置く。
「そうですね。休憩にしましょうか。今、お茶を持って参ります」
「ん…」
疲れた顔一つせず立ち上がった彰吾は自らお茶を入れに部屋を出ていく。
「あ〜、疲れた…」
一人になった遊士は、腕を伸ばし、凝った肩を解すように腕を回すと自然な動作で懐に手を入れ、掴んだソレを天井に向かって放った。
カッと短い音を立て、刺さったのは短刀だった。
「で、何の用だ猿?」
遊士が視線も向けず聞くと、天井裏でガタリと音がして板が外された。
スタッと降り立った橙色の髪の忍は遊士が放った短刀を右手に持ち、溜め息を吐いた。
「あのね、何で毎回俺に向かって短刀投げるの?危ないでしょうが…」
「ah?ンなのお前が嫌いだからに決まってんだろ」
ようやく視線を合わせる気になったのか遊士が振り返る。
「そうはっきり言われると流石に俺も傷付くんだけどなぁ」
「勝手に傷付いてろ。んで、何の用だ猿」
猿じゃなくて俺には猿飛 明良って立派な名前があるんだけどなぁ、とぼやいてみたが見事にスルーされた。
明良はコホンと気を取り直し、用件を告げる。
「もう少ししたら真田の旦那が此処へ来るよ。俺は一足先にそれを知らせに…」
「またてめぇか猿飛!」
ガラッと勢い良く開いた障子に、向けられた殺気に明良は最後まで言葉を紡ぐ事が出来なかった。
「…やぁ。片倉の、旦那」
「遅かったな彰吾」
口元を引き吊らせ、それでも片手を上げておどけてみせる明良に、常と変わらない態度の遊士。
「新しく仕入れた茶菓子を用意して下りましたので。それで遊士様、猿飛に何もされてませんね?」
「大丈夫だ。用はもう済んだから好きにしていいぜ」
「御意」
ジリッと近付いた距離に命の危険を悟った明良は、んじゃまた後で!と言って一瞬で姿を消した。
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