02
しかし、いつまでもこのままにしておくわけにはいかない。得物こそないが、渦巻く熱気が異様な空気を帯び始めている。
はぁ、と深い溜め息を一つ落とした彰吾は仕方ないと呟き立ち上がる。
「政宗様、この場を少し汚すこと許して頂きたく存じます」
「どうするつもりだ?」
「お二人の熱を冷ます他ないでしょう」
「………OK.」
政宗の許可をもらった彰吾は熱を冷ますという言葉通り、さっそく井戸から水を汲む為に広間を出ていった。
「それでは私は湯殿の様子を見てきますので」
その直ぐ後、小十郎もそう言って彰吾に続く。
「あ〜…俺が思うに、最強は竜の右目かも知れねぇな」
一連のやり取りを黙って見ていた元親は政宗にだけ聞こえる様、小さく溢した。
「ちげぇねぇ。彰吾の奴すっかり小十郎に似てきちまったな」
「ククッ、そう言うわりに楽しそうじゃねぇか独眼竜」
「そう見えるか?」
「あぁ」
口では何だかんだと言いながら、誰もが楽しげに表情を緩めている。
それは言い合いを続ける遊士と陽菜も同じで、互いを認め合っているからこそ出来るやり取りであった。
が、それとこれとは話が別である。
ポタッ、ポタッと些か間の抜けた音が畳を叩く。
渦巻いていた熱気がしゅんと小さくなって、妙な空気を醸し出していた。
「…悪い」
「…ごめん」
ざわざわっと、どよめきが起こり、そこに居た全員の注目がただ一人に集まる。
「分かればよろしいのです」
左手に桶、右手に柄杓。流石に桶そのものを引っくり返すことはしなかったものの、二人の頭上に柄杓一杯分の水を撒いた彰吾はやんわりと言葉を発した。
「おいおい、いいのかよ。陽菜の奴は航海で水被るなんざ慣ちゃいるが、遊士の方は大丈夫なのか?彰吾も、相手は自分の主君だろぉが」
「ah-、大丈夫だろ。遊士も彰吾も主従以前に兄妹みてぇな関係らしいからな」
「ほぉ。けいまいね、兄妹…って、妹ぉ!?」
隣で出された大声に、政宗は盛大に眉をしかめ、元親を睨みつける。
「うるせぇよ、何驚いてんだてめぇは」
「いや、だってよ。遊士が妹って…」
「はぁ?例えだろ。遊士と彰吾に血の繋がりはねぇよ」
「そうじゃなくて!遊士が女って…嘘だろ?」
何か怖いことを聞いてしまった、と言うような顔をして聞いてくる元親に、それまで眉を寄せていた政宗は一転してニィと愉しげに口端を吊り上げた。
「嘘だと思うなら湯殿でも覗いて来たらどうだ」
「ばっ、馬鹿野郎!誰がそんな真似…!」
「hum、陽菜とは一緒に入らねぇのか?」
水を被った二人は小十郎の配慮で、湯殿へ行く為に広間を出て行った。
元親は政宗の台詞にこれでもかと目を見開き、ぎこちない声で聞き返す。
「独眼竜、アンタ…遊士と一緒に入ってんのか?」
「たまにな」
背中を流してもらってるだけだ、とはあえて言わずにおいた。
すると、みるみる顔を赤くしていく鬼がいる。
「………」
「―っ、顔赤いぜ。もう酔ったのか?」
政宗は出てきそうになる笑いを噛み殺し、話題を摩り替えた。
「あ…ぁ、そうかもな」
この手の話題は真田並みに免疫がねぇな。
空になった盃に酒を注いでやり、政宗は遊士にも教えておくかと子供染みた悪戯を思い付く。
「これ飲んだら今夜はお開きだな」
先程の彰吾の暴挙で静かになった場は、今は別の意味で静かになっていた。酔い潰れた者がごろごろと転がり、伊達、長曾我部関係なくごちゃっとしている。
「…そ、そうだな。俺も陽菜が戻ってきたら引き上げるとするか」
その後、遊士の性別について陽菜にこっそり尋ねる元親の姿が見られたとか。
end.
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