03


いつの間にか降りだした雨が音を奪った。

目の眩むような光が視界を塞ぎ…

そして、
気付けばココにいた。

柱に背を預け、雨の降る空を見上げて座る、藍色の着流しを着た青年。その手には見慣れた白い眼帯。

まさか、と慎は目を見開いた。

口からは無意識にその名が溢れ落ちる。

「……………政宗?」

小さな呟きを拾った青年がバッと勢い良く振り返る。その左目が驚きに見開かれた。

「……慎…?」

「「何でお前がココに…」」

続いた言葉はまったく同じ疑問を伴った台詞。

二人の間には沈黙が落ちた。

これは夢か…?
俺は自分に都合の良い夢を見ている?

蓋をしようとした箱の中身が溢れる。

慎はある筈の無い再会に唇を歪めた。

「…はっ、上等じゃねぇか」

それならそれで構わない。

慎はスッと足を踏み出すと柱に背を預け、こちらを見て微動だにしない政宗の前に膝を付く。

「お前には言ってやりたい事があったんだ」

「勝手に…消えやがって!俺がどれだけ探したと思ってんだ!一週間だぞ、一週間!」

前の俺なら、政宗と出会う前の俺なら、一人が寂しいなんて思わなかった。

それが当たり前だったし。

明かりの消えた家へ帰り、自分で電気をつける。ただいまも、お帰りも、必要なかった。

けど、お前が来てからただいまも、お帰りも、当たり前になってて…。

「どうしてくれんだよっ!返せよ俺の日常!」

いつまでも返ってこない返事を待つ自分がそこにはいた。

ぎりり、と掴んだその両肩は、夢なのに何故か温もりを伝えてきて。

睨み付けていれば政宗の手が伸びてくる。

左手が頬を滑り、肩に置いた右腕を右手で掴まれた。

そして、掴まれた右腕をグイといきなり強く引かれ、慎は政宗の胸に倒れ込む。

「―っ!?」

「Don't cry...」

気付けば目の前の政宗の像がジワリと滲んでいた。

「っ、泣いてねぇよ。…誰が泣くか」

胸元の大きく空いた着流しに顔を押し付け、震える声で否定する。

「慎」

一人、強がり続ける慎の頭を抱き、政宗は諦めかけた想いをもう一度拾うことに決めた。

そういえばコイツはこういう奴だった。

あの広い家に一人で住んでいて、
一度、寂しくないのか?と聞いたことがある。

けれど、慎は寂しくない。もう慣れた、と何でもない様に笑って見せた。

そうコイツは。慎は、寂しい癖に決して寂しいとは言わない。言えないんだ。

それを知りながら、不可抗力とはいえ一人にしてしまった。

「ンだよっ…」

慎の背に回した腕にほんの少し力を込め、政宗は慎の欲しがっていた言葉を口へと上らせた。

「Welcome home」

「――っ、…に…がお帰りだよっ」

握り締めた拳でドンと胸を強く叩かれる。

「お帰り慎」

「…おせぇんだよ…馬鹿。……っ…、ただい…ま…」

あの日交わせなかった言葉を今。







ようやく落ち着いた慎は、赤くなった目元を乱暴に拭い、政宗から離れる。

「落ち着いたか?」

穏やかに目の前で微笑む政宗に今更ながら羞恥を覚え、応える声は自然ぶっきらぼうになる。

「ンでお前がここにいるんだよ?」

「そりゃぁ、ここは俺の城だからな」

「はぁ?城?だって俺は家でお前の部屋の片付けを…」

と、周囲に視線を走らせ慎は言葉を途切れさせた。

家には無い長い渡り廊下に、何だか立派な庭。鹿威しが現実を突き付けるようにカコンと水を落とす。

慎は遅蒔きながらここが自分のいた世界ではないことを理解させられた。

「嘘だろ…」

「本当だ」

「じゃぁ…俺、これからどうしたら」

「ここに住めば良い。今度は俺がお前の面倒を見てやる」

そして、願わくばずっと…。

ふっと絡んだ視線はお互い、あの時伝えられなかった想いを写し。

慎が口を開く。

「政宗、俺…」

だが、その言葉は政宗の人差し指によって押し留められる。

「俺から言わせてくれ」

「………」

「あんなに後悔したのは初めてだ。慎、俺はお前のことが……」



続く言葉に迷いは無く。応える声にもまた迷いは見えず。…いつしか雨は上がり、雲間から光が射し込んでいた。



fin...

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