02
窓の外はどんよりとした曇り空。
気分も晴れないまま、慎は自室の隣の部屋の前に立つ。
ノブをゆっくりと回して、扉を開けた。
「………」
その部屋の中だけが、まるで時が止まってしまったように一週間前と何も変わらない。
椅子の背に無造作に掛けられた蒼いシャツも、シーツに寄った波打つ皺も。
テーブルの上に伏せられた読みかけの本も、床に置かれた雑誌も。
部屋の片隅で刀の鍔で作られた眼帯が、この部屋の主を主張していた。
「…置いてかれたのかお前」
眼帯を大事そうに拾い上げ、慎は瞳を細めてポツリと呟く。
ここにいる間、政宗には医療用の白い眼帯をしてもらっていた。
慎はその眼帯を胸ポケットにしまい、苦笑を溢す。
「俺と一緒だな」
そして空気の入れ換えをする為、窓を開けた。
「さてと、やるか…」
椅子に掛けてあったシャツを手に取り畳むと、持ってきた段ボールの中へとしまう。
クローゼットも開けて、ズボンやジャケット、コート、ワイシャツ、次々と段ボールの中に詰めていく。
(どうだ?似合うか?)
(ぼうっとして俺に見惚れたか?)
冗談混じりに交わされた言葉が脳裏を過る。
「…あぁ、そうだよ。俺はお前に見惚れてたんだ」
今だから言える。
居なくなってから気付かされた胸を占める想い。
ばさり、とベッドからシーツを外せば無機質な白いマットが姿を現す。
「…ははっ、全然ダメだな俺」
全てを白紙に戻すことなんてやっぱり出来なくて。
結局何一つ捨てる決心がつかなくて、慎は箱の中へと全てを閉じ込めた。
「…想うのは自由だよな?」
思い出に変わるその時まで。
手にした白い眼帯を眺め、思い出すのは遠く離れた彼の人物。
突然現れた自分を受け入れ、いつの間にか心の中にまでするりと入り込んでいた慎。
いつか来る別れを知りながら、いや…別れがあると知っていたからこそ、何も伝えなかった自分。
政宗は縁側に座り、柱に背を預けて唇を歪めた。
「後悔してんのか俺は?…ha、俺らしくねぇ」
ただ前を見据えてやって来た俺が過去を振り返るなんざ。
ぽつり、ぽつり、と降りだした雨を見上げ政宗は思う。
慎の隣は居心地が良すぎた。ぬるま湯の中にいるような安堵感。…平和な世を生きるお前と乱世の世を生きる俺じゃどっち道違いすぎる。
「これで良かったんだ。そうだろ」
お前は戦など知らず、その平和な世で幸せになれ。
この胸にすくう痛みもいつかは消える。
もう会うこともない、ソイツへ向けて最後の言葉を口に。
「お前のこと好きだったぜ、慎…」
ふっと口端を吊り上げ紡がれた言葉は平和の世と変わらぬ空へと消えた。
「……………政宗?」
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