01


明かりの消えた家。

慎は鍵を開け、中へと入っていく。

「ただいま…」

(お帰り、遅かったな)

玄関の脇にあるスイッチを押せば暗闇から一転、人工の光が慎を照らした。

冷えきったリビングに足を踏み入れ、教科書の詰まった鞄をソファーに投げる。

(Good timeing.ちょうど飯が出来たとこだぜ。手ぇ洗ってこいよ)

キッチンの明かりを付けて、備え付けの棚からガラスのコップを取り出した。

その時ふと、二つ並んだ蒼いカップを視界に入れ慎は直ぐに視線を反らす。

(買ってくれんのか?Thank you.大切にする)

「………」

無言でカップに水を注ぎ、喉を潤すと洗い桶にカップを沈めてキッチンを出た。

つけたばかりの電気を消し、鞄を拾うと自室へと引き上げた。

「はぁー…。何やってんだ俺…」

制服のままベッドに転がり、溜め息を吐くと、くしゃりと前髪を乱暴に掻き上げた。

本当、自分は何をやってるんだろうか。

「どうしちまったんだ俺…」

アイツは自分の世界へ帰れたのだ。喜びこそすれ何を落ち込むことがある。

壁を一枚挟み、アイツ用にと用意した、今はもう使われていない部屋の方を見つめる。

(Hey、慎。お前にゃそんな姿似合わねぇぜ)

ククッ、と人をからかうような笑みを浮かべ、人の心の中に土足で踏み込んできたアイツ。

その癖、自分の警戒心は強くて信じてもらうまでに三日はかかった。

一週間前には確かにそこに存在した人。

「うるせぇ、全部お前のせいだろうがっ――」

部屋の中に残された服や小物、三ヶ月で増えていったアイツの私物はまだ片付けられないままで。

「明日こそ片付けてやる」

何かと理由を付けて放置していたアイツの私物と自分の気持ち。

どちらもいい加減片付けなきゃならない。

「厄介なモノ残して消えやがって。恨むぜ、政宗」

もう知らないフリは出来そうになかった。







ふと、誰かに呼ばれたような気がして政宗は文机に落としていた視線を上げた。

「………?」

不思議に思い、周りに視線を巡らせるが、特に変わった事は何もない。

「如何致しました、政宗様?」

側にいるのは己の腹心だけ。

「…いや、何でもねぇ」

墨の滲んだ書面に視線を戻し、政宗は小さく溜め息を落とした。

あれから三日が過ぎた。

向こうの世界に跳ばされ、帰ってきてからどういうわけか一日も経っていなかった。

アイツは元気にしているだろうか?

時が経つに連れ、曖昧になっていく向こうで過ごした記憶。

俺は夢でも見ていたのか。

けれど、そう思おうにもこの胸にある想いがそれを否定する。

書面にポタリと落ちた墨が、波紋のようにじわじわと広がり、政宗を苛立たせた。

「Shit!」

グシャリとダメになった紙を握り潰し、筆を置く。

「一旦休憩に致しましょう。今、お茶を持って参ります」

側にいた小十郎が退出し、政宗はゴロリと畳の上に仰向けに転がった。

(ソファーで寝るなよ政宗。風邪引くぞ。ほら、起きろ)

見慣れた天井に右手を伸ばしても、その手に触れるものは何もない。

「…お前はまだ俺を覚えてるか、慎?」

ろくに別れの言葉も交わせないまま消えた俺の事を…。



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