怪異奇譚小話01
〔怪異奇譚:小話01〕
その夜、奇妙な事に天上に二つの月が浮かんでいた。
その翌日、青葉城の敷地内にある使われていない蔵付近で幽霊を見たという者が出た。
怖くて助けを求めてきた者達の為にもその真相を確かめようと、好奇心旺盛な城主が自ら調査に乗り出した。
後からその話を耳にした腹心の部下が城主の後を追った。
さて、ここからが怪異奇譚の始まりである。
◇◆◇
左目下には泣き黒子。普段は長い髪を後頭部で結い上げた、女顔の優男。
片倉小十郎景綱、通称景綱はビクリと体を震わせ布団から跳ね起きた。
「はぁー、はぁー…」
ドクドクと全力疾走した後の様に脈打つ鼓動に胸元を抑え、景綱は吐息と共に言葉を吐き出す。
「夢、か……」
見慣れた天井、布団、机、掛軸、襖、障子、と部屋の中をぐるりと見回し景綱は安堵した。
ほっと息を吐き、治まってきた鼓動に景綱は布団から起き出す。
「もう寝れそうにないな…」
布団を畳み、手早く着替えると障子を開けた。
外はまだ薄暗く天上には月が…
「う…そだ…。月が二つ。そんなはずっ…、それに今は夜明けのはず――」
景綱は先程まで見ていた夢を思い出す。
殿こと藤次郎政宗様が二人に、私と同じ存在の小十郎景綱が一人。
「殿っ!」
はっと何かに気付いた様に景綱は廊下を走り出した。
そして、声をかける間も惜しんで障子を開け放つ。
「殿っ!」
ずかずかと足音も荒く、藤次郎の寝所に足を踏み入れた景綱は、こんもりと膨らんでいる布団に声をかけた。
「殿っ!起きて下さい!」
「ah〜、ンだよ?うるせぇな。敵襲か?」
もそもそと布団から出ようとしない藤次郎に景綱は焦れた様に叫ぶ。
「違います!そもそも敵襲だったら今頃御陀仏ですよ!って、違う!いいから早く起きて下さい、殿!」
ガバリと、家臣としてあるまじき強行手段に出た景綱は藤次郎から布団をひっぺがした。
「っ!?てめぇ…」
漸く起きる気になったのか、上体を起こした藤次郎の腕を掴むと景綱は引っ張る。
「殿の話は後で聞きますから、早く!」
「おいっ…!」
「見て下さい、アレ!」
開け放ってあった障子を通り越し、廊下に出ると景綱は天上に浮かぶ二つの月を指差した。
しかし、
「あ?月がどうしたってんだよ」
「どうしたって、…可笑しいでしょう?月が二つなんて!」
騒ぐ景綱の横で藤次郎は呑気に欠伸をする始末。
「殿!真面目に…」
「聞いてる。それよりお前、他に可笑しいこと気付いてねぇのか?」
「は…?」
「お前がこんだけ騒いでんのに誰も出てこねぇ」
指摘された事実に景綱はギクリと体を強張らせる。
シンとした空間、虫の音一つしなかった。
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