act.1 新しい世界


腰辺りまである人工の黒髪をさらさらと風に靡かせ、朱を引いた唇を笑みの形に吊り上げた。

「何をそんなに殺気だってるの?任務は無事終了したでしょ」

薄水色のワイシャツに上下黒のスーツ。その上着に点々と散る濃い染み。

真哉は不思議そうに首を傾げ、目の前で殺気を撒き散らす男を見つめた。

「…仲間を殺す必要が何処にあった!」

キンッ、とナイフを懐から取り出した男の声に真哉は終えたばかりの任務を振り返る。

今回の任務は三人で潜入、ターゲットに接近し信用を得たのちそれとなく奴の持つ情報を引き出す。

そして、用が済めば即処分。

誤算はターゲットが偶然真哉達の正体に勘づき、人質をとられたことぐらいか。

「あぁ、あれ。…だって、ターゲットを消すのに邪魔だったから」

しかし、真哉にとって人質など無意味だった。

むしろ勝ち誇ったような顔して喚くターゲットに興味すら失せ、迷うことなく人質もろとも消した。

「お前はっ…!」

真哉の言葉に男はナイフで斬りかかる。

それをスィと優雅な動作で横に避け、真哉はつまらなそうに言った。

「任務に私情を持ち込むのは悪い癖だぜ」

嘲るように本来の姿をかいま見せた真哉は、切りかかってきた男の腕を掴むと自分方へと引き寄せ、男の腹部に右膝を埋めた。

「ガハッ―!!」

ミシッと、手加減もなく埋めた膝に手応えを感じる。苦しそうに顔を歪めた男の手からカラン、とナイフが滑り落ちた。

「っの野郎―!!」

そのまま地面に崩れ落ちるかと思った男は両足を踏ん張り、真哉の胸ぐらを掴むと力の限りフェンスへと押し付ける。

「――っ」

胸を圧迫され、背に隠した愛刀を抜いてやろうかと思ったその瞬間ガチッ、と耳ざわりな音が真哉の耳に届いた。

ふっと胸にかかっていた圧迫感が消え、目に痛いぐらいの青が視界一杯に広がる。

どんどん離れていく空に、自分は落ちたのだと冷静に理解した。

死ぬな。

ガシャーンと先に落ちたフェンスが地面とぶつかる音がする。

これはきっと助からねぇ。なんか呆気ねぇな。あーぁ、死ぬなら派手に、痕跡すら残さず消えるのが憧れだったんだけどな。

矛盾する考えを巡らせながら真哉は近付く地面をジッと見つめる。

「しょうがねぇか…」

ふっと息を吐き出し、恐怖を感じるどころか残念に思った。

そして、暗転――。



◇◆◇



「……?」

確実に死んだなと、死に様を残念に思った。そこまではハッキリと覚えている。

「…何処だここ?」

先程まで目にしていた光景とは百八十度違う。

空が、青くない。昼間だった筈がいつの間にか夜になっている。

場所も近代的なビル街では無く、古い町並みの…ここは薄暗い路地だった。

「何だ?」

そこへ、バタバタと近付く複数の足音と気配。

真哉は背に隠していた刀をスルリと取り出し、警戒を強めた。

直後、角を曲がって真哉のいる路地へ一人の男が飛び込んで来る。

時代錯誤の、この風景には似合いの、着物を着た男。

荒い息を吐き出し、右手には抜き身の刀。

真哉は妙だな、と眉を寄せた。



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