03
少しでも敵意を見せたら動こうと、警戒していた青藍は鴆の羽織に描かれた羽根の紋に目を止め、あっと声を漏らす。
「どうした?」
政宗が鴆から目を離さず聞けば青藍は落ち着いた声音で政宗に返した。
「私、その方に心当たりがあります。その羽根の紋、もしや貴方は薬鴆堂の方では?」
伺うように問われた鴆は政宗から青藍に視線を移し、頷く。
「そうだが、…俺を知ってるのか?」
「いえ、残念ながら私が知っているのは羽根の紋とお店の名だけでして。父は良く出入りしているようなのですが」
「ってことはアンタらはリクオの敵じゃねぇんだな」
薬鴆堂の、誰だか解らないが、常連客の身内だと分かって鴆は肩の力を抜いた。
それに伴い政宗も警戒を解き、口を開いた。
「青藍、薬鴆堂ってのは何だ?」
「妖怪向けの薬を調合、販売しているお店の事です。先程政宗様の怪我に使用した薬も薬鴆堂で父が買ってきて私に持たせてくれた物なんですよ?」
青藍の言葉で、鴆は先程の謎が解けたなとすっきりした気持ちになる。
「ah-、それは俺に使っても効果あるのか?」
妖怪向けと聞いて政宗はふと疑問に思った。
「大丈夫です。これは父が特別に作らせた物で、妖怪で無い私と政宗様専用の薬なんです」
ソッと取り出した小瓶を青藍は大事そうに見つめた。
妖怪じゃない、ね。
近くに来たことで二人が妖怪でない事に鴆は気付いていた。
妖怪にしては気が澄みすぎている。
「お嬢さん。悪ぃがその薬、少し見せて貰ってもいいかい?」
薬鴆堂で出す薬は全て鴆が処方している。それも自分が二人専用に作った薬ならば、一度見れば誰に売ったか思い出せるはず。
鴆は青藍から小瓶を受け取り、瓶の外装と中の薬を検分した。
「…これは確か、龍騎様に売った物だな」
龍騎とは青藍の父の名で、竜神だ。
それならば二人を取り巻く気が澄んでいるのも頷ける。
鴆は小瓶を青藍へと返し、態度を改める。
「龍騎様のご息女とは知らず失礼しました。俺は薬鴆堂の当主、鴆と申します」
「いいえ、こちらこそ私の父がお世話になっております。私は龍騎の娘、青藍」
そして、と青藍は政宗を鴆に紹介する。
「この方は私の夫、伊達 政宗様」
政宗の名を聞き、鴆は驚きに目を見開く。
「えっ…政宗公とは確か人ではありませんでしたか?」
纏う気配が人とはどこか違う。
鴆の言いたい事に気付いた政宗は、外していた右目の眼帯を青藍に付け直して貰い、鴆に向き直る。
すると次の瞬間には、鴆が感じていた政宗の気配が普通の人間のものに変化していた。
「こういう事だ。分かったか?」
「えぇ、まぁ。…その右目はどうやら特別な物の様で」
お互いに正体が分かった所で政宗は最初の質問に戻る。
「それでお前はこんな時間に何をしてたんだ?妖怪が活動するには大分早いだろ」
「えぇ、まぁ。朝にしか採れない薬草を採取しに来たんですよ」
そう言って鴆は脇に携えた竹の筒と篭を見せる。
「へぇ、主人自ら調達してるとはいい店なんだろうな」
「いやぁ、店としては嬉しい限りですが、組としては繁盛しすぎても困るってもんです」
苦笑して言う鴆からは、奴良組に対する愛情がうかがえた。
アイツも中々良い仲間を持ってるな。
「政宗様、そろそろ…」
控えめに声をかけてきた青藍に政宗は頷き返す。
「あぁ、早いとこ合流しねぇと残党がいないとも限らねぇしな」
話の見えない鴆は残党と言う言葉に首を傾げたものの、挨拶もそこそこに立ち去ろうとした二人を、会話から判断して急いでるのだろうと鴆はあえて聞き返さずに見送ろうとした。
しかし、その背は数歩離れた場所で止まり、鴆を振り返った。
「もしかしたらこの近くにまだ織田の残党がいるかも知れねぇ。お前も早く帰れよ」
「それでは、また。若様と桜華様にもよろしくお伝え下さい」
そう言い残して政宗と青藍は歩いて行ってしまう。
「ははっ、妖怪の俺に気を付けろだって?…変な奴もいるもんだな」
その場に残された鴆は、微かに口元を緩め笑った。
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