02
私が気付いた時には政宗様が目の前に居て、
頑なに手当てを拒む政宗に青藍はポツリと弱々しく溢した。
「何故、私を庇ったりしたのです?私のせいで負わなくても良いお怪我を…」
それまで聞く耳を持たず、黙々と進んでいた政宗は足を止める。
政宗の兜を胸に抱き、俯いてしまった青藍の肩に政宗は触れようとして、左手を汚す血に気付いて止めた。
その代わり、どこかぶっきらぼうに言葉を送る。
「庇うとかそんなんじゃねぇよ。気付いたら体が勝手に動いてたんだ」
お前は俺にとって絶対に失う事の出来ない存在。
「でしたらっ、私の願いを受け入れて下さい!私も貴方様が同じぐらい大切で、…心配なのです」
政宗を見上げる瞳は凛としていて力強く、けれどもそこには隠しきれない不安の色が見え隠れしていた。
「…OK.分かった。手当てしてから合流しよう。お前を泣かせたいわけじゃねぇ」
「政宗様」
青藍は表情を明るくし、政宗を倒木した木の幹に座らせた。
手にしていた兜を政宗に返し、刀で傷付けられた右肩の怪我を見る。
「血は止まって来ていますね」
青藍は懐から鳥の羽の描かれた小さな小瓶と布を取り出すと、瓶の蓋を開け、中の液体を布に染み込ませた。
「消毒しますので少し沁みますよ」
その布を優しく傷口へと青藍は押しあてた。
「あれは…俺ンとこの…」
二人から僅かに離れた場所で見ていた鴆は青藍の取り出した小瓶に描かれていた紋を目にして、驚く。
小瓶に描かれていた羽の紋。あれは薬鴆堂で鴆が処方した物だ。
また、薬鴆堂という名から分かるように鴆は医業を生業としていた。
「何だって人間が俺の所の薬を…」
端から見れば、鴆という青年は人間に見える。
しかし、その実態は人間では無く、鴆という字が表す様に鳥の妖だ。その羽を酒に浸せば、五臓六腑が爛れて死に至る――猛毒の羽を持つ鳥の妖だった。
傷の処置が終わり、裂いた布を政宗の右肩に巻き付けた青藍はふと感じた視線に瞳を細める。
「…政宗様、何者かが近くに」
「敵か?」
「いえ、敵意は感じられませんが…微量な妖気が」
小さく首を横に振った青藍に政宗は思案する。
「青藍、悪ぃが右目の眼帯を取ってくれねぇか」
「はい」
弱い妖なら政宗が行動を起こす前に、右目の持つ強い竜の気を感じて逃げていくだろう。
政宗の考えを読んだ青藍は頷いて政宗の眼帯に手を伸ばす。
しゅるりと解かれた眼帯の下から澄み渡った空を写し取ったかのように蒼い瞳が現れた。
そして、右目から溢れ出した神気が二人を護るように周囲に広がった。
急にふわりと周囲を満たす気が冷涼とした冷たさを帯び、鴆はゾクリと背筋を震わせた。
「本当に何者だアイツら…」
どうやらただの人間ではなさそうだと鴆は瞳を鋭く細め、その場から足を踏み出す。
鴆一派は先程の生業通り薬師一派。武闘派でないとはいえ、このシマを仕切る奴良組若頭とは義兄弟の盃を交わした仲、リクオを危ぶむ恐れのある者をおいそれと見逃すわけにはいかない。
いざとなりゃ、この毒羽根を浴びせりゃいい。
鴆は着物の袷に羽根があることを確認し、二人の前に姿を見せた。
「よぉ、何者だアンタら?奴良組のシマに何の用だ?」
逃げるどころか向かって来た相手は自分達とそう変わらない人の姿をし、つい最近耳にした覚えのある単語を口にする。
それに政宗は警戒を解かぬまま応えた。
「奴良組?ってことはお前奴良 リクオの仲間か。お前こそこんな所で何をしてる。妖怪の出る時間にゃほど遠いぜ」
逆に問い返された鴆は、得体の知れぬ男の口から出てきた名に驚く。
「…アンタ、リクオの知り合いか?」
「いや、奴とは一度顔を会わせたきりで知り合いってもんじゃねぇ」
「………」
会ったことはあるのかと、鴆は敵か味方か判断に迷った。
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