02
手分けして森の中を捜索すること二十分。
リクオはその間に、名も無き小さな妖怪と三度遭遇していた。
「清継くんの言う通り、確かにいるなぁ」
《ふっ、ここはおもしれぇ所だな》
いつから起きていたのか、夜の楽しげな声が己の内側から聞こえた。
「起きてたの夜?」
《あぁ。清継の演説あたりからな》
日々、清継で遊んでいる夜らしいといえばらしい。
ふぅ、と熱の籠った息を吐き出し、額に浮かんだ汗をタオルで拭う。
木々の隙間から射す陽射しは相変わらず強い。
《少し休んだらどうだ?》
「うん。そうする」
少しでも涼しそうな木の影に入り、腰を下ろそうとしたリクオは、そこから少し離れた場でガサガサと草木の揺れる音を聞きとめ、動きを止めた。
ガサガサと、音は次第にこちらに近付いて来ている。
《昼》
どこか警戒した様子の夜の声に、リクオも音のする方向に注意を払った。
そして、
ザザッと草木を揺らして一人の青年が飛び出してきた。
「あ…」
「え…?」
その青年はリクオがいた事に驚いたのか、薄茶の瞳を見開く。
だが、視線が絡んだのはほんの一瞬で、青年はそのまま又草木の繁る獣道へ飛び込み姿を消した。
「誰?今の…」
《おいっ、昼!まだ何か来るぞ!》
ザザザザザッと音を立て、青年の飛び出して来た方向から、今度はのっぺりとした顔の、見たこともない妖怪が飛び出して来て、リクオの前を横切る。
「待て〜…、人の子〜…」
ソイツはリクオに目もくれず青年を追うように真っ直ぐ駆け抜ける。
それもまた一瞬の出来事で、終いにはころころとした可笑しな物体がボールの様に目の前を飛んで行った。
「待て夏目!私を置いていくとは何事だ!」
「………」
さすがに慣れているとはいえリクオも夜も目の前で起きた非日常の一部に唖然とするしかなった。
「…ねぇ夜。あれ何?」
《…人と妖と…喋る猫か?》
「猫?狸じゃなくて?」
《…たぶん》
自信無さげな夜の返答を聞いてから、リクオはひとまず落ち着こうと、日陰に入って腰を下ろした。
「ふぅ…」
《大丈夫か昼?》
「うん。ちょっと驚いただけだから。でも何だったんだろうアレ」
青年は妖怪に追われていたように見えた。
それに…猫?狸?が“夏目”って。多分、青年の名前か何かだろう。
ん、と考え込み出したリクオに夜が話し掛ける。
《ここに居てもしょうがねぇ。一旦宿に戻ったらどうだ?倒れたら元も子もねぇぞ》
然り気無く心配してくれる夜に促されリクオは一度宿に戻ることにした。
その途中、セーラー服を来た女の子と擦れ違う。その手には何故か杖。
ジッと見すぎたのか視線が合い、リクオは慌ててペコリとお辞儀をして通り過ぎた。
「この辺じゃ何か妙な遊びが流行ってるのかな?」
《さぁな》
それからは誰かと会うこともなく、リクオは宿に戻った。
戻った先には清継と島以外の人が戻ってきていて。
「あ、奴良お帰り〜」
クーラーの下でひらひらと手を振る巻にリクオは苦笑する。
「清継くん達は?」
「まだ森の中で粘ってると思うよ」
「倒れなきゃいいけど」
麦茶をいれながら夏実が答え、カナが困ったように呟いた。
「そっか。島くんも大変だね」
部屋を横切り、襖を挟んで別室にいるつららの元に顔を出す。
「つらら、どう?少しは良くなった?」
「あっ、若。申し訳有りません。私護衛なのに…」
「良いって。大丈夫だから。つららは体調を治すことを第一に考えて」
やはり夏場は調子が良くないのか、つららは宿について早々体調を崩してしまった。
「僕は大丈夫だから」
先程の事は話さず、リクオはつららを安心させる様ににっこりと笑って話を切り上げた。
やがてお昼の時間になると清継と島も宿へと戻ってきた。
「は〜、生き返るっす」
島は麦茶をゴクゴクと飲み干し、息を吐く。
その後、昼食を食べながらの報告会となった。
リクオより先に戻ってきていた女性陣からはこれといって収穫は無く、リクオも首を横に振って何も見つからなかったと報告する。
さっきのアレは後でこっそり調べればいいよね?
《そうした方が懸命だな。清継が関わるとややこしくなりそうだ》
思ったことが通じたのか夜が応える。
しかし、収穫のなかった割りに清継の機嫌は上々で。何故かと思えば、
「僕は新たな情報を入手してきた!ここから少し行った所にお寺があってね、そこの田沼住職から話を伺ってきた」
自ら情報を手に入れていたからだった。こと情報収集の面において清継の能力、運は高い。
高いが、何故その能力と運が妖に通じないのかは永遠の謎となりつつある。
全員の注目が自分に集まったことを確認し、清継は得てきた情報を披露し始めた。
「田沼住職が言うにはやはりここには妖怪が存在するんじゃないかと言うことだった。住職自身、妖怪を見たことはないが、この森では度々不可思議な事が起こるらしい」
どうだい、真実味を帯びてきただろう?この森には確実に妖怪がいるんだ。
「それから何処かに祠があるらしい。例の白くて美しい獣の妖怪を封じたという。午後からはその祠探しをしようと思う!」
「えーっ、午後なんてさらに暑いじゃん」
「うんうん」
右手に箸を握ったまま張り切る清継に巻が嫌そうに声を上げ、夏実とカナが揃って頷くも、最後は清継の熱意に押しきられることとなる。
◇◆◇
午後から始まった祠探し。
リクオは一人、午前中捜索にあたっていた場所に再び足を運んでいた。
「えっと、確かこっちに逃げて行ったよね?」
《あぁ、気を付けろよ》
リクオは青年が走り去った方向に足を進める。
妖怪に追われていた彼なら何か知っているんじゃないかと思いつつ。
草木を掻き分けガサガサと。
弱まることの無い夏の陽射しがジリジリと照りつけ、額にはジンワリと汗が浮かぶ。
どれぐらい歩いたのか、誰にも行き当たること無く、リクオは舗装された道路に出てしまった。
「う〜ん」
《いねぇな》
森の中に戻る気も起きずそのまま舗装された道へと出て歩く。
首に巻いていたタオルで額の汗を拭い、歩きながら辺りを見回せば、七辻屋と幟の出ている店が目についた。
「何屋さんだろ?」
暑いし少し涼めるかな、と考え、リクオは七辻屋と幟の立つ店に足を向けた。
そして、ちょうどお店の前に立った時、中から人が出てきた。
「まったく、それ以上太っても知らないからな」
「なにおう!?私のこのきゅーとな姿にケチをつける気か!」
「あ……、居た」
思わぬ場所での再会に、つい声が溢れ落ちる。店の中から出てきた青年はリクオの間の抜けた声に腕の中に落としていた視線を上げた。
「え…?」
再び絡んだ視線の先で、青年がまた大きく目を見開く。
「む?知り合いか夏目?」
そこへ、聞き間違いでは無く、青年の腕の中に居た猫が言葉を発す。
「ばっ、先生!」
そのことに青年は慌て、顔色を青くして猫へと咎める様な視線を落とした。
「何だ、知り合いでは無いのか?」
どこまでもマイペースな猫に、最後は青年ががっかりとした様子で肩を落とす。
「え〜っと、ちょっと話を聞きたいんですけど大丈夫ですか?」
多分猫だと言っていた夜の観察眼は正しく、丸々とした猫と青年のやり取りが一区切りついたのを見計らってリクオは伺うように口を挟んだ。
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