第二夜、薬師と筆頭
まだ夜も明けない薄闇の中、薬鴆堂<やくぜんどう>と看板の掲げられた屋敷の庭にでかい顔の付いた牛車-朧車-が止まる。
「鴆様、朧車が到着いたしました」
「おぅ、今行く」
その声に屋敷の中から返事を返し、着流しに羽織を引っかけた姿で鴆は外へと出た。
その鴆の後ろから、ばたばたと音を立てて追いかけてくる者がある。
「鴆様!こんなに朝早くどこへいかれるのです!お体の調子もあまりよろしくないというのに!」
背後から飛ぶその声に鴆は朧車に足をかけ、振り返って言った。
「言ってなかったか?山に薬草取りに行ってくる。留守は頼んだぜ。…それと、お体の調子はいつもこんなもんだ」
さ、出してくれ。と、朧車に乗り込んだ鴆はマイペースに話を進める。
「ちょっ、鴆様ー!」
動き出した朧車の中で、うるさく叫ぶ番頭の声を聞きながら鴆は朧車が目的地に着くまで体を休めることにし、目を閉じた。
行き先は告げずとも毎度の事なので朧車は言われずとも鴆の目的地へと向けて一路進んだ。
それから暫くしてギシリと朧車が止まり、瞼を落としていた鴆は目を開ける。薬草を入れる為の竹の筒と籠を脇に抱え、鴆は朧車から降りた。
「よし。二時間後にまた拾いに来てくれ」
そう朧車に告げ、鴆は薬草の採取を始める。
ちょうど東の空からは陽が昇り始め、山全体が冷涼とした清々しい空気に包まれていた。
足りなくなった薬草や朝一番でしか採れない、珍しい薬草を竹の筒と籠にそれぞれ分けて入れていく。
「ん?」
これくらいかと、一旦休憩にするかと顔を上げた鴆は、風に乗り、微かに流れて来た血の匂いに眉を寄せた。
近くで戦でもしてんのか?それとも山賊の類いか。
どのみち自分には関係が無い。ただ、
「この辺も荒らされんのか」
最近はどこもかしこも戦、戦で血は流れ、地が汚され、酷い時には焼かれる。
それに伴って貴重な薬草が採れなくなるのは困る。
「ここいらは他と比べて薬草の宝庫なんだがなぁ」
鴆は竹の筒と籠を脇に抱え、そこから離れようと一歩足を踏み出しかけた。
「………!!」
「…………」
しかしその時、男女の言い合う声が鴆の背に届く。
「……チッ、仕方ねぇな」
鴆は踏み出しかけた足を止め舌打ちすると、言葉の通り仕方なさ気に声のする方へと足を向けた。
幾らか進んだ先に、蒼い戦装束を身に纏い、手甲の填められた左手で右肩を抑える青年と、同じく蒼い装束に身を包んだ女がいた。
共に腰には刀を帯びており、女は手は兜を持っている。
「ですから先に傷の手当てを!」
「No.合流するのが先だ。こんなもの掠り傷だ」
どうやら青年の右肩の怪我を巡って言い合いになっている様だった。
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