03
「政宗様」
濡れ縁に腰掛け、青藍の酌で月見酒を楽しんでいた政宗は、青藍の堅い声と鋭い眼差しに静かに一つ頷く。
「青藍」
寝る前で、右目の眼帯を外していた政宗は青藍の肩を自然に抱くと、己の胸に引き寄せ、青藍から懐刀を受け取った。
そして、灯りの届かない、暗い廊下の先を睨み付ける。
「そこにいるのは誰だ」
警戒も露に発されたその声に、リクオが笑った。
「ほぅ、俺に気付いたか」
対して、リクオの側にいた桜華は驚く。
気付かれた?リクオ様の畏<おそれ>が破られたというの?
畏とは妖の世界で様々な意味を持つ言葉で、この時の桜華の指す畏とはリクオの妖怪としての能力の事だ。
ここまで警備兵や女中、城の中の人間に姿を見られなかったのはリクオの-明鏡止水-という、…周囲から視認されなくなる能力<畏>が発動していたからである。
それが、たかが人間に破られた?
「リクオ様」
緊張を帯びた声で桜華はリクオの名を呼ぶ。
「大丈夫だ。桜華、お前は下がってろ」
スッと足を進め、灯りの届く場にリクオは姿を見せた。
「人間、…じゃねぇな。俺に何の用だ?」
「政宗様」
政宗は姿を現したリクオから、青藍を守るように立つ。
竜の娘である青藍は度々妖に狙われた事があった。
異様な気を纏う、暗闇から現れたリクオに政宗は手にした短刀の柄へと右手をかける。
「そう警戒すんな。俺達は別に戦いに来たわけじゃねぇ」
ジッとリクオは政宗を見つめ、なるほどと胸の内で納得する。
竜の右目は腹心にあらず。その言の葉は真実を示す、…か。
リクオの畏は破られたのではなく、初めから効かなかった。政宗の持つ竜の右目に畏は効かないのだ。
故にリクオに気付いたのは当然。
「戦いに来たわけじゃねぇ?なら何しに来た?」
人でない者が政宗を訪ねて来る時、それは必ず青藍へと繋がる。竜の力を我が物にしようとやって来るのだ。
リクオは政宗に守られている青藍へとチラリと視線を向け、政宗へと戻す。
そういう事か。独眼竜の正室は人ではなく竜の娘。
「俺はお前に用があって来たんだ、独眼竜」
「妖が俺に何の用だ」
「置行堀から羽織を受け取っただろう?アレはうちの奴の物でな、返して貰いに来た」
リクオの言葉に政宗と青藍は昼間に行き合った置行堀と、羽織の事を思い出した。
「青藍」
政宗は青藍を振り返り、黒い羽織を持ってくるよう言う。
「はい、ただ今」
自分の側から離れた青藍を気にしつつ、政宗はリクオに向き直った。
「羽織は返してやる。だが、その前にお前は誰だ?後ろにいる奴はお前の仲間か?」
政宗の鋭い眼差しを受け、桜華は堅い表情でリクオの羽織の裾を掴んだ。
「そうだな…名ぐらい名乗るか」
ふとリクオは口元に弧を描くと、羽織の裾を掴んでいる桜華を自分の隣に立たせ名乗った。
「俺は奴良組若頭ぬらりひょんの孫、奴良 リクオ。コイツは俺の恋人で半妖の桜華」
そこへ羽織を手に戻ってきた青藍が、リクオの名乗りを耳にして驚く。
「では、この羽織にかかれた文字はもしや畏の代紋…」
「知ってるのか青藍?」
「はっ、はい。父から聞いております。妖怪世界には畏の大紋を持つ妖怪一家がいると。名を奴良組。総大将はぬらりひょんという妖怪だとも」
政宗は青藍の話を聞きながら黒の羽織を受け取り、代わりに懐刀を青藍に返した。
「政宗様、よろしいので?」
「Ya.敵ならお前が俺から離れた隙に拐ってる」
まったく動く素振りすらなく、リクオは政宗と会話を交わしていたのだ。
そして、政宗は羽織を手にリクオの前に立つと、羽織をリクオに向けて差し出した。
「大事な物ならとられんな」
「そうだな。本人にそう伝えておくぜ」
どうして羽織を置行堀にとられたのか。それは元を正せばリクオに戻ってくるのだが、詳しく知らない政宗達に言う必要もなくリクオは無難な返しで答えた。
「ねぇ、リクオ様。政宗公は人じゃないの?それに…」
そんなリクオの裾を遠慮がちに引き、桜華が首を傾げた。
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