06
藤次郎の頭に布を被せ、その隣を景綱、後ろを政宗、先頭を小十郎が歩く。
ゆらゆらと手にした行灯の火が揺れ、障子に伸びた四人の影が不気味に揺れた。
「今夜は十六夜(いざよい)か」
昨晩見た月よりほんの少し欠けた月を見上げ、政宗が呟く。
「一つしか見えねぇな」
被せられた布を鬱陶しそうにしながら藤次郎も夜空を見上げた。
そこにあの不可思議な現象は存在しない。
「この先、足元暗いのでお気をつけ下さい」
小十郎の声を聞きながら、蔵の建ち並ぶ外へと足を踏み出す。
月明かりがあるとはいえ、蔵自身の影が落ちたそこは光が当たらない。
「小十郎殿。件(くだん)の蔵は右奥の蔵です」
「そうか」
先を歩いていた小十郎に並び、景綱が原因の蔵を示す。
そして四人はその蔵の前で足を止めた。
「特におかしな気配はしねぇな」
冷たい扉に触れて藤次郎は中の気配を探るように独眼を細める。
「殿!不用意に触れてはあぶのう御座います!ここは私が」
それを、何が起こるか分からない緊張感を孕んだ景綱が止めた。
景綱は藤次郎を自分の後ろに庇うと、倉の扉に掛けられた閂を外す。
「では、開けさせて頂きます」
「…気を付けろよ」
「Ya.」
小十郎も何が起こっても政宗を守れるように立ち、政宗も静かに頷く。
藤次郎も目だけで頷いて景綱への返事とした。
ギィと音を立て、開いた蔵の中は真っ暗で、景綱は手にした灯りで中を照らす。
目を凝らして蔵の中を見回すが特に変な物も、怪しい気配も何もない。
「…大丈夫そうですね」
ほっと息を吐いた景綱の後ろから藤次郎も中を覗き込み、きょろきょろと視線を走らせ確認する。
「待て、景。そこの隅で何か今光った。灯りだ」
「あ、はい」
藤次郎に言われて蔵の隅を照らせばそこには、
「手鏡だな」
灯りを反射してチカッと光った縁の赤い手鏡が落ちていた。
蔵の中に足を踏み入れた藤次郎は手鏡を拾うと、蔵の前で見ていた政宗に見せる。
「これに見覚えはねぇか?」
鏡の裏側は少し埃で薄汚れていたが、それも濡れた布で拭けば直ぐとれる程度でどちらかと言えばまだ新しい。
政宗は手鏡をジッと見つめ、眉を寄せる。
「知らねぇな。小十郎、お前知ってるか?」
「いえ、初めて見る物かと。…それと最後にこの蔵を開けたのは二年程前の事で、この様な新しい手鏡が出てくるのは些か不可解な事かと」
二年程前、それなら手鏡が綺麗なのは可笑しい。
四人の視線は藤次郎の持つ赤い手鏡に集まる。
「どういうことだ?」
ポツリと落とされた藤次郎の言葉に、手鏡は存在を主張するかの如く、空に浮かぶ十六夜をキラリと反射させ鈍く光った。
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