04
昼が倒れていたという辻へ向かってとりあえず昌浩は足を進める。
「そういえば昌浩くん昨日出仕がって言ってたけど僕に付き合ってて大丈夫なの?」
確か何処かへ出掛ける予定じゃなかったのかと昼が首を傾げれば昌浩は歯切れ悪く答えた。
「う〜ん、そのつもりだったんだけどね…なんか昨夜から家に大量の妖が押し寄せてきてて、まぁ家はじい様の結界が張ってあるから大丈夫なんだけど…原因を見つけてとっとと祓って来いってじい様が。だから今日は出仕は取り止めにしたんだ」
「そうなんだ…」
そういえば先程鎌を突き付けられた時も青龍が似たようなことを言っていた。
視線を地面に落とし、何やら考え込んだ昼に昌浩とその肩に乗った物の怪が視線を向ける。
「気付いてるか昌浩」
「うん、まぁ…」
まだ昼間だというのに何処からか妖気がこちらに向かって近付いて来ている。
昌浩が背後へ目配せすれば六合も微かに頷いて応えた。
「やはり原因はソイツだな」
ちらと物の怪の向けた視線の先にいた昼が不意に視線を上げる。昌浩の肩に乗って昼を見ていた物の怪の視線に気付いたのか、ぱちりと昼と物の怪の視線が合わさった。
「………」
何の混じり気もない昼の真っ直ぐな瞳。その瞳に宿る輝きがどこか昌浩と似ている気がして、物の怪はこれまで昼に向けていた視線をやや軟化させて口を開いた。
「お前、妖に狙われる心当たりは?」
ジッと、問い掛ける物の怪の夕焼け色の瞳が昼を見つめる。
真摯なその眼差しに、何と答えたらいいのか迷って、迷って、昼は静かな声で答えた。
「……ある、とも無いとも言い切れない」
「何かはあるんだな」
「…うん」
物の怪と昼の間で交わされた会話に昌浩が前を向いたまま口を挟む。
「俺達には言いにくい事かも知れないけど、現状を打破する為に出来るなら教えて欲しい」
周囲を気にする素振りを見せた昌浩達に、昼も自分達に向かって何か嫌な気配が迫っている事には気付いていた。
「…僕の」
出会って間もないのに、それなのに危険を承知で共に行動してくれる心優しい昌浩を、昌浩だからか、昼はこの短い時を信用して昌浩へ自身の事を話すことに決めた。
「僕のお祖母ちゃんが妖に狙われる位強い力を持った人だったんだ。多分その血を僕が受け継いでるから…」
「狙われてる?」
「そうだと思う」
「思うって、お前、いつもはどうしてるんだ?外に出た瞬間これなら、コイツん家みたく屋敷に結界でも張って籠ってるんだろ?御抱えの陰陽師とか…」
件の辻へと辿り着き、昌浩が足を止める。それに倣って昼も足を止めた。
「居ないよ。どっちかっていうと家は陰陽師の敵だから」
苦笑を浮かべて言った昼に昌浩がえっ?と驚いた様子で昼を見返す。さらりと事も無げに返された言葉には物の怪も一瞬虚を突かれた様な顔をした。
その中でただ一人沈黙を貫いていた六合が、一段と増した不穏な空気に警戒を強め、その場に姿を現す。
「どうやら話はここまでのようだ」
「――っ…ぅ」
「リクオくん!」
ぐにゃりと唐突に昼の視界が回り、いきなり圧し掛かった重たい空気に昼の膝が崩れる。地面に膝をつき、背筋を這い昇るぞわぞわとしたおぞましい気に昼の身体が小刻みに震えた。
「形代に入っているとはいえ、直に妖気を浴びてることに変わりない。昌浩、結界を張ってやれ」
「うん」
昌浩の唇から真言が紡がれ、昼の身に圧し掛かっていた気がふっと和らぐ。
「っは――…っ、りがと…」
「ううん。それより立てる?」
隙なく周囲に気を配りながら昌浩は聞く。それに昼は頷き返し、ふらふらと立ち上がった。
…間もなく、陽が翳る。
「もっくん、人がっ…!」
すぅと薄暗くなった通りから、歩いていた人の姿が消える。夕焼け色の瞳をすがめ、物の怪は冷静に告げた。
「違う。俺達が敵の空間に引き摺り込まれたんだ」
その場に緊張が走る。
周囲は帳が降りたかのように暗闇に包まれ、昌浩は咄嗟に暗視の術をかけると素早く昼を庇う体勢をとった。
昌浩の足元では物の怪が真っ直ぐに前を睨み付け、六合が周囲を警戒する。
その直後、四方八方から鳥や猿に似た形をした妖怪が昌浩達目掛けて襲いかかってきた。
「なっ…!」
その数の多さに昌浩が目を見開く。
「ぼさっとしてんな昌浩!」
一瞬あまりの数の多さに硬直した昌浩は物の怪の鋭い声に我に返ると素早く刀印を結んだ。六合は手にしていた銀槍を振るい、物の怪も襲い来る妖怪相手に緋色の闘気を立ち上らせると物の怪から人形へと姿を変える。
純白と夕焼け色の瞳をもっていた物の怪は深い紅色の髪と、切れ長の金の双眸に褐色の肌を持つ男へと。本性である十二神将騰蛇へと姿を変えた。
その様はどこか神々しく昼の目には神聖で綺麗なものに映った。
だが、そんな昼の心情など知らない物の怪こと騰蛇、紅蓮は妖怪と闘いながらも視界の端で捉えた昼が己を凝視している様子を違う意味で捉えた。
騰蛇は誰もが恐れる驚恐を司る凶将で、そこに存在するというだけで恐怖の対象となる。その身から零れ出る神気は十二神将一苛烈で、晴明と昌浩以外の人間には常に恐れられていた。
この子供もきっと自分を恐れるのだろうと、その事実から目を反らすように昼から視線を外し、紅蓮は眼前まで迫った妖怪を片腕に纏った炎で焼き払った。
「くそっ、コイツ等倒しても倒してもキリがない!…紅蓮!」
「任せろ」
昌浩に名を呼ばれ、向けられた視線の意味を感じ取った紅蓮は微かに口端を吊り上げ短く答えると一歩前へ足を踏み出す。そして、地獄の業火とも呼ばれる己の炎で周囲に群がる妖怪共を一掃した。
一時的に周囲が明るく照らされる。
「リクオくん大丈夫?」
昌浩は紅蓮に全幅の信頼を置いているのか、紅蓮に背を向けると身動き出来ないでいた昼に心配そうに声をかけてくる。
「ん…大丈夫。それより、何か…もっと大きな力が…」
昼は昌浩に頷き返しながら、一時的に明るくなった周囲へ首を巡らせた。
結界を張ってもらったことで身体にかかる負荷は消えたが、ひやりと背を滑り落ちる嫌な予感までは消えない。
大きな力と言われ昌浩も警戒を強める。するとソレは間を置かず闇の中から現れた。
全身を長く黒い毛に覆われた毛玉。大きさは成人男性ぐらいはあるか。その毛の隙間からぎょろぎょろと一つ目が覗き、横一文字に裂けた口が昼の姿を認めてにたりと禍々しく歪んだ。
“見ィ…ツケタ…”
ソレと目が合った瞬間、昼の身体からざぁっと血の気が引いていく。カタカタと震えだした己の身体を抱き締め昼は声を震わせた。
「…尭黒(ギョウコク)」
昼の異変にいち早く気付いた昌浩が声を上げる。
「リクオくん!」
そのすぐ側で六合が硬い声音で言う。
「奴の目を見るな」
肩に掛かっていた黒い霊布で昼と敵の視界を遮り、手にしていた銀槍を構え直した。
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