優しい物語−秋の番外編−


朝晩と肌を撫でる風が冷たくなり
茜空に蜻蛉が飛び始めた季節に
優しい物語は紡がれる―…



□優しい物語□



始まりは低く穏やかな声音から。

「明日明後日とたまたま休みが取れてね。どうだい、三人で少し遠出をしてみないかい?」

「まぁ、いいわねぇ。今の時期なら栗拾いなんか良いんじゃないかしら」

その声にぱっと明るく華やいだ声が返り、ダイニングの椅子に座っていた夏目は淹れ立てのお茶に口を付けそんな二人のやりとりを眺めていた。二人から溢れる優しい空気に触れて自然と夏目の表情も綻ぶ。

「それで良いかい、貴志」

そして不意にこちらへと向けられた穏やかな眼差しに夏目は困ったように曖昧に微笑んだ。

「でもせっかくの旅行なら塔子さんと二人で行った方が…」

「もう何言ってるの、貴志くん!せっかくの旅行だから家族三人で行きましょうって言ってるのよ。ねぇ、滋さん」

「そうだぞ。貴志が気を遣ってくれるのは嬉しいが、私達はお前と一緒に行きたいんだ」

無理にとは言わないがと続けられた言葉に、自然と夏目の口は動いていた。

「いえ、…行きたいです」

そう溢されたたった一言で塔子と滋は共に目元を和らげ、嬉しそうに笑った。

「そうか」

「はい。…俺、栗拾いなんて初めてです」

「あら、それなら私と一緒ね。私も栗拾いは初めてなのよ」

一緒に頑張りましょうねと張り切って言った塔子に滋がこらこらと苦笑して口を挟む。

「塔子。あまり貴志くんを困らせるものじゃないよ」

「だって…」

むぅと頬を膨らませた塔子に夏目はくすりと柔らかな笑みを溢して滋と向き合う。

「いえ、俺も今から凄く楽しみです」

そう告げた夏目の足元で、栗拾いと聞いてから上機嫌なニャンコがにゃん!とその存在を主張するように一声鳴いた。








「感謝しろよニャンコ先生」

二人はわざわざペット可の民宿をとってくれていたらしくて、ニャンコ先生は堂々と民宿の廊下を短い足を使ってちょこちょこと歩いていた。

頭上から降ってきた声にぴくりと片耳を反応させ、夏目を見上げるとニャンコ先生は瞳を細めた。

「それにしても相変わらずお前は甘えるのが下手くそだな。旅行に誘われて嬉しかったのならすぐ頷き返せば良いものを」

「悪かったな…ひねくれてて」

「まったくだ。危うく栗ご飯を食いそびれるところだった」

しれっと言い放ったニャンコ先生に夏目は半眼になり、豚になっても知らないぞと言い返す。

「なにぉう!」

「だって先生、俺と初めて会った時よりころころしてないか?」

「む…」

思い当たる節があるのか言葉を詰まらせたニャンコ先生に夏目は呆れた眼差しを落とした。
その視線を、少し上へ上げ、前へと移せば少し先を滋と塔子が仲良く並んで歩く姿が映る。

何を話しているのか顔を合わせくすくすと笑う塔子に、滋も穏やかな表情を見せて笑う。
何だか二人がいるだけでそこは優しい空気に包まれているみたいで、夏目はぼぅっと幸せそうな二人を見ていた。

「またお前は…」

その様子にニャンコ先生が何やら小さく呟く。

「ん?何か言ったか先生?」

「何でもない。それよりほら、塔子と滋が待ってるぞ」

「え?」

いつの間にか、民宿の一室の前で足を止めた二人が優しい笑顔で夏目が追い付くのを待っていてくれた。

「わっ、すいません」

「良いのよ別に、急がなくても。ゆっくりで」

変わらずたおやかな笑みを浮かべて塔子は言い、滋もまた優しい空気を纏ったまま部屋の扉を開ける。

中は和室で、床の間には名前は分からないけれど綺麗な華が数種類活けられていた。



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