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ドクドクと溢れる血に突き刺すような痛み。
壁を焼く炎が直ぐ側で勢いを増し、天井の一部がガラガラと燃え落ちる。

続けざまに右足にも焼けるような痛みが走り、光秀はガクリと右膝を着いた。

「ぐっ…あぁ…痛い…」

元から白い顔が更に蒼白くなり、額に脂汗が浮く。喉の奥からくぐもった声が漏れ、紫色に近い唇がニィと歪んだ。

「はっ…、貴方って人は本当に…。容赦が無くて素敵ですねぇ」

そして、クツリと笑う光秀の額に銃口の照準が合わせられ、信長の指が引き金にかかる。

「まだ無駄口を叩く力が残っておったか。…すぐにその口利けぬようにしてくれるわ」

言うと同時に響く銃声。
ギィンと甲高い金属音が上がり、炎が舐める床板にぽたぽたと血が落ちる。
完全に弾き返せずチリッとこめかみを掠めた弾に、光秀はゾクゾクと肌を粟立たせながら残る鎌を右手に、身を低くした体勢で素早く信長の懐へと飛び込んだ。

ぶわりと下から突き出された鎌が信長の首を狙う。

「ぬぅ…!」

それにすぐさま反応した信長が自身の首と鎌の間に剣を差し込む。剣と鎌が耳障りな音を立ててぶつかり、ガチガチと拮抗する。

ずずっと信長の足元から闇が這い出し、周囲を囲う炎さえ呑み込んでいく。対する光秀の身体からも濃い闇が噴出し、共に次の一手に命を賭ける。

「愚かなりぃ、光秀ぇ」

「さぁ、見せて下さい。貴方の絶望に染まった顔を、心地好い断末魔を…」

ゴウッと柱に燃え移った火が勢いを増し、二人の姿を炎が遮った。








崖を下りれば鼻をつく焦げくさい臭いに血臭、肌を焼く熱気。燃え続ける本能寺のせいで昼間の様に視界が明るい。

「うわっ、ひでぇな」

目の前に広がる光景に元親は不快げな声を出しげ、皆もその惨状に眉をしかめる。

本能寺へと伸びる石畳は血に濡れ、織田・明智両軍の兵士がその上に倒れ伏していた。脇には既に意味を成していない篝火が揺れ、パチリと小さく火がはぜる。

「これでは中へ入れませんな」

厳しい表情を浮かべた小十郎が行く手を遮る炎を見据えて言う。

「小十郎、あれを見てみろ」

燃え盛る本能寺の外壁近くに火矢とみられる失敗した残骸が転がっているのを政宗は見つけ、その眼差しを鋭いものへと変化させた。

「あれは…、まさか」

「倒れてる奴等の中に弓兵の姿は見当たらねぇ。矢傷を受けてる奴はいるがな」

「っ、ちょっと待ってくれ!それじゃぁこの火矢を射掛けたのは…」

黒煙を生む炎は何者もの侵入を拒み、…中からの脱出さえ許さない。

小十郎と政宗のやりとりに慶次がハッとした様に声を上げたその時、グラリと足元が大きく揺れ、本能寺を中心に地面に亀裂が走った。

「おわっ!」

「――っ」

「政宗様!」

「ととっ!」

周囲を囲む木々から鳥達がバサバサと飛び立ち、炎が揺れる。舞い上がった火の粉が、地面に片膝をついた政宗達の頭上に降り注いだ。

「おめぇら、動くんじゃねぇぞ!」

碇槍を手にした元親が立ち上がり、ぶんっと水平に円を描く様に碇槍を振り回す。
それによって起こされた風が、降り掛かる火の粉を払う。

「そういうことなら俺に任せな!…恋の嵐!」

慶次が背負った超刀を鞘から抜き取り振るう。元親の払った火の粉を、桜吹雪の混じる竜巻を超刀で起こし、空へと舞い上がらせる。そして、最後には一つ残らず完全に消滅させた。

いつの間にか地面の揺れも収まり、本能寺の内部へと続く入口も全てが燃え落ちたのか、今の風で掻き消えたのか、煙が燻るだけで火は綺麗に消えていた。

それを見てとった政宗と小十郎はちらりと目を合わせ、頷き合う。

「てめぇらはここで待機だ」

政宗の意を汲んだ小十郎が兵達に指示を出し、先を歩き出した政宗の後を追う。元親も子分共に待機するよう言い付けて、慶次共々政宗と小十郎の後を追った。

「風来坊、西海の。火矢の件、お前等ももう気付いてんだろ?」

本能寺の内部へと警戒しながら進む政宗が二人へ言葉を投げる。

「あぁ、大体は。…豊臣、だろ?」

「けどよぉ、それだとおかしくねぇか?豊臣の奴等は奴さんが裏切るって分かってたのか?」

じゃなきゃもろとも消す何て芸当できやしねぇぜ。

元親の疑問に、小十郎が周囲に目を配りながら答えた。

「分かっていた、というより豊臣側がそうなるよう仕向けた公算が高い…」

そう続けて小十郎はハッと何かに気付いた様に息を詰める。

「っ、まさか…」

「どうした?」

いち早く小十郎の異変に気付いた政宗が鋭い視線で先を問う。

「恐れながら…先達ての甲斐、奥州、上杉への織田の奇襲。明智が豊臣の甘言に乗った、もしくは操られていたとすれば…我々は織田の奇襲と見せかけた襲撃で豊臣に戦力を量られていた可能性が」

心当たりがあるのか長曾我部がぎょっとした表情で言葉を続ける小十郎を見る。

「でなければこうも容易く上杉と武田が破れるはずも。まして、狙いすましたかの様に配置された鉄砲隊、考えたくはありませんが策が漏れていたとしか」

「内部にspy、間者がいるってことか」

「はっ」

「…遊士が心配だな。さっさと確認して引き返すぞ」

目の前に見えてきた煤けた扉を政宗は見据え、右手で抜いた三爪で派手にその扉を吹き飛ばした。




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